私の考えた最強のネット署名

前々回記事「大学教員公募についてのお気持ち表明」と前回記事「SNS鍵垢と研究者倫理(その2)」は、本連載の開始当初の予定にないものでした。
SNS鍵垢と研究者倫理については書き足りないことがあり、いつか記事「その3」を執筆公表するかも知れません。
とはいえ、いつまでも脱線しているのはよくありませんので、今回と次回は当初予定していた記事を執筆公表することにしました。

本記事と次回記事

私は今年4月20日の本連載第2回記事「OLの賛同者名簿と氏名冒用」で、オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」(以下、"OL"と略す)の運営に問題があったからこそ、賛同者名簿で氏名冒用などが生じてしまったと書いた。
しかしOL運営にあった問題とは、賛同希望者の本人確認の欠如だけでないと考えられる

では、他に何が問題だったのか。
これはやや旬を過ぎてしまっているかも知れないが、OLのようなネット署名はその後も行われており、今後も繰り返されていきそうだ。
なので、過去の失敗を回顧することには意義があるだろう。

OL運営の犯した過ちについて検討する前に、本記事では「もし私がOLのようなネット署名を運営するならどうするか」という仮定であれこれ説明したい。
次回記事「OL運営の犯した過ち」の前提になるものなので、よかったら通読してみてほしい。

最初の一歩

私はネット署名の運営者にはなるべくなりたくない。
しかし前述のように、(何故か)どうしても運営者にならざるを得なくなったと仮定しよう。

まずは利用するサービスを決めなくてはならない。
私は利用したことがないけれど、Change.orgのような既存のサービスを利用すれば楽できるだろう。

ただし、そういう既存のサービスではオプション設定に限界があるので、自分の希望するネット署名を実現できないことがある
「自分の希望するネット署名」とは、例えば、研究者からの賛同だけを受け付けるネット署名とかだ。
そうやって賛同者を制限や選別することは、既存のサービスでは無理だろう。

もしそういうネット署名を運営したければ、自力でやらなければならない
OL運営がそうしたように、ネット署名のためのGoogleアカウントを取得して、GoogleサイトGoogleフォームを組み合わせるとかでいいんじゃないだろうか。

Googleサイトは悪い文明(読み飛ばし可)

「いいんじゃないだろうか」と書いた直後に何だけれど、Googleサイトには危険な落とし穴もあるので注意すべきだ

そもそもGoogleサイトとはこういうもの。

社内プロジェクトのハブサイト、チームサイト、一般公開のウェブサイトなどを、デザイナー、プログラマー、IT スタッフの力を借りずに構築できます。
Google サイトを使用すれば、簡単にウェブサイトを構築できます
〔…〕
Google サイトでは他のユーザーとリアルタイムで共同編集し、お互いの変更を入力時に確認できます。
〔…〕
必要なもの / 所要時間:
10 分
Google Workspace アカウント

Google サイト スタートガイド「Google サイトでできること

このように(知識や経験のない)ド素人でも、(用意されている)テンプレなどを利用して、(何を作るかにもよるが)最短10分くらいでウェブサイトを作成できる。
しかも無料で。
簡単に言えば、ド素人が作ったようには見えないウェブサイトをド素人でもあっという間に無料で作成できる、夢のようなサービスだ。

似たような無料サービスは他にもあるが、Googleサイトは文字通りGoogleの
提供するサービスなので、GmailやGoogleドライブとの連携が容易だ。
もしすでにGoogleアカウントがあるなら、ウェブサイトのために新たな垢を
取得する手間もいらない。
昨年くらいからいくつかの学会や研究会が、公式ウェブサイトを
従来のレンタルサーバからGoogleサイトに移行させた。
これは第1に、経費節減のためだろう。
レンタルサーバだとサーバのレンタル料が毎年発生するが、
Googleサイトは前述のように無料だ。
第2に、レンタルサーバでウェブサイトを管理するにはHTMLやCSSなどについての
知識が必要になり、事務局は専門業者や学生バイトを雇って
管理を任せなければならない。
しかしGoogleサイトは、前述のようにド素人でも利用できるので、
事務局は業者やバイトを雇う費用やそれら担当者にあれこれ指示する手間を
省き、ド素人の事務局員が直接に管理することができる。

