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【随筆】【音楽】ハレルヤ

 

 The lights on the west way go on. A million cars hurry home. An ice cream van shuts off its tinsel bells. Winter won't be long――アンコールの2曲目。誰にでも、イントロが流れただけで、胸がいっぱいになってしまうような歌というのがあると思うが、私にとっては「Allelujah」が、まさにそんな曲の一つだ。冬の足音が近付く陰気な季節、暮れなずむ街の寂寞とした心象風景。3分半の間に込められた若いカップルのほのかな夢と希望のドラマを切々とロマンティックに歌い上げるエディ・リーダーの切なくて力強い歌声。エディのライブでは何度となく聴いているが、こうしてフェアーグラウンド・アトラクションの演奏として聴けるとは。34年ぶりに再結成したフェアーグラウンド・アトラクションの来日公演に行ってきた。私事でばたばたしていて、それどころではなかったのだが、行かなければ後悔することは分かりきっていた。ぎりぎりで追加公演のチケットを手に入れた、後ろから2列目の席を――。
 I see you every day. I watch as you walk down this way. We pass on the stairs of this council block. Too shy to find words to say――再結成ライブにありがちな懐メロ大会とは一味違う内容で、9月に発売予定というバンドの新譜からの新曲を軸に、1988年発売のファーストアルバムにして唯一のオリジナルアルバム「The First of a Million Kisses」からのナンバーを織り交ぜた構成となっていた。新生フェアーグラウンド・アトラクションとしてしっかり音を作り込んで、本国英国に先立って再出発の地に選んだ日本でのステージに臨んでいることが伝わってきた。バンドが解散を決めたのは35年前の来日公演の際だったという。止まった時間を解凍するように、バンドの過去と未来が交差する。年齢層がかなり高めの満員の客席は、全体におとなしめだったが、時の流れを慈しむような温かな雰囲気に包まれていた――。
 But your smile is a prayer that prays for love. And your heart is a kite that longs to fly. Allelujah, here I am. Let's cut the strings tonigh――新曲のバラード「A Hundred Years of Heartache 」でコンサートは幕を開け、そのまま流れるように「A Smile in a Whisper」へ。ファーストアルバム「The First of a Million Kisses」のオープニングを飾るナンバー。このアルバムを初めて手にした時の具体的な状況はさすがに思い出せないけれど、聴いた瞬間、「やったあ!」とばかり、思わず膝を打ちたくなるような気分だったと記憶している。こんな音楽、聴きたかったのだと。シニシズムの時代、不毛な土壌に突如咲いた、可憐な向日性の花。何人かの友人に薦め、あるいはプレゼントしたようにも思う――齢を重ねるにつれ、共に音楽を語り、一緒にライブに行ってくれるような友人も、一人また一人と周りから消えていく。前回のエディの来日公演の時のこと。コンサート終了後、会場の片隅でCD購入者を対象にしたエディのサイン会があった。「to REIKOとサインしていただけますか。彼女もあなたの大ファンなんです」。「あらっ、一緒に来なかったの?」。「彼女は遠くに住んでいて。2月14日、バレンタインデーが彼女の誕生日なので、プレゼントにします」。「素敵じゃない」。気さくに応じてくれたエディだったが、終演後のサイン会という状況と当方の英語力では、この程度の会話を交わすのが精いっぱいだった。2019年2月4日、渋谷・クアトロ。早速サイン入りの新作アルバム「Cavalier」を贈ると、ほとんど唯一残った、音楽を語り合えるその旧友の喜びようといったら――。
 So meet me on the corner at eight. Let's get out of this place. We'll kiss the first of a million kisses. And let the past fall away――新曲が2曲続き、メドレーのようにこの日2曲目の「The First of a Million Kisses」からのナンバー「The Wind Knows My Name」へ。昔のエディのライブでの印象深い一場面がよみがえる――「この曲のキー分る?」。アンコールでのこと。エディが「The Wind Knows My Name」を歌うと言い出す。意外な選曲だった。というか、ソロ・ライブでは初めてだったのではないか。メンバーも少し戸惑っていたようだが、探るようにエディのギターにあわせる。とても素敵な演奏だった。もしかしたら、この日は私が最も好きなエディのステージだったかもしれない。新譜「Peacetime」からのナンバーを中心にした選曲。最初から飛ばしていた。グラスゴー出身で熱心なセルティック・サポーターであるエディは、中村俊輔のユニフォーム(ちゃんとアウェー用を用意)をステージの真ん中のイスに結びつけて日本の観客にアピールしていた。ということは、中村が彼の地で大活躍していた頃だろう。途中、音響のトラブルで演奏が中断するというアクシデントもあったが、ナカムラソング(中村の応援歌?)などで場をつないで乗り切ると、後半、会場も私もさらにヒートアップし、エディの歌も冴えわたる。中村のユニフォームを腰に巻いたり、ワンピースの上に着て踊るパフォーマンスも。たっぷり2時間、圧巻のライブだった。2007年5月26日、渋谷・LIQUIDROOM。北海道で秋に撮る予定の自主制作映画の準備で東奔西走していた頃。三十路の青春に燃えていた――。
