暇は最高の幸せを掴む考え方3選
むぼうらくじです。
暇な時間に人生の濃さが凝縮されている。
自分が過ごす時間をどんな感じで過ごすかは、いっそ個人の自由であり、別に強制される義務もないわけであって。
現代では何かと勘違いの連続で構成されている気がしてならない。
勘違いが積み重なる結果、それが世間での常識と化けてしまう。
そんなしがらみばかりに執着することが、人生を死ぬまでの喜びとして堕落する。
今日は最高の幸せを掴む暇について書いてみた。
暇な時間をどのように過ごせるか
どんな人でも、この時間の使い方で現実を大きく変えることができる。
現状を変えることも、変わらないことも、どんな人でも一つも共通することはない。
共通することは、絶対的に存在しないことを改めて確認する時間も必要。
共通している暇な時間も、この世界にはありえない。
その人間でしか体感できない瞬間があるし、それが個人の暇として成立するから。
成立した暇さを持て余すだけでは、もう死んだ人生と言っても過言ではない。
好きなことに身を捧げることが人生の分かれ目
その分岐点を自分の目で、自身の肌で、五感をフルに使うことで暇の瞬間を充実させることができるようになる。
個人的な問題を個人の問題として捉えるよりも、自分の存在意義を見出せる暇を再発見できる喜びを実感しよう。
やりがいだけに溢れた時間を確保することで、暇の質は格段に向上する。
好きなことだけで満たされる人生、つまり楽しみに満ちた暇を満喫できる時代を作る必要があると思う。
暇を幸せと感じられる瞬間が、その人にとっての本質的な価値であると思う。
価値と無価値は共存しているわけであるから、何が絶対的な正解かなんては誰も知らない。
知らないからこそ、楽しく過ごせるコツを身をもって体感できるんじゃないかな。
生きて、死ぬまでのプロセス、それは暇であることに全てが表現されている。
泣き叫ぶほど、暇と向き合う
そう信じられる人が増えると、世界は確実に変わっていくと思う。
堕落する瞬間瞬間では、自分では自覚のない人たちであふれる社会一般。
一般的な常識ってことにとらわれて、それで安心しきっている現状に危険性を感じられずにはいられない。
どこまで常識をぶち壊して破りさることができるか。
自分がやりたいことがなければ、暇の時間をどう過ごすかが大切。
時間があればこそ、どんな自分にもなれるから。
自由と言われる時間で、自分が何ができるかを本気で考えてみよう。
そこからが本当の自分だけの常識に変わっていく。
終わり
ありがとうございます。人生に対する発信の力にさせて頂きます!