だがな、物事というのは長所がすなわち短所になる
ド素人が作ったようには見えないウェブサイトをド素人でもあっという間に無料で作成できる、ということが落とし穴になる危険がある。

説明が遠回りになってしまうが、ここで少し思い出話をさせてほしい。
私が初めてウェブサイトを作成したのは、今から20年ちょっと前の世紀末のこと。
いろいろと面倒で苦労させられたけれど、それがよい経験にもなった。

当時、ウェブサイトの作り方を知りたいと思っても、そんなことを
解説してくれている無料のウェブページはほとんどなかった。
高校生だった私は駅前の大きな書店に行き、小遣いをはたいて2千円くらいの
『はじめてのホームページ作成』みたいな本を買い、読んで一から勉強した。
ジオシティーズで番地を取得し、無料のテキストエディタでソースコードを
手打ちした。
FFFTPで四苦八苦し、何が何だかよく分からないまま解説書などに従い
パーミッションを「775」などと設定していた。

当時はド素人がウェブサイトを作成しようと一念発起しても、公開までに2週間くらいは掛かったのでないだろうか。
しかしその間に、「ああでもない、こうでもない」と熟慮することができた。
今日、Googleサイトでウェブサイトを最短10分で作成し全世界に公開できるということは、頭を冷やすための時間がほとんど発生しないという意味で、危険なことでもある

また、20年ちょっと前にド素人がウェブサイトを作成すると、当然ながらド素人らしい拙い出来になった。
「あぁ、これはド素人が作成したウェブサイトだな」ということが一目瞭然だったが、それは必ずしも悪いことでなかった。

「本を表紙で判断してはならない」という言葉があるのは、本を表紙で判断する人が少なくないからだ。
実際にはド素人がGoogleサイトで深く考えもせず熱に浮かされて作成したウェブサイトが、まるで経験豊富な人が熟慮して作成したものであるかのような印象を閲覧者に与えることは、必ずしも好ましくないだろう

あと、高校時代以来20年ちょっとの間、いくつかの個人ウェブサイトを作成し某ウェブメディアの編集部でバイトし、いくつかの学会などで公式ウェブサイトを管理してきた私の経験から言うと、大事なのは知識よりも経験であり、技術面よりも精神面だ
文章を作成する時は、(「自分が何を伝えたいか」だけでなく)「読者にどう解釈されるか」も意識しなければならない。
それと同じように、ウェブサイトを管理する時は「閲覧者にどう解釈されるか」も意識しなければならない。
また、「こう設定すると閲覧者にどう悪用される危険があるか」なども警戒しなければならない。

ド素人の多くはそういうことができない。
「そういうことをしなければならない」という発想もない。
Googleサイトを利用するド素人は、実際には鋏を持った幼児のように拙く危なっかしい存在なのに、自分は熟練の切り紙職人にでもなったかのように錯覚しかねない

Googleサイトでは他人にも編集権限を与えて共同編集者にすることができる、というのも危険だ。
責任の所在が曖昧になったり、全体の統一が失われ易くなる。

なので私は、公式サイトをGoogleサイトに移行した学会/研究会が
そのうち何かやらかすのでないかと危惧している。

賛同者の制限選別と本人確認

さて、本題に戻ろう。
私は(何故か)研究者からの賛同だけを受け付けるネット署名を運営するものと仮定する。

重要なのは、賛同者の制限と選別、本人確認について、「やる」か「やらない」かのどちらかで徹底することだろう
そして、もし私が(何故か)賛同署名筆数だけでなく賛同者名簿も公表するのであれば、賛同者の制限と選別、本人確認は極めて厳格にやる。

一案として、「研究者」は「所属する研究機関(大学や研究所など)からメールアドレスを支給されている者」と定義してもよい。
こうすると「研究機関からメールアドレスを支給されていない研究者を排除することは狭量だ」などと非難されるだろうが、仕方ない。
どこか確実なところで線引きしないと、「研究者からの賛同だけを受け付けるネット署名」が有名無実になってしまう。

