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LAMP

最近の僕と言うと 散らかったまま 暗い部屋の隅で
「流行りの音楽とか僕は興味ないのだ」
溢れる妬みを隠し切れずにいます

自動で日々は転がって 毎晩 夜は明けるなと願う
やりたい音楽とか 誰も興味ないから
売れる為だけに割り切らなきゃかい?

暗闇の中で迷子の僕を 導いてくれる明かりの正体は

ひかりかがやくうた 街明かりの一つのように
果てしない数の中 出逢えた事実に
どんな意味があるの

朝が嫌いだった 今日も歌詞が書けないでいた
窓の外 日が昇る 布団を被って
誰にも会いたくない

いつか描いていた理想像は遥か彼方
評論家気取りの昨日までの僕とさよなら

ずっと変わりたくて 変われなくて 遣る瀬ないな
情けない 僕もきっと

ひかりかがやくうた 街明かりの一つのように
この唄も ひた灯る ランプになれたら
誰かの帰りを温めたい

いつか描いていた理想像を手繰り寄せて
冒険家気取りで些細でも確かな光を

 2023年3月からDigital Single - "彗星" のリリースツアー "Orange Candy Tour" が始まった。表題曲の「彗星」という曲は、そのときの自分のルーツやカッコ良いと思ったもののすべてを注ぎ込んだ曲だった。だけどやっぱりリリース直後はかなり頭を抱えた。リスナー層がカッコ良いと評価するものと自分のその感覚が乖離していることを実感した。MOCKENは潜った場所で活動しているバンドでもないから、そりゃ誰も低音リフだけじゃアガんないし、1曲通して初めて物語の全体像が掴めるようじゃ、キャッチーな歌には敵わない。そんなことを考えて酷く落ち込んでいた。

 "Orange Candy Tour" ファイナル公演の日、MOCKENチーム内で新曲を1曲アンコールで演奏しようという話になった。俺はもうどんな曲を書けばいいか、歌えばいいかわからなかった。俺の悩みを加速させるのも、そこから拾い上げてくれるのも結局いつも「自分が好きな曲」だった。当たり前すぎる話だけど、この当たり前を痛いくらい実感した。

 中々歌詞は書けないままレコーディングの日を迎えてしまった。「LAMP」を書いている間は何度も夜を無駄にして、その度朝日が嫌いになって、自分のことも嫌いになった。誰にも合わせる顔がなかった。ボーカル録りの日もスタジオに着いたらすぐマネージャーのまささんと竜之介さんと会議。まだ待ってくれと言って俺が歌詞を推敲するだけの何も生まれない時間が過ぎていた。もちろんその間もレコーディング料金には含まれている。

 最終的に良くも悪くも振り切った俺は「この曲で売れようと思うのはやめよう」と思った。知らない人からしたら鼻につく言い回しがあったとしても、今思ってること全部そのまま書いてやろうと思った。そうして歌詞を読んだままの「時代に合った音楽と自分の音楽の狭間で頭抱えてる奴」の唄になった。だけどきっと同じような拗らせ方、勘違い方で悩んでるような奴、バンドマンには多いだろうし、そうじゃなくても何かしら重ねてくれる人はいるんじゃないかなって思った。

 「自分の好きな唄」の大半は有名な曲じゃない。興味のない人からしたら仕事終わり電車の窓から見える街明かりほど小さくて、無数にあって、そのひとつひとつがどんな形をしているかなんて気にもならない。けどその一つは誰かの帰る家だったりして、その誰かからしたらかけがえのないたった一つで、どの明かりより特別で優しく暖かく、ひかり輝いている。いつでもただ一人を待っている。

 でも今はもう、あの頃ほど悩まなくなった。あるバンドのMCで「昔は自分のために歌ってた。今は信じてくれる人のために歌う」という言葉を聴いて、安直にそうしようと思った。何だ、こんな簡単な言葉にすべて要約されてるじゃんか。って思った。今のMOCKENをそのまま愛してくれているすべての人を俺は本当に、心から愛しく思う。

 もちろんもっと上手に届けたいから、曲もライブもいっぱい悩み悩みやっていくとは思うけど、そのMCを聴いてから自分のMCで言うようになったのは「MOCKENに興味や面白さを見出してくれる人たちとこの輪を広げていきたい」という言葉。それにはここに書いたすべての背景があった。

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