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雑談#24 ララァはシャア、アムロにとって「運命の女」だったのか? 本当はどんな存在だったのか?

 私は今「機動戦士ガンダム0090 越境者たち」と題した二次創作小説(パラレルワールド)を連載していますが。この先、アムロはクワトロ・バジーナと名乗るシャアと再会し、共闘するという展開になっていく想定です。原作では、この二人の間にララァ・スンという女性がいました。モビルスーツのパイロットとして対決してきたアムロとシャアを、人間として引き合わせたといっていい人物です。

 ファーストガンダムで、彼女はシャアの部下として、ニュータイプ専用機に搭乗し、アムロの前に立ちはだかりました。女性として一人の男、シャアを愛しながらも、彼女は戦場で出会ったアムロとニュータイプとして交感し、互いにわかりあう、という稀有な体験をします。しかしその一時の意識の融合はシャアによって引き裂かれます。そして、そうとは知らずにセイラを攻撃しようとしたシャアに「いけない」と呼びかけた彼女は、そのときシャアに生まれた隙をついて迫ってきたアムロのガンダムからシャアを庇い、その刃にかかって死んでしまったのです。兄を止めようと呼びかけるセイラの声に気づくことができなかったシャア。彼の戦いの道具と化しているララァを救うためシャアを倒そうとしたアムロ。その狭間で、シャアの盾となったララァの死は、二人を生身の直接対決へと向かわせてゆくのです。
 この流れをそのまま引きずり、続編の「Zガンダム」、そして「逆襲のシャア」では、二人の間にララァの亡霊がトラウマとなって横たわり、アムロとシャアは決して和解することはありませんでした。

 このようにして、互いに連邦軍とジオン軍のエースパイロット同士という間柄でしかなかった彼ら二人の間には、「ララァを死に追いやった」という個人的な怨恨が生まれ、その運命的な出会いと、彼ら二人の男を破滅させる魔性の女、という意味合いから、ララァ・スンは「ガンダム」シリーズの中にのちのち登場し続けることになる、ファム・ファタール(運命の女)のロールモデルとなっていったのです。

 このように解説すると、シャアとアムロとは、まさにララァという女性の持つ魅力に誘惑され、翻弄された被害者のように思えてきます。しかし、そこには男性に都合のよい理屈で女性を見て貶めるという「ミソジニー(女性嫌悪)」という視点があることに、私は気づきました。

 そこで、このララァ・スンという、ガンダムの中でも異色な女性キャラクターの立ち位置を、できるだけフラットな目線で捉え直してみたのです。
 ララァは、ジオンのフラナガン機関にそのニュータイプ能力を見出され、ニュータイプ専用機のパイロットとして特殊な訓練を受けていた女性です。軍服は着用しておらず(TV版)、軍の中では浮いた存在でした。それどころか、そもそもジオン国民だったのかどうかも怪しい存在でした。むしろフラナガン機関のモルモット(実験用動物のたとえ)という印象でした。
 シャアは、そんな彼女を部下としてともに戦場へ出ていきます。上官と部下、という間柄です。しかも、ララァはシャアを愛している、といいます。その愛とは、どういう類の愛でしょうか。二人の間には、一人の男と女として、対等であるとはいえない特殊な関係があります。一つは、組織の中での上下関係です。権力構造の中での支配ー非支配という関係といえます。公の目にも明らかな関係といえます。もう一つは、二人の間の心理的な関係です。ララァはシャアの庇護がなければ生きていくことができず、シャアはララァの能力を借りなければガンダムを倒すことができない。いわば共依存の関係です。
 当初、二人はあくまで上司と部下、シャアが命じララァが従うという関係に留まっていました。しかし、ララァがそのニュータイプ能力を発揮して絶大な戦果を上げ始め、一方でシャアが単独ではアムロに敵わない状態になっていくに従い、二人の関係は逆転します。ララァは、自身のニュータイプ能力によってシャアに戦果を上げさせる、という行為により、シャアを支配するようになったのです。アムロとの戦闘中に彼女から出た「シャアを傷つける、いけない人!」「あなた(アムロ)を倒さねば、シャアが死ぬ」という言葉の中に、その支配的な感情が端的に表現されています。作中で、その関係性は非常に明確に表現されているのです。それは決して、ファム・ファタールという蠱惑的であり幻想を抱かせるようなものではなく、卑近によく見られる、歪んだ男女の関係です。「だめんずと、それに尽くす女」というと、わかりやすいでしょうか。