賛同者募集のGoogleフォームでは、「所属する研究機関から支給されたメールアドレス」の入力を必須にする
ただし、それだけでは本人確認にならない。
一部の大学は、自校のすべての教員のメールアドレスを全世界に公開してしまっているからだ。
賛同希望者が「研究機関から支給されたメールアドレス」の受信箱を確認して返信できて、はじめて一応の本人確認が成立する。
なので私が運営者であれば、賛同者募集のGoogleフォームから賛同希望を送信すると

あなたの入力したメールアドレスから、以下のメールアドレスに返信メール(空メール可)を送信してください。
********@gmail.com
当方がメール受信を確認できましたら、数日以内にあなたの氏名肩書きを賛同者名簿に掲載します。

とでも自動返信されるように設定する。

(2022年9月21日 12時10分ごろ追記)

「返信メール(空メール可)」という表現だと、返信メールにコメントを記入してもよいと解釈されて、後述の「コメント欄の危険」と同じことが生じかねないなと、遅蒔きながら気付いた。
私としては「この場合の返信メールはあくまで本人確認のためのものなので、何かコメントが添えてあっても無理されて当然」と考えるが、とはいえ「返信メールに「賛同する」という趣旨以外のコメントがあってもそのコメントは無視する」と予告しておいてもよいだろう。

(追記ここまで)

ちなみに、あるメールアドレスが「研究機関から支給されたメールアドレス」か
どうかを判別する簡易方法は存在しない。
そもそも「研究機関」の定義すら容易でない。

「賛同希望者にそこまでの手間を要求すると多くの賛同者を集められない」という意見もあるだろう。
だが、賛同者を掻き集めることを最優先にするようなネット署名はどうかしている

なお、もしOLのように賛同資格者に教育者や編集者などを含めるのであれば、
もうどうしたらよいのか私には分からない。

コメント欄の危険

私が運営者であれば、賛同者募集のGoogleフォームには「氏名」欄と「肩書き」欄と「メールアドレス」欄の3つだけを入力必須項目として設置し、「コメント」欄などを設置しない。
コメント欄は危険だから、もし設置するのであれば賛同者募集のGoogleフォームとは別のGoogleフォームに設置する。

コメント欄がどう危険かというと、第1に賛同希望者が条件や注文を付けてきそうだ
例えば、「賛同しますが、もし〇〇が××になったら私の名前を賛同者名簿から削除してください」とかの条件付き賛同を希望する人が出てくるだろう。
そんな条件や注文に個別対応することは運営側にとって負担が大きすぎ、しかももしその条件や注文が曖昧なものだったら対応しようがない。
だから、「賛同する」か「賛同しない」かの二者択一にし、そのどちらでもない条件付き賛同などを排除するため、賛同者募集のGoogleフォームにコメント欄は設置すべきでない。

第2に、賛同希望者が不穏なコメントを添えてくるかも知れない
OLの場合、仮にある賛同希望者がコメント欄に「みんなで一緒に害虫を駆除しましょう」と添えてきたら、運営はどうすればよいのだろうか。
この一文だけでは、「害虫」が何を意味しているのか分からない。
もし「害虫」が「女性差別的な文化」などを意味しているのであれば別に問題ないのかも知れないが、もしこれが呉座勇一などを意味しているのであればとても許容できない。

不穏なコメント一つ一つの適否について審査したり、賛同希望者に真意を問い合わせてその真意をまた審査したりすることは、運営側にとって負担が大きすぎる。
そして、もしこの「みんなで一緒に害虫を駆除しましょう」という不穏なコメント付きの賛同希望を承認してその人の氏名肩書きを賛同者名簿に掲載したら、本人がヒかどこかで「みんなで一緒に呉座勇一を駆除しましょうという意味のコメントを添えて賛同希望したら承認されました」とか言い出すかも知れない。
逆にもしこの賛同希望を承認しなかったら、本人がヒかどこかで「みんなで一緒に女性差別的な文化を駆除しましょうという意味のコメントを添えて賛同希望したら承認されませんでした」とか怒り出すかも知れない。
どっちにしても困ったことになり得る

