呉座勇一による秘密録音とその公表

連載「いくつかの結末」第2回の本記事では、呉座勇一が勤務先である国際日本文化研究センター(以下、「日文研」と略す)の所長などとの会話/通話を秘密録音し、その音声データをネットに公表させた問題について検討する。

呉座の加入した労働組合「新世紀ユニオン」(以下、「ユニオン」と略す)の委員長は2022年4月、日文研の上部法人であり人事権のある大学共同利用機関法人人間文化研究機構(以下、「機構本部」と略す)から呉座への懲戒処分とテニュア付与撤回は不当だと主張し、その根拠の一部として呉座と日文研所長(など)との会話/通話の音声データ2つを公表した。
直後、(旧「Twitter」、現「X」)ではユニオン委員長に同調して「日文研は横暴だ」などとする声が噴出した。

しかし、そもそもユニオン委員長などの主張は妥当なのか。
また、呉座が会話/通話を秘密録音しその音声データを公表させたことは正当なのか。
これら問題を本記事では検討していきたい。

ちなみに、20224月にギガファイル(https://gigafile.nu)に
公表された2つの音声データは期限切れのため削除されたが、
私は当時ダウンロードしたものを今もPCに保存している。

主な時系列

2021年

  • (1月12日付)日文研が、同年10月に呉座(当時、日文研テニュアトラック助教)を准教授に昇進させテニュアを付与すると呉座に通知する(ソース「京都新聞記事(魚拓)」)。

  • (3月20日夜)呉座が、ヒで大炎上し謝罪する(ソース「呉座TW(魚拓)」)。

  • 3月22日呉座が、召喚されて日文研に出頭し、所長などから事情聴取される(ソース「ユニオン委員長ブログ記事(魚拓)」)。

  • (3月23日)2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」ヒ公式垢が、時代考証を依頼していた呉座がその任を降りたと公表する(ソース「公式垢TW(魚拓)」)。

  • (3月24日)日文研が、お知らせ「国際日本文化研究センター教員の不適切発言について」を公表する。

  • 3月29日呉座が、召喚されて日文研に出頭し、所長などから再び事情聴取される(ソース「ユニオン委員長ブログ記事(魚拓)」)。

  • (3月30日)私(森)が、最初のnote記事「呉座界隈問題と私のTwitter夜逃げ(その1)」を公表する。

  • (4月2日)日本歴史学協会(以下、「日歴協」と略す)が、声明「歴史研究者による深刻なハラスメント行為を憂慮し、再発防止に向けて取り組みます」を公表する。

  • (4月4日)オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」(以下、"OL"と略す)が、公表される。