 For your smile is a prayer that prays for love. And your heart is a kite that longs to fly. Allelujah, here I am. Let's cut the strings tonight――「Find My Love」や「Clare」に「Perfect」、借りてきた猫のようだったオールド・ファンもいやがおうでも盛り上がるアップテンポな往年の名曲。どの曲も思い出深いが、特に「Clare」を聴くと、いつもMさんの少しハスキーな歌声を思い出す――私が新聞記者をしていた頃のこと。「Clare」をカラオケの持ち歌にしていた他紙の駆け出しの女性記者がいた。日本人でこの難曲をここまで完璧に歌い上げられる素人なんていないんじゃないか。私のリクエストに応え、小柄な体で精いっぱい声を振り絞り熱唱してくれたものだ。彼女は同業他社の好漢と付き合っていて、本人たちは極秘交際のつもりだったようだが、これでも当時は敏腕記者だった私は、早くからネタをつかんでいた。ただ二人が正式に結婚をアナウンスするまで、他言無用を貫き、当人たちにさえ、お見通しであることをおくびにも出さなかったので、後にえらく感謝されたりもした。旦那がヘヴィメタ・オタクというのは解せなかったけど。わけあって私が旧日本海軍ゆかりのさびれた町・T市に飛ばされていた1999年から2000年頃のことだ。お先真っ暗だったけど、不思議と悲壮感はなく、警察ネタや役所絡みの不祥事、街ダネなど、鳥が歌うように書きなぐっていた、今思うと黄金時代だったかもしれない――。
 Yes, your smile is a prayer that prays for love. And your heart is a kite that longs to fly. Allelujah, here I am. Let's cut the strings tonight――今後のバンドのレパートリーの核となり、必ずや聴く者の琴線に触れるであろう「Beautiful Happening」、目元をぬぐい、涙を見せまいと後ろを向くエディ、はらはらしながら拍手と声援を送る観客、本編は感動的なフィナーレを迎え、そしてアンコールへ。まさしく「Beautiful Happening」のような一夜も間もなく終わるのだなという感慨をもって「Allelujah」を唱和していると、やはり忘れられない、昔のライブの光景が思い出された――コンサートも終盤、エディが会場に向かって「リクエストはない?」と呼びかけると、すかさず「ハレルヤ!」という、この曲とは不似合いな、男性の野太い声が返ってきた。「ハレルヤねえ」と一瞬考え込むエディ。「この曲のコード分る?」とキーボード奏者の元へ近寄り、耳元で説明する。「彼、フランス人なのよ」。「D'accord」というようにうなずくキーボード。おもむろに演奏が始まる。エディのライブの中でも、特にこの時の「Allelujah」が好きだ。1998年10月10日、恵比須・ガーデンホール――そう、あの日はものすごく焦っていた。明治維新にゆかりのさびれた北関東の町・M市に住んでいた。記者の仕事が一番忙しかった頃でもあり、コンサートどころではなかった。行けそうだとなったのは、当日の夕方近かったと思う。開演時間には間に合いそうもないが、大急ぎで常磐線に飛び乗り、恵比寿駅から会場まで走り、当日券を買って場内に滑り込むと、席は2階の最後列、ぎりぎり一曲目「Kiteflyer's Hill」の演奏が始まったところだった。中盤、大好きな「Dolphins」(フレッド・ニールのナンバーで、やはり私にとって変わらぬ偶像であるロディ・フレイムもカバーしている)に歓喜した。リクエストの「Allelujah」はその何曲か後だった。ライブが終わると、しばらくガーデンプレイス辺りをぶらぶらし、秋の夜風に心地よく吹かれながら、興奮した頭を冷まし、その日のうちに帰るため、上野から乗り込んだ最終の鈍行列車に、夢見心地で揺られていた――。
 Yes, your smile is a prayer that prays for love. And your heart is a kite that longs to fly. Allelujah, here I am. We'll cut the strings tonight――あの夜聴いた飛び切りの「Allelujah」と、今宵の夢のような「Allelujah」が同期する――あの日、なんでそんなしんどい思いをしてまでライブに駆け付けたのだろう?当時、何かとても切実な思いや事情でもあったのか?今となっては思い出せないけど、日付を頼りに推測するに、大方こんなことだろう――ある記事をめぐって、会社の上の方と面白からざることになっていた。少数者のエスニシティや人権をめぐるルポルタージュとぼかしておく。「内容に問題があるなら指摘してほしい」。「内容に問題はない。このようなものを書くこと自体、まかりならない」。わけが分からなかった。引かなかった。若かった。干された。「くだらねえ記事書きやがって」。つまらない人たちとの確執に心底倦んでいた――きっと20年もして、2024年7月3日、有楽町・ヒューリックホール、作曲者マーク・E・ネヴィンのギターで聴く特別な「Allelujah」、エディの至高の歌声を老いたる私が思い出しても、高齢の両親が続けざまに入院し、介護で疲労困憊、心が潰れそうだったことなど、きれいさっぱり忘れていることだろう、時と音楽の記憶の浄化作用――And we'll kiss the first of a million kisses. La-la-la-la-la-la――。


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