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決戦は金曜日だった。

小学校の頃、僕は巨大なマンモス団地に住んでいた。
そこは、商店やスーパーマーケットも含んだ十数棟になる団地で、その地域でも有名な団地だった。
同級生の大半はその団地に住んでいる、そんな大きな団地だった。

その当時、その団地のゴミ捨ては曜日によって分別されていた。
あの頃はそこまで分別ゴミにうるさく無く、かなりの粗大ゴミも全部燃えるゴミで出すような強者もいたと記憶しているけれど、段々とエコや環境問題について問われる時代に差し掛かっていた。
そして古新聞、雑誌、本の類は土曜だったか日曜に回収されていた。
清掃業者に回収されるというより、自治体か団地の整備の人たちか、彼らが燃やして処分していたように覚えている。
(記憶違いかもしれませんが)
つまり、金曜の夕方以降にゴミとして出され、団地の各棟の1階集積所に集まるのだ。

当時10歳ごろの僕らは、その大半がバカとエロとアホで出来ていた。
僕らは友達同士で団地内の公園と自転車置き場の間に出来た僅かな空間に秘密基地を作り、そこに拾った漫画雑誌や壺などを集めていた。
秘密基地は大抵、数週間ほどで誰かに破壊されたり撤去されたりして、悲しい気持ちになるのだけれど、僕らは「秘密基地」という名前の麻薬的な魅力に抗えず、何度も場所を変えては秘密基地を作っていた。
今思えば、大人にはバレバレの基地ではあったし、ゴミが集まったそれらは、定期的に掃除されていたのだろう。
そんな中で僕らの話題の中心はいつも、この基地に圧倒的に足りないものはエロ本だという事だった。
インターネットもスマートフォンもない時代、エロ本だけが僕らのエロ心を満たしてくれる憧れの逸品だったからだ。
とはいえ、今考えると週刊誌のグラビアとか、お色気程度の雑誌だったと思う。
そのエロ本をどうにか手に入れるため、小さい脳みそを結集させ、知恵を出し合っていた。
土曜の昼頃に漫画雑誌を拾うことはあっても、エロ本はその希少性も含めてほとんど手に入れることはできなかった。
そこで僕らが捻り出した答えが、廃品回収のある土曜に探すのではなく、金曜の夜に探すってことだった。
しかも金曜日の早い時間にはゴミがまだ出ていない。
だからゴミが出始めるけれど、親に怒られない程度の遅過ぎない時間に探索をしよう!という結論に至った。
今思うとメチャクチャ普通の答えだけれど、夜遊びのできない当時の小学生にとってはそれは中々の挑戦だった。
しかし一方で、エロ本捜しというのは非常にリスクがある行為だった。
もし一度でも知人に見つかってしまったら、俺たちは一生エロい男としてその名を刻んでしまう。
それは全員が危惧していた。
そんな危険に飛び込むのを躊躇う気持ちもあった。
だけど、僕は友人の中でもとびきりエロい小学生だった。
だから僕は偉そうに、
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だよ!」
とエロを隠して偉そうな事を言いながら皆を説得した。
(僕は当時、ことわざ辞典を読んでいてことわざに詳しかったのだ)
勢いづいた僕らは、お互いを鼓舞し、秘密任務を請け負ったヒーローのような気持ちになった。
重ね重ね、ただのエロ本探しなのですが。
そして作戦どおり、金曜の夜に集合することを決めた。
それはまさに「決戦は金曜日」だった。

ある週の金曜日の朝、僕は母親には今日は友達と遊びが少し遅くなるかも、と伝えた。
飲み会に参加する旦那のような事を言いつつ、変な言い訳をして家を出た。
僕らは秘密基地前にそれぞれ籠付きのママチャリで集まり、計画通りに担当の棟に向かった。
そして顔バレを避けるため、自分たちの住む棟とは別の場所で探すという流れになった。
今思えば、それでも顔を見られたらバレるんだろうけど。

そして僕らの完璧な作戦の通り、金曜日の集積所は宝の山だった。
まさに僕たちは、「ドリームズ・カム・トゥルー(ドリカム)」になった瞬間だった。
僕らは作戦どおりにまず、用意していたジャンプなどの少年誌・青年誌を2冊手に持ち、それら漫画を探している少年を装って、その2冊の間にエロ本を1冊挟んで隠し持ちながら回収した。
言うなれば青年誌とエロ本の「ドリカム状態」を作り、それを基地へ運ぶという事を繰り返し集めるという作戦は大成功だった。
そしてその日は遅くなりすぎるのもマズイので、エロ本は明日見ようという話になり、それぞれの家に帰宅した。

