ホーム転落を経験して視覚障害者の私が考えたこと

 私は先月29日、初めてホームから転落した。それは、今のままの対応では視覚障害者のホーム転落死傷事故は今後も起こり続けるという思いをより確信させるものとなった。ここでは私のホーム転落の経緯、今後も事故は起こり続けると考える理由、事故を防ぐには何が必要なのかということについて考えていく。


1. 経緯

1.1 ホーム転落まで

 その日は、茅ヶ崎からの出張の帰りだった。
 午後6時ころ、取引先の事務所を出て、取引先の人と東京方面の東海道線の電車に乗ったのが午後6時半ころだったのではないかと思う。いつもは15両編成の電車なのだが、そのときはたまたま10両編成の電車であった。取引先の人は大船より手前で途中下車、私は一人で横浜まで向かった。
 その取引先の事務所は今まで何度も行ったことのある場所で、東海道線で横浜から茅ヶ崎、茅ヶ崎から横浜に一人で移動するのも珍しいことではなかった。ただ今までと少し違ったのは、いつもは15両編成の電車に乗るのが10両編成の電車となり、横浜での下車位置がいつもと違っていたことであった。それでも、10両編成の電車を降りるのは初めてというわけではなかったから、なんとかなるだろうと思っていた。
 横浜駅について、電車を降りる、いつもの15両編成の電車であれば、降りてまっすぐ進むと改札回に下りる下り階段にぶつかるので、そこから左にたどって階段の降り口まで移動すれば階段を下りて改札に行くことができる。しかし今回乗ったのは10両編成だったから、下りてそのまままっすぐ進んでも階段にぶつからないことは予想がついていた。
 電車は7番線に到着した。ホームは7・8番線で島式ホームとなっていて、東京方面を向いて左側が8番線、右側が7番線となっている。7番線、8番線ともに東海道線上り、つまり東京方面となっている。電車の左側のドアが開いた。ドアから降りて右に行けば北側の東京方面、左に行けば南側の大船・藤沢・熱海方面である。電車はおそらく南寄りに停車したと思われる。私は電車を降りてからなんとなく左の方を向いてあるき始めた。
 私は10両編成の一番まえの車両に乗っていた。そこへ電車は南寄り、つまり後ろ寄りに停車したのだから、私はおそらくホームの中央からやや北寄りのところで降りたのではないかと思われる。横浜駅には北改札、中央北改札、中央南改札、南改札がありそれぞれに対して下りる階段があるから、私の降りた位置ではおそらく左に行っても右に行っても下りる階段はあったと思われる。
 この日は私はあまり目の調子がよくなかった。調子のよい日は、目の前が明るいかくらいかくらいはわかるし、天井の蛍光灯の照明の向きが認識できてそれで方向をある程度判断することもできる。この日は、まぶたを明けても閉じても目の前が白っぽく見えて、視認することがかなり困難な状態だった。また、降りたのが午後7時近くの東海道線上りホームで、下りとは違って横浜駅で下りる人は少なく、ホームにもほとんど人はいなかった。私は電車を降りてからホームに沿って左の方に進んだが、先の方が暗くなっているように見え、この先に行っても何もないと思われたため、向きを反対方向に変えてあるき始めた。ただ、この反対方向に向きを変えて進むというのが、私がいつも方向を見失うパターンだったのである。
 私はなんとなく線路とは平行な方向にホームの中央あたりを歩くようにした。その方が階段に行き当たると思ったからである。少し歩いていると、点状の点字ブロック(警告ブロック)に行き当たった。この先に下り階段があるのかと思っていると、自分のすぐ近くで電車が動き出す音が聞こえた。そこは線路の手前の点字ブロックだったのだ。あわてて引き返し、明るさの加減や、向かいのホームからのアナウンスや音などを手がかりに、線路と平行と思われる方向に歩みを勧めていく。もう電車を降りてから数分経っていたと思うが、たいていはこのあたりで「どちらに行きますか?」「何かお手伝いしましょうか?」などと人から声をかけられる。しかし、この日は誰からも声をかけられることもなかったし、人の気配も感じなかった。
 しばらくすると、警告ブロックが横にずっと並んでいるところにたどり着いた。私は線路と平行な方向を歩いているつもりでいたので、「いったい今どこを歩いているんだろう」と不安な気持ちになってきた。しばらく警告ブロック沿いにたどっていくと、そこから垂直方向に後ろの方に伸びる誘導ブロック(線上の点字ブロック)を見つけた。おそらくその誘導ブロックをたどっていけば、さらに90度曲がった方向に誘導ブロックがあって、そこに下り階段があるだろうと思って歩みを勧めた。いつもであれば、このくらいのタイミングで誰かから「どちらに行きますか?」「何かお手伝いしましょうか?」と声をかけられることが多いのだが、このときも声はかけられなかったしそもそも人の気配も感じなかった。しばらく誘導ブロックをたどると、誘導ブロックが左右に広がる警告ブロックに垂直にぶつかるところにたどり着いた。私はその警告ブロックの先に下り階段があるのだと判断した。しかし、今にして思えば、その誘導ブロックは7番線の線路側と8番線の線路側を結ぶ誘導ブロックだったのだ。私は警告ブロックの先を白杖の杖先で確認し、下り段差を確認した。しかし、段になっているということを確認しただけで、下の段の路面までは確認しなかった。警告ブロックからその段差までの距離は、いつもの警告ブロックから下り階段までの距離と同じに感じた。私は下り階段だと思ってそのまま歩みを勧めた。遠くから「あぶなーい!!」という声が聞こえた。私はそれが私に向けられたものだとは思わなかった。

