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王様ゲーム

 久しぶりの飲み会で盛りあがっていた。

「じゃ、定番の『王様ゲーム』いきますかあっ」鼻の下にビールの泡を付けたままにも気付かず、桑田孝夫が呼びかける。

「えーっ」すかさず、わたしは否定的な声をあげた。酔いも手伝って、無茶な命令を出されるのでは、と心配なのだ。

 ところが、中谷美枝子は意外にも乗り気である。

「いいじゃない。やっぱ、集まりにはこれよねえ」

「では、さっそく」志茂田ともるは、店員からボールペンを借り、割り箸の先っぽにカリカリと書き記した。書いたところを隠して持ち、テーブルの上に差し出す。「さあ、1本ずつ取って下さい」

 仕方なく、わたしは割り箸を引き抜く。覗かれないよう、こっそり見ると、「1」だった。

「そーれっ」桑田のかけ声を合図に、

「王様、王様、王様だーれだっ?」全員が声をそろえる。

「はーい、はいはいっ!」桑田が手を挙げた。「『2』が『1』にデコピンをするっ」

 ゲッ。いきなりかぁ。

「『2』番、はーい、はい。『1』番だーれっ?」中谷が嬉しそうに叫ぶ。

 わたしはがっくりと答えた。

「は~い……」

「よーし。むぅにぃ、おでこ出してちょうだい」中谷は、人差し指を丸めて、いまにも叩こうと構える。もう、それだけで痛みを覚えてきた。

「あんまり強くしないでよ」言うだけムダだとわかっていながら、一縷の望みをかけて頼む。

「ダメダメッ。それだったら、緊張感なくなるじゃないの」額にパシッと、手加減なしのデコピンが入った。

「痛いっ」つい、悲鳴が出る。わたしが王様になったら、このお返しはさせてもらうぞっ。

「そんじゃ、次の抽選始めるぞ」今度は、桑田がクジを回す。

 王様が出ますように、と祈りながら、割り箸を1本取った。「3」だ。

「王様、王様、王様だーれだっ?」一斉に声を合わせる。

「はい、わたしですね」志茂田が王様だ。「まいりますよ、みなさん。『1』が『3』に、好きなものを食べさせてあげてください」

 さすが志茂田。罰ゲームまでもがスマートだ。わたしは、熱い感謝の視線を送る。

「『1』番、はーい、おれだ」桑田が名乗りをあげた。「『3』番、どいつだー?」

「『3』番、はーい」わたしは、元気よく返事をする。さて、何を食べさせてもらえるのかなぁ。

「おっ、むぅにぃか。おまえにはこれをやろう。味わって食え」桑田は、目の前の皿から1品を取り、わたしの前に突き出す。

 ニンジンだった。

「うっ……」思わず、顎を引く。

「わぁ、残酷ーっ」中谷はそう言いつつも、目で笑っていた。

 わたしは、ニンジンが大の苦手なのだ。

「ほれ、どうした。さっさと食え。王様の命令は絶対だぞ」桑田はますます面白がる。

 わたしは、助けを求めて志茂田に目を向けた。志茂田は、どうにもなりませんねえ、と言いたげに肩をすくめる。王様といえども、途中からルールを変えることなどできないのだった。

 こうなったら、観念するよりほかはない。目をつぶり、口をあーんと開けた。

 桑田は、ニンジンを容赦なくねじ入れてくる。わたしは、ろくすぽ噛まずに呑み込んだ。

 今度こそ、王様が来ますように。わたしは、両手を合わせてから、割り箸を引いた。

 ……「2」。

「王様、王様、王様だーれだっ?」溜め息混じりに、参加する。

「やったー、あたしだっ!」中谷の番だ。イヤな予感しかしなかった。「『3』の名前を『2』が尻文字で綴ること」

 ほらね。

「『3』はわたしですね。『2』の方は、どうかフル・ネームでお願いしますよ」志茂田がおどけてみせる。

 わたしはよろよろと立ちあがり、

「漢字? それともひらがな?」と聞いた。

「そうですねえ」考えるフリをしながら、ほかの2人の顔をうかがう。

「ここは漢字だろ」桑田が意地悪を言う。

「そうそう。ひながらじゃ、簡単すぎてつまんない」人ごとだと思って、中谷までも同調する。

 わたしは頭の中で「志茂田ともる」の文字を思い浮かべ、お尻を突き出した。

「『志茂田ともる』の『志』の字は、どう書くの~。こうして、こうして、こう書くの~」歌に合わせて、腰をブンブンと回す。恥ずかしくって、恥ずかしくって、自分でも耳まで真っ赤なのがわかった。

「そーれ、そーれ。もっと、ケツを動かせーっ」やんやとはやすのは、桑田ではなく、中谷である。酔うと人が変わるのだ。

「……『志茂田ともる』の『る』の字は、どう書くの~。こうして、こうして、こう書くの~」

 ようやく、名前の全部が終わり、ホッとして席に着く。

「いやあ、うまかったですよ、むぅにぃ君」志茂田が手を叩いて褒めた。こんなことで喝采されても、ちっちも嬉しくない。

 4度目のクジ引きは、わたしが割り箸を持った。

「あたし、これっ」

「おれはこいつにする」

「わたしは、こちらにしましょう」

 おのおのが割り箸を抜いていく。最後に1本だけ残ったのを、そっと広げて確かめる。「王様」だ。

 例によって、歌が始まる。わたしは、口元がほころんでどうしようもなかった。

「王様、王様、王様だーれだっ?」

「はーい、はい。ついになったよ、王様っ」わたしは割り箸を持った手を、高々と持ちあげる。

「やったじゃん、むぅにぃ。あんた、やっと仕返しできるじゃないの」中谷は余裕たっぷりの態度で笑いかけた。

 よーし、見てろ。これまでの借りを返してやるから。

「『1』と『2』と『3』を足して、3で割るっ!」わたしは命令した。

 たちまち、桑田と中谷と志茂田が合体して1人になり、すっかりミックスされたあげく、再び3人へ分かれる。

 それぞれ、元いた席には座っていたけれど、どれも同じ様な顔立ちで、誰が誰だか、もう見分けがつかなかった。

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