仕事で保育所に出かけ,2歳児のクラスで半日過ごした。
子どもたちは突然やってきた「変なおじさん」に興味津々で,いろいろアプローチしてくる。絵本を持ってきて「読んで」と言いながらちゃっかり膝に座ってくる子(追従者続出)。ワイルドに背中によじ登ってくる子。ワヤワヤの発音で「#△*●&◇%¥ったの」となんだかわからないことをしきりに教えてくれる子。私が持っているボールペンを指差しながらもう一方の手を差し出して「アンパンマン」を連呼する子(手の甲にアンパンマンを描いてもらうのが好きらしい)。
そんな歓迎の儀が一通り済んだあと,私は園庭に遊びにいく子どもたちについていって,何人かの子どもたちと関わりながら,いろいろな子どもたちのようすを見ていた。子どものようすを見て,あとで先生たちと話し合う,そういう仕事なのである。
一人の女の子が目についた。2歳児としてはわりと口の達者な,髪の毛をかわいくツインテールに結った子である。仮に,この子の名前をKちゃんとしよう。
Kちゃんは,何かあるとすぐ泣き声をあげる。たとえば,1台の三輪車にKちゃんと別の子が同時に近づいて,どちらかしか使えない,という状況になった。そういうときに,Kちゃんはすぐに泣き声をあげるのだ。それも,近くにいる大人の方を見ながら。
子ども相手の経験の浅い学生さんなどは,子どもが泣いていると「なんとかして泣きやませなければ」と思ってしまう。それに他の子がからんでいる状況では,泣いているほうが被害者で泣いていないほうが加害者だと,最初から決めてかかってしまうことも多い。
Kちゃんが他の子との競合場面で泣くとき,Kちゃんの感情は相手の子に向けられているのではなく,近くにいる大人を自分の味方につけるために使われているのだ。だから,近くにいる大人の方を見ながら泣く。そして,相手より先に泣けば,大人が自分の味方側で介入してくれることが期待できる。
むかし,野田俊作先生がこういう振る舞いを「かわいそうなわたし,悪いあのひと」と呼んでいたっけ。
三輪車の取り合いになったとき,その近くにいた私は,Kちゃんのこの「先に泣いた者勝ち」戦略に乗らずにただ見守っていた。すると,Kちゃんより先に三輪車に手をかけた相手の子がそのまま三輪車に乗っていってしまった。そうしたら,Kちゃんは実にあっさり泣きやんだ。なかなかの女優ぶりである。
Kちゃんがすぐに泣き声をあげるトラブルの場面を,その後も数回見かけた。
2歳のKちゃんがそんなふうに振る舞うことを,ずるい,悪いこととして責めることはできないと思う。それは,周りの大人の反応が形作ったものだ。「泣いたら得になる」ような関わりを大人がしているから,Kちゃんはそう振る舞うようになったのだ。「先に泣いた者勝ち」戦略で自分が有利な展開になる経験をしているから,それを繰り返すのだ。
子どもを見ていると,自分の要求を通そうとしたり欲しいものを手に入れようとしたりするために「泣く」ことを積極的に選んでいるように見えることが,ちょくちょくある。それに振り回されるのではなく,要求を言葉で表現し,相手に伝えたり交渉したりする方向に育てていくことが,大人の役割でもあると思う。
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