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TomoPoetry、いないきみのビブラート


日暮里駅のホームに
男ははりついている
うすい記憶
うすい黒髪
すきとおる手のひら
肉体はするすると
ノスタルジックな咽喉に落ちる

影は捨てられる
蕎麦つゆといっしょに
総武線でいつも並んでいた
出汁色のスーツ
誰にも見られることはない
光のなかの
輪郭だけの時間

昼の移動の合間
きみはわたしの隣に座っている
呼吸はかすかにひびき
日めくりを引きさく
隣の女性がスーツケースをきみの膝にのせると
きみの存在が軋む
失礼
あかい唇が
空間を切りとる
何名かのきみの仲間が
足首や耳をホームに忘れてしまう

きみに目的地はあるのか
途中できみの仲間が降りた
終点近くで
きみはわたしに話しかける

あなたの影の中に入ってもいいですか
返事をする前に
きみはわたしの影になる

駅の階段で
デパートのエレベーターで
分娩室の入り口で
バスを追いこす棺で
鍵をさした扉の前で
わたしはよろめく
たくさんの影の
絡まった脚

絶望している少女
顔を失った少年
ユーラシアの地図となり
風に吹かれるきみ
一筆書きの
きみたちが
時に横断歩道に立ちあがる

電車の床から
わたしの過去から
宇宙のインク壺から
排水口から
焼却された灰がまいあがるように
過ぎさったコンサートの
耳鳴りのように
きみの声が
きみの香りが
あおい空から切りとられた
きみの輪郭が
立ちあがる
凍えたわたしの時間に

きみは夜空にぶらさがり
地球の振動に合わせて
揺れながら
真実で
すべての距離を共鳴させる

きみは最後に
すべてを吸いこんだ影になる
あたたかく
脈打ち
ビブラートで歴史を語りながら

スーツの中で
わたしの肉体は音楽になる
駅は
どこだろうか
江戸川を渡ったあと
電車は凍った時代にはいった
わたしはユーラシアを彷徨い
揺れる
時間になったわたしたちを探して

イトーヨーカドーのフードコーナーで
帽子だけのわたしは
生の
影のかたちを
ストローですこしすこし
吸いこんでいる

まもなくきみのアコーディオンが
道を
未来へ向かっていく

存在しない地球に
書き留められる言葉の
耳鳴りのように

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