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Tomo Poetry、かなしい朝がつづく世界で。


半世紀前
朝のかなしみ
という詩を読んだ
エジプトで死んだローマ人
シベリアの収容所を生きた女優
性器を切られた娘
のように
びっしょり濡れた星
ベランダと風呂場
部屋のなか
台所を
万国旗のように
世界中の半旗のように
しとしと濡らす
洗濯物に戸惑うわたし
一間窓に近いところで
シャツをたたむかれ
わたしはまだ
濡れているが
かれは
もう乾いている
子どもとペルーの豆を食べる
夜のダンスパーティに行ったのだろう

朝のかなしみは
脊髄に沁みた凍りゆく河のながれ
のように
永遠につづく
かれは知っていた
わたしはしばらくして
知ることになる
どのかなしみよりも静かで
すべてのかなしみを
重ねた濃さの藍
そして透きとおったつめたさ
筋肉が干し肉のように乾き
骨が
ハワイの海岸の珊瑚の色になり
魂が
冷蔵庫のレバパテのようだ
と気づく朝
永遠に裏貼りされた
あたらしいかなしみを知る

永遠を満たしていくのは
かなしみである
知るために生きよ
と言ったのは
わたしの祖先だ

かなしい朝を知った
二十年後
中国からモンゴルを歩く
風に死者の声を聞きながら
夜 この世を生き
壊れつつある肉体
と会話しながら
抱き合いながら
中国大陸を吹く風より
すこしやわらかく
二歩先の
歴史を
確かめながら

わたしは
洗濯物をたためず
洪水の後のままだ
ガスコンロのスイッチを回せない
結婚パーティに着けていく服がない
会話するのは
肉体がない恋人
昨夜日本で
水に満たされて死んだ朝鮮人
アウシュビッツで
ランプシェードになったユダヤ人
畳に四肢縛られ
海に浮かぶ
名前のない
恋人

目が覚めると
あなたが立っている
輪郭だけはっきりとして
海底で青い水に揺れる海藻のように
あなたは
永遠に
揺れている

歴史を認識する
言葉の鋭さや丸さより
あなたの輪郭を
明確にする
朝日の角度より
さらに鋭く
さらに底をえぐる
かなしさの朝
わたしは
忘れていた詩人を思い出す
わたしの人生を
生前と呼ぶ時
泣いたことを思いだすだろう
乾ききって
生きてきたのか
熱帯雨林で
幾年も
だれのかなしみに
濡れてきたのか
わたしは
歴史のかなしみを
一枚
寝床に重ねる

あたらしい一日を
確認するために
おはようを言う

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