1.2 ホーム転落後

 気がつくと私は地面の上に転がっていた。ここはいったいどこなんだろう。工事をしているところにでも落ちたのだろうか。地面は何かごつごつしていて、あと何か金属の太い棒というかレールのようなものを触って感じた。
 私がそのようにぼーっと考え事をしていると、後ろの方から「大丈夫ですかー?」と2人くらいの人が私に声をかけてくるのが聞こえた。私が地面に落ちてから10秒くらいは経っていたのではないかと思う。私は声の方を振り向いた。おそらくそこからまた10秒くらい経ってから、「ガーッ」というブザー音が駅全体にけたたましく響き渡った。この音は他の駅で人がホームから転落したときに聞いたことのある音であった。私はここでやっと、自分がホームから転落したのだということを理解した。そして、ブザー音が鳴っているということは電車がホームに入ってくることはないだろうと思ったので、特に冷静さを失うということはなかった。
 駅員と思われる人から、「ホームの方に上がれますか?」と聞かれた。ホームのヘリは自分の目線とだいたい同じくらいの高さのところにあった。はじめホームのへりをつかまって上がろうとしたが、そこは足場が全くなく、上がれそうになかった。おそらく。そこは退避用のスペースとして空洞になっていたのだと思われる。左の方に歩いていくとはしごがあると言われたので、はしごのある方までホームのへりに沿って歩いて行き、はしごを使ってホームに上がった。なお、線路上には私のかばん、靴、白杖、メガネなどが散乱していたのだが、それらは駅員が後で拾うのでまず本人がホーム上に上がってほしいと言われたので、荷物も何も持たずまず自分だけホーム上に上がった。
 ホーム上に上がると、ベンチのところまで案内され、そこに座るように言われた。どこか痛くないか、救急車を呼ばなくてよいか、医者に行かなくてよいかなどを聞かれた。そのときは、腰のあたりと右肘のあたりに痛みを感じていたが、それ以外は特に痛みはなかった。また、誰かから押されたりしなかったかということも聞かれた。あとは、私の名前、住所、連絡先などを聞かれた。
 線路上から私の荷物をすべて回収するのには思いのほか時間がかかったように感じたが、おそらく15分くらいで回収したのではないかと思う。メガネなど線路や石の陰に隠れて見つけづらかったという。非常ブザーは、私がホームに上がってから5分くらい経った後で鳴りやんだ。私が落ちたのは8番線の線路で、電車があまり通らない時間だとのことだった。
 荷物の回収が終わると、私はそのままいつも通り東横線とバスで自宅に帰ることにした。腰の痛みが少しひどいようにも思えたが、骨が折れているようには思わなかったからである。ただ、パソコンの入った重いかばんを肩にかけて歩くのは、いつもより少し辛いものがあった。後日、近くのクリニックで腰のレントゲンを撮ってもらったが、骨折はないとのことだった。

