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目覚まし時計はもういらない

電車を降りて改札に向かう途中、うしろから話し声が聞こえた。
足が震えて呼吸もうまくできない。 息ってどうやるんだっけ。

恋の話だったらよかったのに。

振り返ることはできなかったけど、あの納得がいかない時の話し方は間違いない。きっと、たぶん。シオさんだ。

シオさんは一番厳しくて怖かった昔の上司。

最近、自分より若い年齢の人から仕事のやり方について質問される機会が増えた。無職なのに不思議すぎる。もちろん就活の相談も真剣に聞くし嬉しいんだけど、あの、質問する相手がマズいと思うのよ。無職だからさ。

「教える」というのは苦手。というか、嫌いだ。難しいから。
でも自分の知識や経験がひとつでも役に立つならと、おせっかいにならないように気をつけながら話をする。

ただどうしても自分の話のなかに、シオさんの言葉が浮かんでくる。僕の思考回路に染み付いてしまっているから。

タバコ一本吸う間に答えが出せない問題は時間かけても出ねーぞ
きっとこのご時世、勤務中に喫煙所に行くのはご法度なんでしょうね。でも当時の僕とシオさんは、黙認し合っていた。誰にも話しかけられない場所が喫煙所だったから。
・理想と現実の乖離はどれくらい、原因と要因は
・ヒト、モノ、カネ、どう使って埋めるのか
・どれくらい時間がかかりそうか
・そもそも今考えるべきことなのか
「ざっくりこのくらい5分で結論出せるようになれ」と教わった。

ミスはしょうがない、ミスした瞬間に報告しないとガチギレするから
「ミスしちゃったこと自体は振り返ればいい。誤魔化したり自分だけでなんとかしようとすると後手に回って打ち手が減るから、すぐに言え。報告は事実だけね。ポエミーな感情論とか聞いてないから」
正論すぎて逃げ場がないから何も言えなくなっちゃうんすよ。

数字だけが誰に対しても平等なんだよ
「”見てる人は見てくれてる”ってことは、”見てない人は気づきもしない”ってことだろ。ズルしろとか他人を蹴落とせってことじゃなくて、まずは数字で結果を全員に見せられるようにしろ」
若さと勢いだけできてしまった僕に、口酸っぱく言っていた。

数字の根拠がない企画書を持ってきたら燃やす
「”うまくいくとおもいます!やるきがあるからです!がんばります!”みたいな決意表明しか書いてない企画書を俺が受け取ると思った?燃やすよ?」
まさか本当に燃やされるとは思わなかったなぁ。

QにはAを、結論から
「お前桃太郎を"むかしむかし”から説明するタイプ?寝るぞ?」
プロローグある方が感情移入できると思ったんだもん。

部下は全員、自分よりバカだと思って伝えろ
「自分より賢いやつが部下なのはおかしいだろ、会社の人事評価はそこまで無能じゃない。全員にお前基準で話すのやめてくんない?泣かすよ?」
言葉が強すぎるけど、相手によって伝え方を考えろって意味だったはず。

シオさん

僕も31歳になりました。あの頃のシオさんと同じ年ですね。もうステーキ1ポンドは食べられないっす。朝まで酒飲むのも途中で眠くなっちゃいます。

今ならなんで当時あんなにキツく言ってきたのか、少しだけ理解できちゃうんですよ。でも「今なら感謝できる」とかは思ってないです。毎日しんどかったし、体調崩したし、ちょっとハゲたし。許してない。一生会いたくない。

「昔の自分に似てるから見ててイライラすんだよアイツ」
いつもそう言いながら、最後に「アイツは伸びるよ、俺に似てるから」と付け足していたと他の先輩から聞かされても、直接言ってほしかったなと思っちゃう。出世も昇給も興味なかったんです。毛嫌いしてたゆとり世代ど真ん中なんで。シオさんの「悪くねーな」だけです、ほしかったの。

俺がプレゼン本番に寝坊した日の帰り、ドンキで1番大きい目覚まし買ってくれたの、「マジで嫌な奴だな」と思いました。
俺がシオさんの誕生日に目覚まし4つプレゼントしたらガチギレされたの、「マジで嫌な奴だな」と思いました。いやこれは俺が悪いです。
月に2回までお互いの寝坊はもみ消し合うって約束、ウケますね。

逃げ出したあと俺、一部上場のホワイト企業に転職したんすよ。福利厚生って都市伝説じゃなかったです。ホワイトすぎて頭が真っ白になるくらい。
そこでトップセールス獲っちゃったりして。大企業は違いますね、シオさんより強い人ゴロゴロいましたよ。でもシオさん以上に「勝てない」と思わされた人はいなかったです。おべっか抜きで。

なんやかんやあってそこも退職して、今は1年以上無職です。笑ってください。もらった着信、折り返せばよかったかな。俺今でも京浜東北線に乗れないんですよ、ウケますね。

あの頃の俺たち何と戦ってたんですかね。世の中や誰かの為になったんですかね。働くって何なんですかね。こんなフワフワした質問だとまた怒られちゃうな。自分で考えます。しんどかったことも笑い話にできるくらいには、図太くなりました。

「ねみぃ」が口癖だったあなたが、どうか安らかに眠れますように。
もう目覚まし時計はいらないですよね。寝坊しても大丈夫だから。それじゃあ、おやすみなさい。

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