  • (4月13日)日文研が、爆破予告のため一時閉鎖される(ソース「ユニオン委員長ブログ記事(魚拓)」)。

  • (4月27日)呉座が、謝罪文を日文研所長に提出する(ソース「ユニオン委員長ブログ記事(魚拓)」)。

  • (5月21日)呉座が、召喚されて日文研に出頭し、所長などから退職を勧奨される(ソース「ユニオン委員長ブログ記事(魚拓)」)。

  • 5月27日)呉座が、退職勧奨に応じない旨をメールで回答する。同夜、日文研所長が呉座に電話し、2人で通話する(ソース「ユニオン委員長ブログ記事(魚拓)」)。

  • (8月6日付)日文研が、呉座に「テニュア付与に係る再審査結果について」を送付し、テニュア付与撤回を通知する(ソース「京都新聞記事(魚拓)」「示現舎記事」)。

  • (9月13日付)機構本部が、呉座に停職1か月の懲戒処分を通知する(ソース「機構本部お知らせ」「京都新聞記事(魚拓)」)。

  • (9月末日)呉座が、テニュアトラック助教としての任期5年を満了する。

  • (9月某日)呉座が、機構本部を相手取り無期雇用の地位にあることなどを確認する訴訟を京都地裁に提起する(ソース「京都新聞記事(魚拓)」「示現舎記事」)。

  • (10月1日)呉座が、日文研の機関研究員(非常勤)となる。

  • (11月某日)呉座が、機構本部を相手取り懲戒処分の無効を確認する訴訟を京都地裁に提起する(ソース「呉座ブログ記事(魚拓)」「呉座ブログ記事」)。

  • (12月17日)ユニオンが、機構本部に内容証明郵便を発送し団体交渉を申し入れる(ソース「新世紀ユニオン委員長ブログ」)。

2022年

  • (2月16日)ユニオンと機構本部が、団体交渉する(ソース「新世紀ユニオン委員長ブログ」)。

  • (3月30日)機構本部が、呉座へのテニュア付与撤回の決定を変更しないとユニオンに通告する(ソース「新世紀ユニオン委員長ブログ」)。

  • (4月1日)ユニオン委員長が、前年5月27日の呉座と日文研所長の通話音声データを公表する(ソース「ユニオン委員長ブログ記事(魚拓)」)。

  • (4月14日)ユニオン委員長が、前年3月22日の呉座と日文研所長などの会話音声データを公表する(ソース「ユニオン委員長ブログ記事(魚拓)」)。

(後略)

秘密録音と公表の主体

2021年3月22日の呉座と日文研所長などとの会話音声データと同年5月27日の呉座と日文研所長との通話音声データを翌2022年4月に公表したユニオン委員長は、それら音声データが誰によってどのように録音されたかを明かしていない。
しかしいくつかの理由で、これら音声データは呉座が秘密録音したものであり、ユニオン委員長に公表させたのもまた呉座だと考えざるを得ない

2021年5月27日の音声データは、呉座と日文研所長との電話通話を録音したものだ。
当然、この通話を録音できる者は呉座と日文研所長しかいない。
日文研所長が録音して音声データを呉座かユニオン委員長に提供したとは考えられず、また呉座がこの通話では如何にも秘密録音している張本人らしい話し方をしている(後述)。
音声も、呉座のものだけが鮮明で日文研所長のものは受話器越しのように聴こえる。
そして、2021年5月27日の音声データを録音した者が呉座であれば、同年3月22日の音声データを録音した者もまた呉座だと考えるべきだ

これら2つの音声データで、呉座以外の発言者は会話/通話が録音されているとは全く考えていなさそうに発言している。
そのため、音声は秘密で録音されたもの、つまり隠し録りされたものに違いない

一般論として、後日の訴訟や脅迫などに活用する目的で会話/通話を秘密録音する者は、自分はなるべく余計なことを言わず相手から失言を引き出そうとする。
自分が聴くためでなく、他人に聴かせるための秘密録音だからだ。
2021年5月27日の音声データでは、呉座は「はい」「なるほど」「それはそうでしょうね」くらいの発言が多く、寡黙な聞き手になって通話相手の日文研所長になるべく喋らせようとしているように聴こえる。

しかし、同年3月22日の音声データでは呉座も、秘密録音している張本人とは信じられないくらいによく喋っている。
恐らく当時、呉座は他人との会話/通話を秘密録音することに慣れていなかったのだろう

そもそも2021年3月22日は、同月20日夜の呉座大炎上から2日しか経過していない。
呉座があの短期間、しかも大炎上直後の混乱した精神状態で、秘密録音を自分で思い付いたとは考え難い。
20日夜に大炎上した呉座は同夜か翌21日に日文研から「22日に出頭して事情説明せよ」と命じられ、そのことを親しい弁護士に相談して「念のため秘密録音しろ」と助言されたため、そうすることにしたのでないだろうか

ちなみに、別件で甲南大学の学長から出頭を命じられた雁琳こと
山内翔太(当時、同大非常勤講師)も、2021年12月20日の出頭時、
学長などとの会話を秘密録音していた。
その音声データで山内は、学長などからの質問や提案にほとんど応じず、
「この場ではお答えできません」「持ち帰って弁護士に相談します」
などと返答している。
恐らく山内は、出頭を命じられてから出頭するまでの間に親しい弁護士に
相談して「念のため秘密録音しろ」と助言されたため、
そうすることにしたのだろう。
呉座と山内が相談した弁護士は同一であったかも知れない。

なお、秘密録音したのは呉座だがその音声データを2022年4月に公表したのはユニオン委員長の独断だ、とは考えられない
ユニオン委員長は翌5月28日のブログ記事「私が機構・日文研との話し合い解決にこだわる理由!」(魚拓)で、日文研に爆破予告などの脅迫状を送った犯人は日文研の内部にいる可能性がある、と述べた。
すると呉座は同日、ブログ記事「新世紀ユニオン委員長ブログ記事「私が機構・日文研との話し合い解決にこだわる理由!」につきまして」(魚拓)でこう述べた。