土曜日の午後、母親の作ってくれた昼ごはんの焼きそばを上の空で食べた後、集合時間の13時に各自秘密基地のある公園へ集合した。
(うちは土曜の昼ごはんは、ほぼ焼きそばでした)
あの時の家から集合場所まで向かう時ほど、全速力で走れたことは無い。
アドレナリンとエロと肉体が完全に一致した、究極の身体能力だった。

そして集合した友人たちとそこで見たのは、、、完全に荒らされて崩れ落ちた秘密基地の無惨な姿だった。
そこにはもちろんエロ本は一冊もない。
その他以前に拾って集めた少年誌や漫画も無くなっていた。
あの壺も割られていた。
僕らのあの努力は、、、なんだったんだ!
そして一体、、、何が起こったんだ!!
そんな風に呆然としていると、後ろから僕らより高学年の上級生たちがやってきた。
と言っても今思えば彼らも全然子供なのですが。
「お前ら何してんだ、コラ!」
ニヤニヤしながら一人が怒鳴ってきた。
「い、いえ、僕らこの辺で遊ぼうと思って来ただけです・・・」
僕らは恐怖で、か細い声で答えた。
「お前らの基地か、これ」
他の上級生が聞いてきた。
「い、いえ、僕らは普通に公園で遊ぼうとしただけです・・・」
またも、か細い声で答えた。
「おい、お前らエロ本隠してんじゃねーぞ!バカが!ガハハ!」
完全にバレていた、僕らの完璧な作戦が筒抜けだったのか、、、。
その声を背に、僕らは小走りで逃げた。

しばらくしてかなり遠くにある別の公園に避難した僕らは、言葉少なだった。
怖い思いをしたこと、基地が容赦無く破壊されていたこと、そして何よりエロ本が全て奪われていたことがショックだった。
昨日調達した本だけじゃなく、お気に入りのエロ本もあったのに。。。

少し落ち着いた僕らは、怒りが湧き上がり口々にこう話した。
「あいつら、絶対エロ本盗んだよな」
「エロ本持ってるの、犯罪じゃん」
「警察に話せば、あいつらが捕まるかもしれない」
「よし、警察にたれ込もう」
「あいつら全員逮捕だ!」

そして当時街角によくあった、黄緑色の公衆電話に入った。
赤い緊急ボタンを押せば、無料で交番と繋がる。
犯罪者を密告して逮捕してやる!と意気込んでいたものの、ボタンを押す指は震えて動かない。
そこで、ふと、我々は我に返ったのだ。
電話して警察に、何て言えば良いんだ。
エロ本を大量に持っている小学生がいるから捕まえてくれとでも言えば良いのか。
そしたら僕らもエロ本を集めていた事がバレてしまうのではないか。
そしたら僕らも逮捕されると思っていたのです、当時は。
話し合った挙句、結局電話する事をやめた。

そしてその後、少しだけ遊んだけれど昨日のようなテンションには皆んな戻れず、陽も沈まぬうちに早めに家へ帰ろうという話になった。
僕らはお互い言葉少なく、それぞれが昨日今日の出来事を反芻しているようだった。
もはや秘密基地も無く、作戦は失敗に終わった。
まだ明るい夕方だった。
陽が暮れる前に帰るなんて勿体無いことは、当時の僕らなら絶対にしないことだった。
でももう帰る、帰るしかない。
僕らは団地に着き、あの上級生たちが居ない事を確認して安心した。
そしてそれぞれが、それぞれの家がある棟に向かい、バラバラに別れる。
名作映画「スタンド・バイ・ミー」のエンディングで4人がそれぞれがバラバラになりながら家路に向かうように。
重ね重ね、エロ本を探して集めて奪われただけの話ですが。

僕「・・・さよなら」
友人「またな、って言えよ」
・・・私はあの10歳の時に持ったバカでエロでアホな情熱に勝る情熱を、その後持った事はない。
・・・誰でも、そうなのではないだろうか。
(映画「スタンド・バイ・ミー」風)

こうして書いてみると、今僕は何かに情熱を傾けられているだろうか。
全力で生きているだろうか、と考えてしまう。
あんなにも純粋なアホが成り立った輝かしい時代。
今でも、とても懐かしい。


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