不安不定形不可視

 眠れないからこの文を書いている。むしろ書いている途中で100m走28秒くらいのくそ遅い眠気が襲ってきてくれるのを願っている。どれだけ遅くてもいい。僕のところにたどり着いてくれるなら。

 こんな日は月一くらいで存在する。絶対に回避できない。来そうな日は何となく前もって分かる。ああ、ここらへんであれが来るな、と。こう書くと生理のようだが血は出ない。その代わりと言ってはなんだが時々血を吐く。

 こんな日は何もかもが不安になる。枕の硬さ、寝るときの向き、周りの音、喉の乾き、自分の心臓の音、明日上手に人類と会話ができるか。不安は不安を呼ぶし、不安に形は無いし、不安が積もり積もることで将来が見えなくなる。

 原因はきっと金銭的に余裕がないことだろうとわかっている。最近だらだら続けていたバイトを辞めた。昔うつ病だったことがばれてを色々と言われて、「じゃあ辞めるか」と悪い方向に全身全霊、思い切りのアクセルを踏んだのだ。僕は悪い方向にばかりは思い切りのいい男である。長い長い人生を後ろ向きのバック走で走り続けている男である。通り過ぎてから後悔ばかりしている。バック走だと後ろの様子はよく見える。戻れはしないのに。おまけにまともに走る他人には決して勝てない中途半端なスピードである。金という名のガソリンも中々に少ない。というか、無い。FFの源氏シリーズの盗める確率と同じくらい無い。つまり、皆無である。いつだったか、ロシアではガソリンの代わりに酒を使うと聞いた。僕も同じだ。そこらへんに転がっている酒を飲み、無理矢理ガソリンの代わりにしている。さぞかし車体は痛むに違いない。道路だってきっと外れている。がたがたの地面をいつ転ぶかとびくびくしながら走っている。その様を見てよく言われた言葉が「あいつはそれがかっこいいと思ってる」だ。残念ながらそんなことは欠片も思っちゃいない。僕はこれしか走る方法を知らない。ガソリンの注ぎ足し方だって知らない。進むべき方法だって知らない。ピットに入ったって誰も居ない。20年と少し前によーいどんで一斉にスタートした。あっという間にゴールインしたやつも入れば、目標に向かって進んでいくやつもいる。助手席に誰かを乗せているやつもいるし、人を轢き殺したやつもいる。僕はマリオカートで勝ち目が無くなったやつがやるようにひたすら逆走を続けている。もうどの向きに進めば良いのかすら忘れてしまった。

 おかしくなってから、僕の周囲から「自称おかしい人」が少なくなった。そりゃそうだ。みんな逃げ道を作るためだけに「おかしい人」であることを詐称している。レースに負ける理由を全力で作りながら走っている。出口が見つかれば、一目散に逃げていく。まともな生活に戻っていく。僕はそれを見て、不幸になるようにと願うこともできない弱い生き物だ。生き物なのかも怪しくなってきた。

 僕は電車に生まれるべきだった。レールの上を、決められたダイヤで走っているべきだった。時々人の自殺を手伝い、また次の日には何食わぬ顔をして走る存在になるべきだった。中途半端なエンジンを持つべきではなかった。きっと単体で走るには馬力が無さすぎた。それでも車だ。走らなくてはいけない、と自分に言い聞かせて走る車だ。もしかしたらタイヤなんて無くて、必死に足で歩いているだけかもしれないが。ブレーキだってついてない。窓も鍵も排気口だって無い。坂の上に生まれて、そのまま下っていくことしかできてない気がする。前方に大きな雲が見える。きっとあの下は大雨だろう。道もぬかるんでいるだろう。あそこで止まってしまえれば。いい加減車であることをやめて、スクラップになる時かもしれない。それが幸せなのかもしれない。

 眠気はまだ追いついてくれない。

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