白髪を見ると思い出す話

最近、白髪が徐々に目立つようになってきた。遠目にはわからないが、近づけば髪を搔きわけるまでもなく一本はすぐに見つかる。するとよく思い出すのが、ベトナムの統一鉄道に乗って古都フエからヴィンという地方都市に向けて北上しているときのことだ。

二人がけの席の隣に座っていた19歳の若者が私に話しかけてくれて、お互いに下手くそな英語で会話をしたり、車内販売の飯を食ったり、簡単なベトナム語を教わったりした。のちに英語の通じないホテルに難なく泊まれたのは彼のおかげであり、その際にとっておきのフレーズ「ワタシ、ホテル、ホシイ」を繰り出したのだった。宿の旦那は苦笑していた。

やがて途中の駅で若者は下車し、隣は空席になった。すると、後ろの席の女の子がやってきて、シートのリクライニングをバタンバタンと倒して遊び始めた。5、6歳くらいの前歯が生え変わっていない子だった。言葉は通じないが私を警戒していないようだった。

私はその子と遊んだ。というか、私のデジカメが格好の遊び道具になったらしく、パシャパシャと車内を撮ったり設定をでたらめに弄り倒していた。私は彼女とその母親のツーショットを撮った。お互いによく似た丸顔で、南方にルーツがありそうな顔立ちだった。

しばらく遊ぶと女の子は疲れて寝てしまい、私もウトウトし始めた。すると頭のあたりにワサワサとした感じがして、振り返ると女の子の母親が左の手のひらを上に向け、そこには白髪が何本か並んでいた。母親は「こんなにあったよ」と言わんばかりに満面の笑みをこちらに向けていた。

白髪がそんなにあったことにびっくりしたが、こんなに抜かれるまで気づかなかったことにも驚き、そもそも人の白髪を抜くかね、と目が点になった。ともかく好意でやってくれていることはなんとなくわかったので、私は前に向き直り、引き続き抜かれるがままになっていた。

日本に帰ってから調べてみると、ベトナムには白髪抜きの習慣があり、専門店もあるらしい。日本では人の白髪を勝手に抜いたりしないんですよ、と言ったらあの母親は驚くだろうか。

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