 そんなララァが、アムロに対して投げかけた言葉は印象的です。「なぜ、なぜなの?なぜあなたはこうも戦えるの?あなたには守るべき人も守るべきものもないというのに」。一読すると、彼女の言うことは正鵠を射ているように思えます。しかしこれは、「自分はシャアのために戦っている」という自意識の裏返しです。シャアは自分を救ってくれた人、という恩義、逆にいうと負い目を感じており、アムロにはそういうものがないことに、驚いたわけです。これはいわば、彼女のマウンティングです。忘れてはいけません。アムロには決して、守るべき人も守るべきものもなかったわけではありません。最初にアムロがガンダムに乗った理由は何だったでしょうか。フラウ・ボゥの家族が爆風で吹き飛ばされてしまった、その怒りです。その後も、すったもんだがありながらも、一貫して彼はホワイトベースの仲間たちのために戦ってきたのです。

 アムロとララァは、ニュータイプ能力による特殊な交感によって、上記のようなコミュニケーションを図り、お互いのことを「分かり合えた」状態になります。では、何を分かり合ったのでしょうか。正直、そこはよくわかりません。分かり合えた、という言葉が結構唐突に出てくるからです。私なりに解釈をすれば、互いに一人の人間として、戦う理由なんてないよね、ということかなあと思っています。
 ここで、もしアムロがシャアを倒していたら、二人はそのまま戦うのをやめて二人だけのニュータイプの交感の世界へと逃避していくことができたでしょう。しかし、そうはなりませんでした。ララァはシャアを捨てられず、それ以上に、シャアはララァなしには戦えなかったからです。結果的に、アムロがシャアを庇ったララァを死に至らしめることになり、このララァの死が、アムロとシャアを、戦争という状況を超えて男と男として戦わねばならない理由となってしまったのです。

 しかし、ファーストガンダムはここで終わったのではありません。最後に、男と男として剣を交えることになったアムロとシャアとを引き離す役割を果たすキャラが間に入ります。それが、シャアの妹、セイラです。「二人が戦うことなんてないのよ、戦争だからって、二人が戦うことは‥‥」。
 実はこのときシャアがアムロを殺そうとしたのは、ララァを殺されたことによる怨恨が理由ではありませんでした。サビ家なきあと、自身がリーダーとなってニュータイプの時代を築きたい、そのとき、強大なニュータイプ能力を持つアムロの存在は、自分に敵対している限り脅威となるだろうと思ったからです。だから、セイラに止められ殺害が叶わないとなったとき、今度は手のひらを返して「なら、同志になれ」と言うわけです。ここまで読めば、彼がそう言った理由もおわかりかと思います。シャアは、ララァの能力を借りなければアムロと互角に戦えなくなっていました。それならば、今後を見据えて、ララァの代わりにアムロの能力を借りよう、と考えたわけです。しかし、アムロにそんな理屈が通用するはずがありません。ララァのように、アムロはシャアとの間に支配ー非支配、そして共依存の関係にはないからです。

 さて、こうしてアムロとシャア、ララァの関係を見てきたとき、アムロとシャアとは、それぞれにララァの死をその後10数年も引きずり続けることになるでしょうか。TV版を見る限り、シャアはララァをもし愛していたとしても、それは別個の一人の人間としてではなく、自分に都合の良い、まさに自身の一部になってくれる人間として愛していたという印象を持ちます。一方、アムロはどうでしょうか。アムロがララァに抱いた感情が、恋愛だったのかどうかもよくわかりません。戦うべき相手ではなかった彼女を殺してしまった、という自責の念は、非常に大きいものだったと思います。しかし彼には、それを乗り越えさせてくれるものがありました。「ごめんよ、ララァ。僕には、まだ帰れるところがあるんだ」という言葉に、その思いが集約されています。

 私は、私なりの続編を書くにあたって、このようなことから、ララァ・スンという女性キャラクターを、彼女に与えられた「ファム・ファタール(運命の女)」の座から下ろすことにしました。確かに、彼女はシャアとアムロとの間にあって二人を翻弄しました。しかしそれは彼女自身の意思ではなく、ニュータイプ能力を戦争の道具として用いられてしまったために起こったことでした。それなのに、戦後のアムロとシャアが、結局のところ分かりあうことができず歪み合い続け、それは「あの女のせいだ」と方向づける見方を続編で提示してしまうことは、「機動戦士ガンダム」という作品を、貶めることにつながるのではないか、と思ったからです。

 その作品の中に「ファム・ファタール(運命の女)」の女性キャラを置き続けることによって、続編である「Ζガンダム」はミソジニーにあふれた作品になった、という印象があります。「Ζガンダム」には数多くの魅力的な女性キャラクターが登場します。しかし、彼女らにこそ積極的に作中で汚れた役回りが与えられてはいないでしょうか。「あの女のせいで」・・・それは男性の目線からすれば、ある種の発散、カタルシスになるのかもしれませんが、それが認知の歪みを増大させることにつながるなら、大変不幸なことです。


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