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何者にもなれない

泣いているわたしに毛布をかけるように、今これを書いている。



4年ほど前、何か示唆めいた出来事のように、事故のように、出会ってしまったひとがいた。


それが彼だった。


わたしは結婚していて、パートナーのことを愛していた。でも、ずっとどこかで自分の性質を持て余していたのだ。
たった一人のひとだけを愛す。決められた人だけ。わたしにはそれができない。



誰々が好き。誰々のことが一番好き。誰々のことだけ、好き。
そういう自分だったならよかったな、と思うことがよくあった。好きなひとが複数いる、それはわたしにとってよくあることだった。誰かとお付き合いしていても、それは変わらず。


3人の方と同時並行的にお付き合いしたことがある。それぞれに同意はあっても、わたしがいかにそれぞれを大切にしようと、彼らはわたしのことは「さほど重要ではない」ようだった。だから、わたしが複数人と交際していても平気。当然、それぞれと破綻する。うまくいかない。
こういうことを繰り返す。

こんなわたしはきっと、どこかがおかしい。


そのまま、働く大人になり、対人関係がやや穏やかになったタイミングで結婚してしまう。
とてもやさしく、「楽しそうなあなたを見るのがうれしいんだ」という穏やかなひとだ。
そんなパートナーに対して、今でも申し訳なく思うのは、自分が「一人のひとだけを好きでいる」ことが難しい性質だということを黙ったまま、生活を共にしてしまったことだ。

冒頭の彼に出会ってしまってから、日に日に、二人きりでゆっくり話してみたいな、という気持ちが出てきた。その気持ちが大きくなって、大きくなって、手がつけられなくなってから、パートナーに「実は……」と自分の性質のこと、彼と話がしたいということを話した。

パートナーはううむ、と唸りながらもわたしの話を聞き、会いに行くことを承諾してくれた。



彼と二人きりでお話をした日。ふたりとも話が止まらなくて、楽しくて、かけがえのない時間が流れた。
自分の身の上話みたいなのから、自分の性格や特性の話まで。
もうとっくに好きになってしまっていたんだと思う。

2回目に会った時に自分の性質についても話すことができた。
ポリアモリーっていうの、わたしそれになりたいんだと思う、今までうまく行かなかったけれど、と。

普通が何かが分からないが、ふつうなら。ふつうなら、ここで「おや、このひとは変なひとだ。近づくのはやめておこう。」ときっと何かしらの勘が働き、それ以上のことには発展しないだろう。
だがしかし。彼は常識や一般的なお決まりなどからは少し距離を取って、わたし自身の事柄として、わたしの話を聞いてくれる人だった。そのため、思わぬ方向に話は拡がっていく。
「それは先々どういう扱いになるの?」「名前はあるの?」

会うたびに質問は増える。
「所有欲は?」「嫉妬とかするの?」「好きになったらどうしたらいいの?」「他に恋人ができたらどうなるの?」

恋仲になるのにそう時間はかからなかった。
パートナーとも長く話し合いを重ねて、月に数回、彼に会うためにわたしは出かけて行った。

わたしが大切にしたいことは繰り返し彼に伝えてきた。誠実に相手に向き合うこと、対話を重んじること。お互いの中ですれ違いが起きても、時間をかけて根気強く話したと思う。
伝わっていたと思っていた。




こう言ってもらえた時、本当に本当にうれしかったのに。ポリアモラスな自分を赦し、受け入れてくれていたと思えていたのに。




彼は無理をしていたのだろう。

嘘は本人が意図せずとも何処かから、それが嘘だと伝わってしまうのだ。


彼はわたしに告げず、尋ねられても嘘を重ねて、他のひとともお付き合いしていた。相手の方にもわたしの存在などは伏せたままに。誠実とは程遠い。
彼なりの強がりもあったのだろう。見せたくない弱さだったのだろう、大きなアディクションも抱えていた。

彼は現在の交際関係をリセットすることで自分と向き合う生き方をしたい、と言った。
リセットする方向でなくて、何とか繋がり続ける方法を模索して、わたしは彼にたくさんの提案をした。彼は首を縦には振らなかった。


そして、わたしの人生において、ひとつの大きな別れがやってきた。

出会えてよかった、という言葉をもらって。今でもその言葉を抱きしめるようにして、何とか生きている。


何でも話してほしかった。抱えているものをいっしょに持ちたかった。
365日の生活は共にできなくても、いっしょにいたかった。
あなたと家族になりたかった。あなたが話してくれた、父親になってみたかった、という言葉。忘れないよ。

こんなわたしでごめんなさい。



年月が流れ、お互いに考えが変わったり、生き方が変わったり、するのかもしれない。どこかでまた会えたら。

あなたはひとりじゃないです。
それは忘れないでいてね。

これからもあなたを、誰かを想いながら、わたしはポリアモラスに生きるでしょう。
思うようには生きられないけれど。何者にもなれないけれど。
それでも、わたしはあなたのことが好きです。

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