電子契約導入の壁

1.はじめに

私はこれまで、規模も職種もバラバラですが、現職を含め3社で押印業務に関わってきました。その中では実際に電子契約サービスを導入し、上手く機能した会社もありますが、一方で電子契約導入の難しさを感じることもあります。
なお、ここでいう電子契約とは主に、電子証明書を発行された本人が署名するいわゆる「本人署名型」ではなく、電子契約のサービス提供者が署名を施す「サービス提供者署名型」「立会人型」を想定しています。

電子契約導入を足踏みする理由としては、その法的有効性の懸念に言及されることが多いですが、私がこれまでいくつかの企業で押印業務に携わってきた経験からするに、書面での押印申請の業務フローと電子契約サービスの承認フローとのギャップが大きいことも理由にあるのではないかと思います。

2.書面へ押印する場合の業務フロー

各社の書面へ押印する場合の業務フローはあまり表に出ることがないので、これまでの自身の経験によるしかないのですが、おそらく以下と同様のプロセスを経ている企業が多いのではないかと思います(実務上行われているこの業務プロセスが本当に統制上有効かどうかという点は一旦おいておきます)。

(1)契約書等の書類に押印を希望する社員が「押印申請書」といった書式に所要の事項を記入し、押印が必要となる書類について、社内での稟議基準に照らして必要な決裁を取得し、その稟議書の写しなどのエビデンスを添付書類として添えて書類一組を作成し、押印担当部署へ提出する。
(2)押印申請書の提出を受けた受付部門(総務部が多いと思われます)が押印規程に照らし、必要な決裁者・回議者に回付し①決裁規程に基づき必要な決裁が得られているか、②法務による修正を経た契約書の場合、最終的に合意した内容と合致しているか、などの形式的審査がなされる。
(3)上記の審査を経て、不備がない場合は印章を実際に保有する管理者が書類に押印を施す。

さらに、このような押印業務は物理的な印章を本社でのみ保管していることから、本社以外の各営業所・支店で押印が必要になった場合は本社に押印申請書を郵送して提出することを原則とし、その例外として、商機を逃さないために迅速な対応が必要な見積書・請求書にのみ使用が限定された印章(角印)が付与されているという場合が多いのではないかと思います。

3.電子契約の承認フローとの違い

電子契約サービスを提供している各社で多くを占める方法として、①電子契約サービスを導入している企業側で、署名が必要な書類をクラウド上にアップロードして相手方にメールでリンクを送信し、②メールを受信した相手方はリンクから書類を確認して署名を施す、というものが多いかと思われます。

こうした手軽さが電子契約サービスの利点でありますが、一方で上記2.のように、複雑なプロセスを経ている書面への押印申請とはそのフローに違いが大きいように思います。

4.プロセスの違いをどう繋ぐか

上記のように電子契約サービスはクイックにメールのみで契約が完結する一方、書類への押印は複雑なプロセスを経ており、その性質は相反しています。
となると、電子契約を既存の書類への押印フローを組み込むとなると、①電子契約の承認フローに書面への押印フローを寄せるか、②あるいはその逆として書類への押印フローに電子契約を組み込む(つまり、従来と同様に押印申請書を提出して回議する)かのいずれかになると思います。

①の方法の場合、既存の押印フローの抜本的な変更が必要なため、かなり難儀な作業になります。一方、②の方法は、電子契約の利点である手軽さ・迅速さがかなり減殺されてしまうことになります。
電子契約も普及してきたとはいえ、既存の押印フローを電子契約に寄せるのは時間と労力を要するため、結局のところ電子契約は「例外」として書面による契約が依然として大勢を占めていると考えられます。
この点は、昨今のテレワークの普及と合わせて、有名企業が続々と書類の電子化を発表していることもあり、そうした企業がリードして、時間をかけて電子契約がメジャーになっていくのを待つしかないのではないかと思います。

5.その他の懸念

押印管理部門あるあるだと思いますが、営業所・支店に見積書や請求書といった書類にのみ用途を限定した印章を、(故意なのか悪気なくなのか)権限を越えて、契約書等の押印が許されていない書類に押してしまう、ということが起こりえます。
電子契約の場合、その手軽さからこうした越権行為をしてしまうリスクが高いのではないかと思います。社員が印章を勝手に複製して押印していたり、規程上の権限を越えて営業所・支店にある印章を使うと間違いなく大目玉ですが、電子契約のようにメール認証だと「なんかお客さんからリンク開いて承認してって言われたからやっちゃいました。てへぺろ(・ω<)」となります(多分)。

このように社員が適切な押印プロセスを経ずに電子契約を承認してしまうリスクについて、各電子契約サービス提供者は工夫を凝らしており、例えばIPアドレスによる利用者制限やアカウントの作成制限機能もありますが、当該機能のない他社のサービスを利用されてしまうと防ぐことは難しく、この点は、電子契約サービスの利点である「受信者側はサービスを導入する必要はなく、メールを受信するのみでよい」という各社サービスの趨勢を占める仕様がかえって仇となってしまっているように思います。
ちなみに、契約書にはいわゆる契約印のような丸型の印章のみを利用し、請求書などに利用する角印の押印は認めないという謎カルチャーが一部ありますが、営業所や支店での越権行為の抑止にある意味寄与していような気もします。

また、現在は多数の電子契約サービス提供会社があり、機能もそれぞれ異なるため、これまで利用していないサービスの利用を取引先から打診されると、その都度サービスごとに利用可否の判定をしなければならないという問題もあります。この点は、電子契約サービスの「ルールとツールの標準化・パブリック化」(大賀顕「契約書の全社集約・データ化で購買活動の戦略化を実現」、中央経済社『ビジネス法務』2020 年 4 月号、p35)が必要なるのかもしれません。
そういう意味では、印章に朱肉をつけてその跡を書面に残すという古典的なプラットフォームが未だにパブリックなものとして社会に浸透しており、その意識の変容にはまだ時間がかかるものと思っています。

5.まとめ

長くなってそろそろめんどくさくなってきたので、雑にまとめると、電子契約は便利なサービスだと思っているので、その普及に注目しながら、社内の業務プロセスを見直す機会にもしたいと思っています。


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