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TomoPoetry、もう生き返りたくない、生きすぎた長く。

もう生き返りたくない
生きすぎた
長く
深く
母の声
父の声
とおい祖先の声
わたしの頭で
反響する
わたしの頭の世界の
母の声
父の声
とおい祖先の声
顔は
声よりも本物だ
直接確認すれば良かった
カーテンを揺らして
風が言う
もうそろそろ
あなたも呟くはず
あなたの声でなく
星が振動する
音波の声で

四千年の間
鞭打たれた
生きたまま
肉体は裂かれた
皮はランタンとなった
星が語る
腐敗しつつある
水で満たされた星
世界を切り分けたのは
見えない手
林檎の欠片が腐るように
生は
アイスシャーベットのように
ひとつひとつがそれぞれの色で
腐りつつある
見えないあなたは
知っている
わたしたちが腐敗し
他に沁み
そこから
コスモスが芽を出すことを
聞こえているだろうか
わたしたちの声は

環境は
海洋生物がめぐり
攪拌される
ルーペの中か
排水溝
冷蔵庫か
事務机
内部は腐敗している
遅れて骨格が
落下する
星は人類の排出物と
解体した骨格
腐葉土におおわれている
地はもそもそ
語る
もう生き返りたくないと

ヨーロッパで
ユダヤ人が殺戮された
アメリカのユダヤ人は
酒を売った
ピザナイフを
なぜそう走らせたか
誰に剣を向かなくても
街は敵だらけ
だった

朝がある
悪夢が夢であることに
安堵するため
夢より残酷な
現実への準備をするため
ガラス瓶が
時間をかけて
丸いビーズになるように
死が
色とりどりに転がり
長い道に
足跡と
墓標を残した
また道の入り口に立っている

「もう生き返りたくない
長く生きたから」*
生きのびたかれは
そう言った
家具のように
黴くさい髭をさわりながら
椅子が呟く
ブレーキが唸る
川面が揺れる
星が
振動する
昇っても行き着かない
空の果て
過去からの声は
オクターブ低く
響いていく

もう生き返りたくない
長く生きたから

わたしは
新橋のカウンターにいる
となりには
男 ただ
死後七十年の男
かれは
星の味の焼酎を飲む
体温と同じ温度で
東京の土地に
しみこんでいる
同じつめたさで

そのつめたさで
見えない手は
死の扉を開ける
そして
あたらしい日に
あるいは
あたらしい世界に
かわる
ただ 同じ冷酷さで
あなたは招き入れられる

わたしはまだ
扉の前に立ちつくしている
自分が
生きているのか
それとも
これから生き返るのか
見極めるのが先だ
そのあとのことを
どのように
決定しようかと
肉体のないまま
立っている


*I.B.Singer"Enemies:A Love Story"より

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