シンカミヤビ

僕は旅行に行ったことがない。うんと小さいころには家族としたことがあるかもしれない。特にしたいとも思わないし、バイトのシフトの調整をするのがめんどくさいからだ。そんなある日、友人が旅行に行かないか?と誘ってきた。というのも、福岡で大きな音楽のイベントがあるからだそうだ。僕は音楽が好きで、特にジャズやファンクやジャムバンドが好きだ。70年代のレコードでしか聞いたことのないサウンドを今の時代にやっているバンドを生で観たいとは前々から思っていたので、僕は珍しくバイトのシフトに希望休を入れ、福岡に旅行に行くことにした。それにしても飛行機とはなんと窮屈な乗り物なのだろう。

会場はキレイな海の見える場所で、潮の匂いがした。僕の地元の海とは色が違う。福岡の海の透き通るような青を見ながら、次ここに来ることがあったらあのキレイな海を満喫したいなと思った。

音楽のイベントは想像よりもとても大規模で、あまりお酒は飲まないし飲めないのだが、昼間だというのに、まるで水分補給だとでもいうかのごとくビールを飲んだ。普段家で一人で音楽を聴いてるだけだったので、ライブでバンドの演奏を聴いてダンスをするという文化をよくわかってなかったのだが、自然と体がリズムを取りながら動いていた。一つのバンドの演奏が終わるたび、自分は聴いていると思わず体がリズムを取ってしまうような、身体的な音楽が好きなのだなと、ふわふわとした意識の中でぼんやりと考えていた。

三日間に及ぶ、お酒と音楽漬けの日々が終わり、さて身支度をして帰ろうというとき、せっかくだから美味しいものを食べようと友人が言い出した。せっかく旅行に来たことだし、僕もお腹が空いていたのでその提案に賛成した。友人は地元の人しか知らないような美味しいお店に行きたいと、なんともハードルの高い提案をしてきた。じゃあ地元の人に聞くかと、道行く歳の近そうな人に声をかけたが、皆地元の人間では無いと言う。大きなイベントだったので、僕たちのように他の地域から来た人がイベントから帰る道中という人ばかりだった。どうしようか考えあぐねていたところ、今度は逆に高校生くらいの女の子に声をかけられた。「すみません、道を教えてくれませんか?」ごめん、僕らはここの地域の人間ではないんだと言うと、「そうだろうと思ってた」と笑って言われた。

彼女の名は心華(シンカ)という。中国からこのイベントのために一人でやってきた。イベントの感想を誰かと共有したかったらしく、話かけやすそうだったからという理由で僕らに声をかけたという。

結局僕らはチェーン店の中華料理屋さんに入って、たくさん話をした。心華は流暢な日本語でどのバンドのここが良かった、あれが良かったと興奮しながら話してくれた。友人ともたくさん話をしていたが、特に僕と音の好みが似ていた。彼女との会話の中で印象的な言葉がある。「わたしはああゆう、聴いていると思わず体がリズムをとってしまうような音楽が好き」と。

僕ら三人はメールアドレスを交換し、といっても心華は帰国するとケータイのメールって届くのかな?という疑問があったので、PCのメールアドレスを交換した。友人はかわいい女の子とメールアドレスを交換できたことを嬉々としていたが、僕は地域が違うどころか国が違うので、心華と会うことはもうないだろうなと思いながら、僕らは福岡を後にした。

帰ってから、心華からちょくちょくメールが来るようになった。「あなたはまるで音の色が見えているように話す。わたしはそれがとても素敵だと思う」と嬉しいことを言われた。音の好みはとても似ていたが、僕もバンドをやっているわけではないので技術的な話はしなかった。あの曲はキラキラしてた。光が見えた。あの曲は色で例えると青だ。とか、そうゆうやりとりをしていた。この女の子は本当に感覚が僕と似ているなと思った。

ある日のやりとりで、僕は楽器の演奏はできないんだけど、パソコンで音楽を作っている。あのイベントのバンドとはやっていることが違うんだけどねというと、すごい早さで、「曲を作っているの!聴きたい!」と返信が来た。心華はあまり好きじゃないかもと前置きをしてメールに曲を添付したら、10分くらいしてから返信が来た。「すごい!あなたの曲からは、他の人と違う色が見える!」と言われた。そんな感想をもらったことは今まで無かったので、びっくりしたし、とても嬉しかった。

それからというもの、僕がボーカロイドを使って曲を作っていることや、今までたくさんの曲を作ったことを話した。ネットに上げているものは一通り聴いてくれたらしく、あの曲はここが素晴らしい!この曲はここが美しい!とべた褒めだった。音の好みが似ていたからだとは思っていたが、僕の曲は心華のツボにハマったらしい。

それからは本当にたまにだけど、お互いが好きなミュージシャンが新譜を出したときに感想を言いあったりした。めんどくさいからSNSのアカウントを教えてくれと言ったら、「この国では厳しい検閲があってね…」と、ブラックジョークを送ってきたので笑ってしまった。

心華も曲を作り始めたらしく、何かできたら聴かせてよと言ったら、「聴かせられるくらいのものができたらね」と言われた。

そのメールが来た日は心華の二十歳の誕生日だったらしく、写真が添付されていた。「見て見て!パパとママがぬいぐるみをプレゼントしてくれたの!かわいいでしょ!」という文章とともに。写真は心華が大きなクマのぬいぐるみを抱いて笑っていたものだった。最初見たときはとてもかわいらしいなと、ほっこりとした気持ちになったが、僕は見逃さなかった。ぬいぐるみを抱いた心華の後ろには、タンスのように巨大なモジュラーシンセが写りこんでいた。

僕がスランプに陥っていて、曲が作れなくて心底まいっていたころ、心華からメールが来た。「ところでマサシ、あなたの名前は漢字だとなんて書くの?」と。雅だ。と返すと「雅!ミヤビとも読めるね!とても素敵ね!」と返信が来た。

そのやりとりの後、ネットにとある曲がアップロードされた。その曲はまるで僕の曲のように荒々しいドラムと、キラキラした音使いだった。とても僕の曲に似ていた。僕と違っていたのは、ブリブリのベースに、シンセ音が多用されていたことだ。そしてなにより、とても妖しかった。そのアーティストは「シンカミヤビ」という。僕は曲を聴きながら、あの女の子の誕生日の写真を思い出していた。


と、散々長ったらしく妄想を書いたので、今からお風呂入ってハイボール飲んで寝ます。

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