私が所属する新世紀ユニオン委員長のブログにおいて、私や国際日本文化研究センター(以下、日文研と略します)などに対する脅迫行為が日文研内部の人間によるものだとの推測が述べられています。
〔…〕
上記推測は、ユニオン委員長の個人的見解であり、私がこの推測を共有しているわけではありません

呉座が日文研部内者脅迫状犯人説にだけ抗議したということから、これ以外のユニオン委員長のブログ記事での主張はすべて呉座も共有していたと推測できる。
しかも呉座はこのブログ記事で、2021年3月22日の音声データを公表したユニオン委員長のブログ記事へのリンクを張っている。
音声データの公表は、呉座が予めユニオン委員長に許可していたと見てよい

ユニオン委員長などの主張は成立するか

前述のように、呉座の秘密録音した音声データをユニオン委員長が公表し、それらを根拠の一部にして呉座への懲戒処分とテニュア付与撤回は不当だと主張すると、多くの人がその主張に賛同した。
しかし私は、ユニオン委員長のブログ記事を読んでも2つの音声データを聴いても、ユニオン委員長などの主張が成立するとは考えられない。

ユニオン委員長は2021年3月22日の音声データを根拠に、同日の時点で

  • 「私的なネットトラブルが懲戒事由にはあたらないという認識を日文研の執行部は持っていた」

  • 「少なくともG先生の私的なSNS発信の内容を理由に処分はできないと日文研の執行部は考えていた」

  • 「G先生の私的なSNS発信について機構や日文研が介入するのは学問の自由の侵害につながりかねないという認識を日文研の執行部は持っていた」

  • 日文研執行部も当初は「職場は従業員を守らなければならない という至極真っ当な認識を持っていた」

  • 日文研執行部はG先生に対しては口頭での注意程度で十分であるとの認識を持っていた」

  • 「〔日文研の…引用者註〕副所長は〔…〕「処分はしない」と明言している」

  • 「この時点で人間文化研究機構と日文研に「殺害予告メール」等の脅迫状が届いていた」

と述べ、

4月2日に日本歴史学協会がG先生を名指しで「あらゆる社会的弱者に対する差別を行った」などと論難する声明を出し、4月4日にはG先生の解雇を求めるオープンレターが発表され 呼びかけ人らがツイッターや大学などで大々的に署名を呼びかけたため、最終的に1300人以上によるG先生の解雇を求める旨の署名がその肩書とともに1年間も公表されることになります。

と続け、

こうしてみると、人間文化研究機構と日文研は、明らかに脅迫状、大量の抗議の電話・メール、そして何よりも日本歴史学協会声明やオープンレター、外部の圧力に屈服し、何重にも違法・不当である解雇を強行したといわざるをえません。

と結論する(ブログ記事(魚拓))。

だが、懲戒処分などの人事権は日文研でなく機構本部にあるのだから、日文研の所長や副所長が「懲戒処分にはならないだろう」みたいなことを言っていたところで、何の意味があるのだろうか。
しかも、前述のように当時(2021年3月22日)は同月20日夜の呉座大炎上から2日しか経過していなかったため、日文研の所長や副所長は呉座の鍵TWについてよく把握せずにそう発言したとも考えられる。

何よりユニオン委員長によれば、7日後の「3月29日にはG先生が日文研に呼び出され、〔…〕再度の事情聴取を受け、この場で「調査委員会が立ち上がる」「懲戒処分の可能性がある」との説明がなされ」たという(ブログ記事(魚拓))。
この2021年3月29日は、OLが公表された4月4日よりも日歴協が声明を公表した4月2日よりも、私が最初のnote記事を公表した3月30日よりも前だ。
OLなどの公表前にすでに「調査委員会が立ち上がる」「懲戒処分の可能性がある」と告げられていたのであれば、OLなどの外圧によって「日文研の執行部は〔…〕掌を返し」たというユニオン委員長の主張(ブログ記事(魚拓))は成立しようがない。

