見出し画像

トロピック銭湯

我々はそう、銭湯家だ。画家や音楽家などと同じように、銭湯を極めるものだ。今回は以前訪れた風呂屋で起こった出来事について話そう。

我々は日頃無謀な旅をしながら真なる湯を求めているのだがその時も歩いていて見つけた「金星湯」に入った。皆さんは名前からしてなんともケミカルでハイカラな銭湯を想像するだろうがこちら老舗の古風な銭湯である。
我々は金星湯特有である熱湯を存分に楽しんでいた。やはり熱い湯、たまらんとしていたのだがはて、さっきまでいなかった女子が我々の間に座っている。ふむ、なんと奇妙な、確かにこの風呂場には我々の2人しかいなかったはずだ。なんだ、湯が熱すぎて幻覚でもみているのか。
情けないながら肝がひやっとしたもんだから我々は冷や汗なのか汗なのか分からないものを流しながら浴槽を一旦出た。水風呂にかかり
もう一度風呂をみる。
いるな。いるんだな女子がそこに。我々の汗はまだやまないしなんなら先程よりもダラダラと垂れ続けているんだな。あっちは汗ひとつ流さずスンとした様子で湯に浸かっているな。目が回ってきた。壁に書いてあるボートはぼやけて見えるしタイルはピンクに見えてきた。
もうこの風呂で死ぬのかもしれない。これだけ風呂好きなら風呂で死ねるのは本望かもしれないが、、。ああ、もうわけが分からなくなってきたぞ。女子は一言も喋らず、時が止まったかのように動かず風呂に浸かっている。彼女は一体誰なのだ。目が回ってきてもう気を失うか否かというときにだな、確実に我々2人とも同じタイミングで彼女と目があったんだな。

目が覚めた。銭湯のお爺さんがうちわを仰いでくれていた。もう夜も更けていたが、閉店した後もずっと我々についていてくれたらしい。久々にのぼせてしまった。我々はお爺さんに感謝を言って金星湯をでた。
結局あの少女は誰だったのだろう。本当にいたのだろうか、2人してのぼせて見ていた幻覚だったのだろうか。不思議なこともあるものだとまた歩き出した。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?