2. ホーム転落死傷事故が今後も起き続けると考える理由

 ここでは、ホーム転落を防ぐための対応、転落してしまってから最悪の事態を避けるための対応の2つに分けて考えていく。

2.1 ホーム転落を防ぐための対応

 現在、ホーム転落を防ぐための対策としては以下のものがある。

1) ホームドアの設置
2) ホーム柵の設置
3) 内包線付き警告ブロックの設置
4) 駅員による改札~ホーム間の誘導
5) 駅員による声掛け・見守り
6) 一般乗客による声掛け・見守り
7) 視覚障害者向けの同行援護・移動支援サービスの利用
8) 視覚障害者に対する歩行訓練の強化・歩行スキルの強化

 ホーム転落を防ぐ方法としては、1)のホームドア設置が一番確実である。しかし、さまざまな理由により、ホームドアの設置されていない駅も現在多数存在している。
 次に確実なのは2)のホーム柵設置である。これは、電車のドアが開く領域以外に柵を立てる方法である。ドアの部分が空いているのでそこは気をつける必要があるが、それ以外は柵が立っているので転落を防ぐことができる。しかし、これも、設置されている駅はあまり多くない。
 3)の内包線付き警告ブロックは、ホームの線路側に敷いてある警告ブロックの内側に線上の突起(内包線)を追加するもので、これにより内包線の反対側が線路側であることを気が付かせ、線路側への侵入を防ぐ効果が期待されている。しかし、内包線に気が付かないと、線路側に侵入してしまう可能性がある。
 ここまで1)~3)がハードによる対応であるのに対して、4以降はソフトによる対応である。4)は駅の改札や窓口などでホームまでの誘導を依頼して駅員にホームまで誘導してもらうものである。視覚障害者単独でホームまで移動するよりはホーム転落の危険
を防ぐ可能性がかなり高くなるが、一般的に誘導を依頼してから実際に誘導が開始されるまで数分から10分以上待たされることが多く、その駅の利用が慣れている視覚障害者は誘導に頼らずに単独での移動を選択する者も多い。
 5)の駅員による声掛け・見守りについては、ホーム上にそれができるだけの十分な駅員の人数が確保されている必要があるであろう。
 6)の一般乗客による声かけ・見守りについても、利用者の多い駅ならともかく、利用者の少ない駅では難しいように思われる。
 7)の同行援護や移動支援の利用については。4)と同様転落の危険性をかなり減らせると考えられるが、現状同行援護や移動支援を行うヘルパーは不足状態にあり、3日前、あるいは数週間以上前から予約しないと利用できない問題がある。
 このように、4~7)は確実に支援がウケられるものとは言えない現状がある。そうすると、8)のように視覚障害者自身が単独でも目的地にたどり着けるように歩行スキルを身につけるという話が出てくる。視覚障害者団体の集会でも、ホーム転落を防ぐには視覚障害者自身が歩行訓練を受けるなど必要な歩行スキルを身につけることも重要という意見が出されることがある。しかし、それは本当に正しいのだろうか。
 視覚障害者のホーム転落事故についての調査はいくつか行われているが、そこでは歩行訓練の有無や歩行スキルとホーム転落の間には相関関係がないという結果が表されている[1]。歩行訓練をウケていて、歩行スキルのある視覚障害者でも、慣れている駅でもホーム転落を経験しているのである。
 そして、その原因は、思い込み、勘違い、事故当時の心理的状況(あせり、冷静さの喪失など)、周囲の状況(周囲の混雑など)が関係していることがわかってきている[1]。つまり、ホーム転落はヒューマンエラーによって発生していると捉えるべきだと私は考える。ヒューマンエラーは一定の確率で必ず発生し、発生確率を0とすることはできない。そして、そのヒューマンエラーによって、ホーム転落事故、最悪の場合死傷事故が発生するという状況なのである。
 このような理由から、私は視覚障害者の歩行スキルのみに原因を求めても何も解決しないと考える。個人の責任ではなく、事故が発生しないような仕組みを作るべきである。
 まずは、ホームから絶対に落ちないような仕組みを作るべきである。落ちてしまってから死傷事故を防ぐのは非常に困難である。そのことについて、次の節で述べる。

