ブランクボックス2

 当たり前の話だが荒野にも雪は降るのである。草木が枯れ果てる長く厳しい冬の季節。
赤い土に覆われた荒野もこのときばかりは真っ白い雪化粧を纏う。
 生命の息吹を感じさせない、世界そのものが呼吸を止めたかのような銀色の静寂。死後の世界に迷い込んだような冬の荒野には、同じく生命を否定する灼熱と渇いた風の吹き荒れる真夏の荒野にない儚さと美しさがあった。
 心あるものならば自然の偉大さに感嘆と畏怖を覚えるような一面の純白。
 しかし、そんな大自然を無頓着に闊歩し、わめきながら歩く二人組の姿があった。
「論理的? 論理的思考だって? 原住民共にそんな思考があるなんて知らなかった!」
「私たちをバカにしないで」
「私たち? 私たちだって!? バカげてるな、白い肌のお前が赤い肌のアイツらと同じ――」
「原住民って最初に言ったのはあなたよ」
「それは……」
「あなたは矛盾してるのよ」
「ムジュンってなんだ? 原住民の言葉を使うなよ」
「歴としたあなたたちの言葉よ。白い肌のね」
「……思い出したよ。確か極東の国の言い回しだったか……矛盾だって! ああ、そうだよ! 自己を見失っているのさ! 全くこの手の議論はウンザリだぜ」
「とにかくアンタがあそこで酔っ払てさえなければ、うさぎの肉にもありつけてたし、銃弾を十二発も無駄にすることはなかったのよ! ウィリアム・ホーク・ジュニア!!」
「うるせー! たらればの話を何度もするんじゃねぇよ! それに――ジュニアと俺を呼ぶんじゃねぇよ」
「なら、なんて呼ぶの? ウィリアム? ホーク? どちらにしてもあなたには大層な呼び名だわ」
 と剣幕荒く腕組みをする少女は、シンシア・アン。彼女はどことなくチグハグな印象を人に与えた。年の頃は十くらいであろうか、雪の荒野に融けて消えそうなほどに白く透き通った肌。寒さのせいか、怒りのせいか頬だけが紅潮していた。深緑の色濃い瞳に、光を束ねたように美しいブロンドの髪。この年齢には似つかわしくない気品を纏う彼女は、どこかの屋敷の令嬢と言われても納得してしまうだろう。
 しかし彼女のブロンドは三つ編みにされ、頭には羽根飾りがさされ、鹿革のポンチョに、小動物の頭の骨を首にかけていた。
 連れ合いウィリアム・ホーク・ジュニアが言ったように大陸原住民――ネィティブコンチネンタル――そう呼ばれるこの地の先住民の装いをしているのである。
「黙れよ、シンシア」
「黙らないわよ。だいたいあなたったら子供みたいに……そうだわ!」
「んん?」 
 弾けたように顔を輝かせるシンシアに怪訝な顔を向ける青年。名をウィリアム・ホーク・ジュニア。父親と同じ薮睨みの目の中に母譲りのブルーの瞳があった。すきっ歯で前歯が少し口からはみ出るのは、粗野な言動を発してもどこか彼を憎めなくさせた。テンガロンハットを被り、ボロボロになったチェスターコートの下には何枚も、これまたボロボロのシャツを重ね着している。左腰に差したホルスターから、左利きであることがうかがえる。20をやっと過ぎたくらいの年齢だが、年齢以上に軽薄で幼稚な印象を人に与えるのはその身長のせいもあるだろう。
「あなたって、ジュニアっていうよりチビよね」
「ああ、なんだ? 自殺志願者か?」
「キッド! そうキッドがふさわしいわ!」
「あ、なに?」
「あなたの呼び名よ! ウィリアムなんてありふれてるし、ホークなんて恐れ多いわ! あなたはキッド! ビリー・ザ・キッドよ!!! 」
「は? 訳わからねぇ!!」
「とにかくあなたは今日から、ビリー・ザ・キッド(くそガキビリー)よ!!」
「ふざけんな! てめぇ! ど田舎のガキ大将じゃあるめぇし! そんな――」
 とウィリアム・ホーク・ジュニア、もといビリーが叫んだ瞬間である。
 雪景色を切り裂くような遠吠えが辺りに響いた。
「コヨーテか!!!」
 ビリーは咄嗟に左腰のホルスターから銃を引き抜き、庇うようにしてシンシアの前に出た。
 遠吠えの後、足音も唸り声もなかった。だが、いる。息を殺して、確かにいる。
 雪の中でこちらを伺っているのか、木の陰か、コヨーテはペア、もしくは群れで狩りをする。何匹だ?
 さっきの遠吠えは知らせたんだろう? ここにご馳走があるって。この寒さと雪じゃなかなか獲物にありつけないだろうからな。腹ペコだろう? 逃したくない。確実に手に入れたい。
 分かるよ、腹ペコなのはこちらも同じだ。
 銃を握る手袋の下がじっとりと湿っていくのが分かる。息の詰まるような沈黙――。

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