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例えば人に優しくする時。自分が本当に優しいからやっているのか、優しいと思われたいからやっているのかよくわからなくなる。でも優しいの基準もそれぞれだから、自分では優しいと思っても相手はそうは思わないのかも、と思うと結局どう思われるかでしか物事は測れないのでは?と思う。
人生にムダな事、イミの無い事は、ある。
「人生に無駄な事なんてない」
「やって意味のない事はない」
いつからか、どこからか、誰もがきっと持っているセオリー。
私も同じく持っている、ちょっとした気持ちの支えで。
じゃあ、なんで、無駄な事、意味の無い事はあるかって。
それは、
"これは私にとって無駄な事じゃない"
"これは私にとっては意味ある事なんだ"
って、「自分が意味をもたせている」と気づいたから。
物に名前があるように、感情に
嫌いだむかつく消えろ滅びちゃえいなくなれどっかいって
って思いは本当は裏腹な気持ちからきていると分かりながらそれでもイライラするから表の裏の表みたいな感じだ