これ以外にも、ユニオン委員長のブログ記事には無理な主張や事実誤認が多い。
例えば、前引のように
「日本歴史学協会がG先生を名指しで「あらゆる社会的弱者に対する差別を
行った」などと論難する声明を出し、4月4日にはG先生の解雇を求める
オープンレターが発表され」云々と主張したが、
日歴協は声明で呉座を名指ししておらず、OLは呉座の解雇を求めていなかった。

呉座の開いた扉

呉座が2021年3月20日の大炎上後で初めて日文研の所長や副所長に面会したのは、2日後の22日の会合でだったらしい。
当日の音声データで、呉座は自分の鍵TWについて平謝りしている。
弁護士から助言されていたのかも知れないが、よくもあれだけ平謝りしながら会話を秘密録音できたものだと思わざるを得ない

この後、呉座は他人との会話/通話を秘密録音することに慣れていったようだ。
ユニオン委員長が公表した音声データは2021年3月22日のものと同年5月27日のものの2つだけだが、公表されていないだけで、呉座は2021年3月22日以降も日文研の所長や副所長との会話/通話すべてを秘密録音していったのでないだろうか

翌2022年、放送プラットフォーム「シラス」で「呉座勇一のワイワイ日本史チャンネル」が開設される予定だったが、呉座の「軽率なコメント」のため開設が中止される。
6月14日に開設中止が発表されると、呉座は翌15日のブログ記事「シラス番組開設見送りについて」で、前夜にシラスの上田洋子や東浩紀と行ったzoomでの面談について「面接内容を録音していますので、場合によっては音声ファイルも公表できます。根拠のない噂を流すことは御控えください」と述べた(魚拓)。
この「面接内容を録音していますので、場合によっては音声ファイルも公表できます」という文章を呉座はすぐに削除しており(魚拓)、この録音も上田や東に秘密で行っていたのかも知れない。
何れにしても、呉座は他人との会話/通話を秘密録音してその音声データを公表することへの抵抗感がかなり小さくなっているのだろう

前述のように、呉座は2021年3月22日と同年5月27日に日文研の所長(など)との会話/通話を秘密録音し、音声データを公表させたが、それら音声データは呉座などの主張を裏付けるようなものでなかった。
たとえ裏付けるようなものだったとしても、裁判所の外で公表したところで裁判所の中で進行していた訴訟が有利になりはしなかっただろう。
やっていることがあまりに支離滅裂だった

前回の記事で書いたように、呉座対機構本部の労働訴訟は和解で決着し、呉座は2023年11月から日文研の助教に就任した。
しかし、呉座は大炎上後にも日文研などを相手にどうかしていることを繰り返していたのだから、「訴訟が終わったらノーサイド」とか「和解したのだからすべて水に流す」とかいうことにはならないだろう。

当然、呉座は日文研からの報復を警戒し、所長などとの会話/通話を今後とも秘密録音していくだろう。
そして当然、日文研の教員や職員なども呉座と出くわす度に「今も秘密録音されているかも知れない」と警戒していくだろう。
相互不信の扉が開かれたようなものだ
いくら口で「あなたを信頼していますよ、だからあなたも警戒しないでくださいね」などと言ったところで、どうにかなるものでもない。

ちなみに私は、今後とも研究を続けていけば、いつかどこかの学会会場で
呉座と鉢合わせることになるだろう。
仮にその時に呉座から話し掛けられたら、私は
「こいつは私から何か失言を引き出すことが目的で、スマホの録音アプリを
起動してから話し掛けてきたのかも知れない」と警戒するだろう。

会話/通話を秘密録音してその音声データをネットで公表するなんてことは、やろうと思えば誰でもできる。
誰でもできるようになったのも、昨日今日のような最近のことでない。
しかし10年前も今も、ほとんどの人はそんなことをやろうと思わず、また何か発言する時に「相手に秘密録音されているかも知れず、その音声データをネットで公表されるかも知れない」なんてことを警戒もしない。

人間生活の大部分は、そんなことを警戒しなくてよいという安心を前提として成立している。
呉座とか弁護士とかに言わせれば、秘密録音されてネットで公表されると困るようなことは最初から言わなければよいのかも知れないが、そういう世界で生きたがる人は多くないだろう。

日文研の呉座とその同僚たちには、頑張って生きていってほしい。

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