段ボール箱の中の宇宙

　いつ届いたのか、玄関に段ボール箱が置いてあった。

「置き配かぁ。何か頼んだっけ？」抱え上げると、びっくりするくらい軽かい。まるで空箱のようだ。

　部屋に運ぶと、フタを開けてみる。中は真っ暗だった。

「どーれ、手でも突っこんでみようかな」腕を中に入れてまさぐる。

　なんの感触もなかった。

「底のほうに何かあるかも」身を乗り出した途端、箱の中へ真っ逆さまに落ちていってしまう。「あれ～っ！」

落ちながら手足をバタバタさせた。なんと、水の中のように泳げる。

「ははぁ、これが噂に聞く異空間というやつか。面白くなってきたぞ。いったい、どこへ行き着くんだろう」わたしは平泳ぎで、すいすいと闇の中を移動した。

　一寸先も見えない暗の中なので、本当に進んでいるのかどうかもわからない。けれど、たしかに抵抗を感じていた。水とも空気とも違う、何か不思議な物質が、確かにここには存在している。

　遠くに何か光るものが見えた。わたしはそちらへ向かって泳いでいく。

　近づいてみると、ポッカリ浮かぶ段ボールだった。開きかかっているふたから、そっと中を覗いてみる。

　たちまち大騒ぎになった。小さな人が大勢いて、わたしを見て慌てふためいている。

「宇宙人が攻めてきたぞ！　みんな、早く隠れるんだ！」人々は口々にそう叫んだ。

　段ボールだと思っていたのは惑星だったのか。

　わたしは、できるだけ彼らを驚かさないよう、静かに言った。

「悪い宇宙人じゃないってば。ただの旅人。どうやら、別の宇宙から入り込んじゃったみたい」

　侵略じゃないとわかると、人々はぞろぞろと現れて集まってくる。

　その代表らしい人物が言った。

「ああ、よかった。またやつらが攻めてきたのかと思いましたよ。あの星の連中、しょっちゅうやって来ては、食べ物を奪ったり、田畑を荒らしていくんです。本当にまいりますよ」

「やり返せばいいのに」とわたし。

「やり返す？　とんでもない。わたし達の星は平和を愛しているんです。第一、宇宙船も武器も何もないんですからね」

「そうなの？　あの、何かできることはない？　なんなら、手伝うけど」とわたし。困っている人を見ると放ってはおけないのだ。

　小さな人達は集まって何やら相談を始めた。そして再びわたしのほうに顔を上げると、

「それなら、北にある箱土星へ行ってみてください。伝説では、空から神様が降りてきて、箱土星の力で、悪い宇宙人を懲らしめてくれるそうです。きっと、あなたがその神様なんでしょう。どうか、お願いします。助けてください」

「まかせてっ。北だね。見ればわかるかな、その箱土星って」

「ええ、すぐにわかりますとも。望遠鏡で見ると、段ボールの回りを四角い輪が浮かんでいるんです。とっても特徴的な星でしょう？」

　わたしはさっそく、北に向かって泳ぎだした。

　どんどん行くと、ポツンと光が見え出す。さらに近づくと、なるほど、段ボールの回りを、ぐるっと輪が囲んでいた。

　けれど、本物の土星のように丸い輪っかではない。土俵のように四角かった。

「これか、箱土星っていうのは。どーれ、役に立つ物はないかな」調べてみると、輪っかはクラフト・テープでできている。わたしは輪をたぐって、自分の手にぐるぐると巻き付けた。「何かに使えるかもしれない。これを持っていくことにしよう」

　そのとき、反対側の宇宙から、無数の段ボール製宇宙船が飛んでるのが見えた。行き先を察するに、さっきの星へ向かっているようだ。

　あいつらだな、悪い宇宙人というのは。

「やい、お前達。あんまり悪さばかりしていると懲らしめるぞっ」わたしは船団に向かって怒鳴った。

　いま初めてわたしに気がついたのか、宇宙船はピタッと停止する。豆鉄砲を喰らった鳩のように、慌てて引き返していった。あの方向に彼らの星があるに違いない。

　彼らの気づかれないよう、わたしはこっそりと追いかけた。

　案の定、少しくすんだ段ボールの星が見えてくる。宇宙船は我先にと、少しだけ空いたフタからどんどん中へ入っていった。

　ふと、いい案が浮かぶ。

　フタをピッタリ閉じると、手に巻き付けてあったクラフト・テープをTの字に貼ってやった。もう出てこられまい。

　段ボール星に戻ると、ことのあらましを話して聞かせた。

　小さな人々は喜んだのなんのって。

「ばんざーい、ばんざーい。宇宙に平和が戻ったぞ。やっぱり、あなたは神様だったんですね。我々はあなたをたたえて、段ボールの彫像を作り、末代まで大事に守り続けることにします。ありがとう、神様！」

　やれやれ、どこの世界も大変なんだなあ。

　遙か上空に見える四角い光目指し、わたしはバタフライを駆使して宇宙を泳ぐ。

　思った通り、それ段ボールの入り口だった。

　よいしょっと箱から出ると、物置からクラフト・テープを探してきて、ぴたっと封印する。家族がうっかり開けたり、うちのネコが入り込んだら大変だ。

　箱を屋根裏部屋持っていくと、隅っこに積み上げた。

　念のため、フタにマジックで書き記しておく。

「この中は宇宙です。決して開けないでください」