そもそも、通常の紙の署名でもコメント欄なんて存在しないだろう。

共同呼び掛け人に求めるもの

私独りでネット署名を呼び掛けても賛同者はほとんど期待できないので、誰かと共同で呼び掛けるというのは大いに有り得ることだ。
その場合、私は共同呼び掛け人に徹底して同意と覚悟を求める。

ネット署名の呼び掛け文そのものは当然として、それを公表するGoogleサイトや賛同者募集のGoogleフォームも、すべて事前に呼び掛け人全員で回覧する。
ネット署名の公表と賛同者募集の開始までに徹底して議論し、煮詰めていく
呼び掛け文に誹謗中傷や事実誤認などがあれば修正し、GoogleサイトとGoogleフォームに誤解や混乱を招きそうな箇所があれば修正する。
考え得るあらゆる可能性を検討し、脆弱性があればやはり修正する。

そして、そのネット署名が他者への名誉毀損などにならないことを念入りに確認しつつも、「もしこのネット署名が他者から名誉毀損だなどと不当に非難され、損害賠償請求やそのための訴訟を提起されたりしたら、全員協力して対応する」という決意を呼び掛け人全員で共有しておく。
そうしておかないと、いざという時に浮足立つ呼び掛け人が出てきてしまう。
「人を敵か味方かという乱暴な二分法で見てはならない」というのが私の持論だが、説明の便宜のため敢えて「敵」「味方」という表現を用いるならば、途中で抜けたりする味方は敵よりも厄介だ
そういう人は無理に味方にならず、第三者のままでいてほしい。

私が子供だった1995年に、『アウトブレイク』というアメリカ映画が
公開された。
西海岸の田舎町で空気感染する恐ろしい致死率の疫病が蔓延し、
町は軍により完全封鎖される。
全米への感染拡大を防ぐため、町を爆撃して町民全員を消滅させるという作戦が
ホワイトハウスの会議で検討される。
その場で大統領首席補佐官か誰かが、会議の出席者たちに
「異論があるなら今ここで言え。後で新聞社に駆け込んで
「私は爆撃に反対だった」などと言うことは許さんぞ」
と怒鳴り散らすシーンがあった、と記憶している。
あれと同じで、呼び掛け人が後で「私はあのネット署名に反対だった」
などと言い出すような展開は本当にクソだ。

呼び掛け文やGoogleサイト、Googleフォームに問題がなく万全であることを呼び掛け人全員で確認し、「このまま公表してよい」という同意を呼び掛け人全員から得ておく。
校正刷りを全員で確認し、全員から校了を得ておくようなものだ。
口頭だと後に「言った」「言わない」で揉める危険があるので、メールなどの文面でゴーサインを得ておくべきだ。

共同呼び掛け人になる予定の人から返信が得られなければ、その人を共同呼び掛け人から除外する。
この場合、沈黙を同意と解釈するようなことはしない。

賛同者に求めるもの

私は、ネット署名の賛同者には「もしこのネット署名が他者から名誉毀損だなどと不当に非難され、損害賠償請求やそのための訴訟を提起されたりしたら、全員協力して対応する」という覚悟まで求めなくてもよいと思う。
ただし、「一度賛同したら賛同者名簿から削除することはできない」と明記しておき、そのことについての同意は確実に得ておく

当然ながら、賛同者名簿における氏名冒用が発覚したら、その冒用された氏名を
削除しなければならない。
賛同受け付け時の本人確認を厳格にやっておくのは、後で誰かから
「賛同しなかった私の名前が賛同者名簿に掲載されているので、削除せよ」
と要求されないようにするためでもある。

仮に私が、ある年の4月4日から同月30日まで賛同者を募集したとする。
4月30日に賛同者の募集を締め切り、本人確認などができた賛同希望者を賛同者名簿に掲載したら、それ以降は断乎決然として何もしない

賛同者から「気が変わったので自分の名前を賛同者名簿から削除してほしい」と要望されても、対応しない。
黙殺するか、または「削除して欲しければ裁判所命令を取ってこい」とでも言って撥ねつける。
ネット署名を運営するなら、そのくらいの覚悟が必要だろう。

(記事「OL運営の犯した過ち」に続く)

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