2回目の夏休み

わたしの母は小学校の図書館司書をやっていた。
今はとっくに辞めているが、母が本に囲まれながらカウンターに座って
新書に透明のフィルムを貼り付けている姿をよく覚えている。

小学2年生の夏休み
わたしは母の職場に着いていき
来客用の茶色いスリッパをカポカポと引きずりながら
「午前中は夏休みの宿題、午後からは好きな本を読んでよし」
というルールのもとほぼ毎日図書館にいる生活をしていた。

私の通う小学校とは違う構造の図書館にわくわくしていた。


クーラーはなかったけど
3階にあるその場所は
窓を開けたら涼しい風が吹き抜けて
そのたびに頬杖をつきながら読んでいた「かいけつゾロリ」のページが捲れてしまうもどかしさを感じながら、水筒のお茶を飲んでいた。

外からはプールに入るトーンの高い児童の声
ビート板が水面に当たる鈍い音
合戦ような蝉の声
今でも思い出す夏の音たち。

もちろん夏休み期間も開館しているため
ときどき働く職員や、プール終わりの児童も足を運ぶことも多かった。

「あら〜先生のお子さん?何年生?」
「え!!!先生の子供?似てる〜!」

母は私を色んな人に紹介していた。
その学校の算数の先生から、教頭先生。
当時2年生だった私にはあまりにもお兄さんに感じた、6年生の男の子。
一緒にミッケをやった同い年の女の子。

お昼は入り口の「開館中」のプレートを裏返し(これも大事なわたしの仕事)、
母と2人で本に囲まれながら母の作ったお弁当を食べる。
午後は漫画を巻数順に揃える仕事が与えられ、ときどき中身を開いて読んでみながらその作業をこなしていた。

ふと母を横目で見ると
黙々と、だけどなんだかとても楽しそうに仕事をしていた。
となりのトトロのイラストを描き、クレヨンで塗り、その横に吹き出しをつけてなにか文字を書いていた。

そういえば母が赴任する前の図書館はかなり地味で、乱雑で、とてもひどい状態だったとさっき出会った教頭先生が教えてくれた。
「それをこんなに素敵な場所にしてくれたんだよ」
と。

わたしはそれまで、母が母としての顔以外で別のコミュニティに属す姿を見たことがなかったから、びっくりした。
そして同時にとても誇らしくなった。
わたしぐらいの小さい子から、その子たちを教える先生までもが足を運びたいと思える場所を母が作ったということに嬉しくなった。

時間も経った夏休み最終日。
さっき仲良くなった男の子と一緒に心理テストを読んで遊んでいた。
次いつ会えるかわかんないけどー!
って笑いながらまたねをした

それから数年
正直顔も、その出来事さえも、言われないと思い出せないほどの記憶になっていたが
高校に上がってから母が
「あ!この子昔あんたと図書館で本読んでた子じゃん!」
とクラス名簿を見ながら教えてくれた。

たった一日の出会い。
わたしもあっちも顔も覚えていなかったし、名前を教えあってもいなかったからその話はもちろん全くしなかったけど
「ああ、わたし昔こいつと心理テストの本読んだことあるんだ」
ってときどき我に返って恥ずかしくなっていたりした
一度席が隣になったことがあったから、表紙をチラつかせながら心理学の本を読んでみたりもした。
もちろん、
これといってなにも起きなかった


わたしはもうすぐ学生という区分ではなくなる。

学生として計16回の夏休みを経験したことになるが
わたしはこの2回目の夏休みにずっと想いを馳せている。
あのときの匂い 感情 風 雰囲気
夏休み歴2年の当時のわたしには十分すぎるくらい
かけがえのない、忘れたくない時間だった

気がする

母は今日も本を読んでいるそうだ

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