海にもどるこいびと
朝
目覚めると
きみは鍋のなかにいる
きみのいのちが
鍋にひろがっている
わたしたちは何を
食べようか
魚のお汁に
青菜をすこし
ハンバーグやステーキのあいだに
わたしたちは飲む
南太平洋のスープ
北欧の刺身
夜 きみを抱くと
きみは毎晩まいばん
ほそくかるくなる
そして ある朝
鍋のなかのきみを見た
命を溶かしている
その夜 わたしは
きみを太平洋に連れていく
死がきみの背後に落ちる
もう一度まとうと
花嫁のように純白になった
それからは
水に沈んでいく
ときどきふりかえり
本当にいいのか
という目で見つめている
わたしも
いつかはだれかに背負われ
海にいくだろう
きみはすでに
宇宙をだいているだろう
はげしく愛しあう肉体のように
ねむるともよ
きみの慰めになったか
きみの救いになったか
声になったともよ
言葉はきみの祈りになったか
汚れの中に立ちつづけているか
海
このことばに
肉体の
いりぐちと
出口がある
わたしは透きとおったスープを
スプーンにすくう
きみが泳ぐ風
死の匂いが過ぎる
ファルセットのうたが
あたらしい誕生のように
カップを鳴らしている
最後の呼気を
スプーンですくう
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