2.2 ホーム転落後の対応

 ホームから転落してしまったときの対応として、以下のようなものがある。

1) 非常停止ボタンを押す
2) 安全な場所への移動

 ホームから人が落ちてしまった場合、まずは1)の非常停止ボタンを押すことが何よりも大切であろう。これにより、ホームに電車が侵入してくることを防ぐことができる。
 しかし、ホームから人が落ちてしまってから、どれだけ早く非常停止ボタンを押すことができるのだろうか。
 今回の場合、私がホームから転落してから約20秒後に非常停止ボタンが押されている。それで間に合うのだろうか。
 ある新聞記事で、電車がホームに侵入する5秒前に老人がホームから転落し、すぐさま若者が線路に降りて老人をホームの退避スペースに引っ張り込み事なきを得たというものがあった[2]。電車は約120mほど走行して止まったという。
 この場合、線路に落ちたのと同じくらいのタイミングで非常停止ボタンを押さなければ、電車を人が落ちた手前のところで止めることはできないのではないか。また、同じタイミングで押せたとして、電車を止めることに成功しただろうか。若者がいなかったら死傷事故は避けられなかったのではないか。
 そして、非常停止ボタンというのは、例えば転落から数秒かからずに押すことが可能なのか。一般乗客は、非常停止ボタンがどこにあるのか知っているのか。駅員は、転落が起こったら直ちに非常停止ボタンを押せるような準備、体制を組んでいるのか。私の経験を考えても、そのようには思えない。
 したがって、そもそもホームから人が転落しないような仕組みを作ることが重要だと考える。そして、仮に人が線路に落ちたとしても、落ちたら直ちに非常停止ボタンが作動するような仕組みが必要なのではないか。
 2)について、今回私が思ったのは、視覚障害者は自分が線路に落ちたということを必ずしも自覚できるのだろうかということである。私は自覚できなかった。その場合、退避行動を取るという発送そのものが浮かばない。このことを考えても、そもそもホームから落ちない仕組みを作ること、仮に落ちてしまったとしても落ちたら直ちに非常停止ボタンが作動する仕組みが必要であると考える。今のような人頼りの対策では、今後もホーム転落死傷事故は起こり続けるであろうと考える。

3. ではどうすればよいのか

3.1 ホーム転落を防ぐための対応

 以上から、そもそもホームから転落しないようにする仕組みづくりが必要である。ベストは、ホームドアの設置、あるいはホーム柵の設置であろう。
 それらができない場合、少なくとも点字ブロックとホーム端の間の領域を危険領域とみなして、そこに侵入したら警告音を鳴らす、あるいは足元の感覚で明らかにわかるようにして、その領域に立ち寄らせないようにする仕組みが必要なのではないか。そこの領域に入らなければ、ホームから転落することはないのである。現在の内包線では、気がつくのが困難という声もあるようである。私も、革靴を履いた状態では、よく注意していないと気がつかないことがある。

3.2 ホーム転落後の対応

 仮に人が線路に落ちてしまった場合、人では非常停止ボタンを直ちに押すことが難しいとすれば、線路に人が落ちた時点でセンサーなどでそれを検知して直ちに非常停止ボタンを作動させるような仕組みが必要なのではないか。

3.3 人による対応について

 3.1及び3.2で人による対応について書かなかったが、それは人による対応でホーム転落事故を防ぐことは困難であると考えるためである。
 視覚障害者がホームから落ちそうになっているのを事前に気がついて救出するというのを駅員がやるとすれば、おそらく少なくとも3両に1人くらいの間隔でホーム上に駅員を配置しないと対応は無理なのではないだろうか? 例えば遠くから気がついて「そこの白杖の人、あぶない!」と発声したとしても、おそらく視覚障害者がそれを自分に向けられたものだと判断するのは難しいだろうし、発声されるタイミングはたいてい落ちる直前の状態で後の祭りということが多いように思われるためである。また、乗車の場合は駅の改札を通った時点でその視覚障害者を見守るということもできるが、私のような降車のケースではホームに降り立った時点で視覚障害者の存在に気がつくことになるので、ある程度人数がいないと見落とす可能性が高くなると考えられる。
 一般乗客については、視覚障害者と同じ駅を利用する者がいるのでなければ、当てにはできない。
 そして、無人駅では人の支援は使えない。無人駅にするなら少なくともホームドアの設置は必須であろう。

参考文献


[1] 「視覚障害者の駅ホームからの転落原因の体系的整理に関する一考察」
辻本 陽琢, 佐々木 大輔, 横飛 雅俊, 森 信哉(土木学会論文集F6(安全問題)77巻(2021)) 2号
https://doi.org/10.2208/jscejsp.77.2_I_1
[2] 「電車到着5秒前、ホーム転落の高齢者救助 44歳男性に感謝状」
(毎日新聞2022/6/29 13:35(最終更新 6/29 14:14)有料記事488文字)


#視覚障害
#ホーム転落

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