向ける、と向かう

二人の男がカウンターでおしゃべりしている。連合赤軍だかの誰かが死んだって、ニュースの話をしている。誰がなんの容疑で、捕まったのか服役していたのか、顔も名前もわからない、その人が死んだことが新聞とテレビとSNSでニュースになって広がってそれを見て読んで二人の男はそのことを
どっか遠く離れたところの事件を知らせることの意味はなんなのか。知る知らない、その重要度は、誰が殺した誰が賞を取った何が逃げ出した株が上がった下がったどこそこで展示会が開かれた誰と彼が結婚した明日の天気は今日の番組は
新聞を読まない。テレビも見ない。なのに僕はどんなものが載っているかなんとなく知っている。テレビは新聞より始まるのが遅かったからまずは新聞だ、日本なら瓦版か、これを皆に知らせよう！とはじめに思いついた人は、それをなぜ皆に知らせなければと思ったのか。
僕は長野県の飯田市に住んでいる、1月1日の地震で飯田も揺れた、結構揺れた、でも棚から本や皿が落ちるようなことはなかったし、土地も地割れがしたりしたとこもなかった、新聞やニュースがなかったら、能登の惨状をいつ知ることになっただろうか。ずっと知らずに一生を過ごしたかもしれない。それとも別の仕方でそれを知らずに体感しているかもしれない、海も陸も空も空間は繋がっているからだ、百年前の気象が違ったら今日の気象はきっと違ったものになっていた、バタフライエフェクト、1日の気象の違いくらいならその次の日には影響しても100年後の今日にはほとんど影響ないかもしれない、それでもあの日の地震はどこかの地面が４m隆起したというから、二段落前くらいを打ってるときに隣の男が教えてくれたのだ、それだけ地形が変化した地震なら時間的にも空間的にも結構な波紋を広げたんじゃないか、僕はそれと知ることはできないが（それがそういうものなのか僕の感度の問題なのかはわからない）ここ飯田にもその波紋は到達したからこの身体も必ずその波に当たった、感度が上がったらそれをそれとして捉えることがあるだろうか、
多分ある、
僕は喉が弱い、ずっと喋ってると少し喉が掠れる、いっぱい走るとぜいぜいして気管が熱くなった感じがして、少し血の味がする痰が出る、その喉で父親を思い出す、父親はまだ生きている、歳をとって前よりもはっきりと声が掠れている、掠れているのにはっきりって言うのもおかしいけれど、より掠れて声が広がりにくくなっている、僕は遺伝だと思った、兄も妹もそんな感じではないが僕は三人兄弟で唯一父親似だと言われる、
風呂に入っていて突然思ったのだ、
ここで、僕のこの人生でこの喉の弱さを克服？気管が強くなったら、この先、僕の子孫は、まぁ僕には子供はいないのだが、少なくとも過去、僕の祖先は皆、代々受け継がれてきた喉の弱さを断ち切ることになる。もちろん僕が喉をよくしたとして、父親や祖先の膨大な人たちが生きていた間に喉が強くなることはない、それはずっとある、同時にその因はここで断ち切られる、今があらゆる過去、未来に影響を及ぼす。過去や未来が今に影響を及ぼすのも波紋のようにずっと広がってきてそうなるそれは、今から過去、未来という逆のベクトルにも同じように働く。そして私ができることは、何かできることがあるとしてそれは今しかできない、過去や未来は変えられない、過去や未来は変わるが変えられない、

変わる、と変える

の違い。

そうする、と、そうなる、の違い。
四つ足で歩いてから二本足で立つと、同じ立ち方をしても安定して立っている。
人に押してもらうとそれがわかる、
身体全体を感覚していると少し安定するけれど、四つ足になってその感覚を維持してるだけでもっと強くなる、多分それは気持ちの向かい方の違いで、例えば体の広範囲に気持ちを向けるのは難しい、左肘と同時に右脇腹、尾骶骨、膝の裏、後頭部と複数に気持ちを向けるのは困難だが、四つ足でいるときは自分ではほとんど気づけないけれど全部に気持ちが「向いている」、認識できなくてもそうなっている状態をただ味わい続けているだけ、「いま左肘と右脇腹、尾骶骨、膝の裏、後頭部を感じている」と認識すると他の、上がらなかった部位への感覚は消えてしまう、だからただ感じる、味わう、わかろうとしない、でいると全体に気持ちが向かったままでいられる、

気持ちを向ける、気持ちが向かう、
なんだか現代って自主的に、能動的に、何かをなすことをよしとしていることが多いと思う、けれど勝手に「向かう」「そうなる」ことの方が重要だ、
何を知るのかニュースは勝手に向こうからやってくるが、それを「知りたい」と思う前に毎朝新聞が届いてそれに触れていると、「知りたい」が何に向かうかわからなくなる。
とにかく毎朝毎朝何十ページもの新聞、SNSに目を通さずにはいられないのはほとんど不安から来てる、あるいは暇だから、暇だけど何かしたいことがない、
その不安は自分が何に向かっているかわからないからかも、ずっと蕎麦を食べたいと感じてるのにそれに気づかずに毎日カレーばっかり食べているみたいな