OL運営の犯した過ち
(記事「私の考えた最強のネット署名」から続く)
前回記事を前提として、本記事ではオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」(以下、"OL"と略す)の運営が犯したと考えられる過ちの一部について検討していく。
なお、呉座勇一の失職に関連する問題については、いつか別記事を執筆公表する予定。
一部差出人からの事前同意不取得疑惑
昨年4月4日にOLが公表された時、差出人18人の一人として「小木田順子 編集者」の氏名肩書きがあった(魚拓)。
評論家の與那覇潤によれば、2日後の6日、與那覇は小木田に「率直に申し上げて、以下の点でこうした署名運動は、問題があるものと考えます」云々という長文メールを送っていたという(昨年11月27日付記事「オープンレターがリンチになった日:呉座勇一氏の日文研「解職」訴訟から考える⑧」参照)。
そして翌7日、小木田から次のような返信があったという。
以下はあくまで「この與那覇の記事が事実ならば」という仮定付きではあるが、OL運営のやったことは最低だ。
他人の同意を得ずにその名前を使うという氏名冒用は、社会人として絶対にやってはならない。
研究者などの物書きであればなおさらだろう。
OL差出人18人の名前は「あいうえお順」に並べられており、
「小木田順子」の名前は「隠岐さや香」の下、「金田淳子」の上にあった。
しかし(以前に誰かが指摘していたように)、「小木田」の読みはオギタでなく
コギタらしいので、配列が誤っていた。
これもまた杜撰だ。
もっとも、小木田の名前はその後も翌年(つまり今年)2月下旬までの10か月間、OLの差出人名簿に残っていた(後述)。
そのため、(やはり「與那覇の記事が事実ならば」という仮定付きではあるが)昨年4月上旬に自分の名前が冒用されていることを知った小木田は、OL差出人になることを事後承諾したと考えられる。
事後承諾したのであれば、結果として氏名冒用は解消されたことになるだろう。
だが何れにしても、OL運営が他人の同意を得ないままその名前を差出人名簿に掲載し、しかもOLによって賛同者を募集していることを本人に通知していなかったとすれば、言語道断だ。
何のための肩書きか
OLの賛同者募集のGoogleフォームでは、「肩書き」入力が必須となっていた(魚拓)。
そのことについて、昨年4月4日のOL公表と賛同者募集開始から数時間後、安田真由子(@yasudamayuko)が苦言を呈し、これに中西恭子(@mmktn)とOL差出人の礪波亜希(@atonton28)が同調した(魚拓)。
(2022年9月19日 17時15ごろ追記)
本記事の公開時、中西のヒ垢は施錠されていたが、後に解錠されたため追加で引用した。
(追記ここまで)
そして同4日の22:04時点の賛同者名簿(魚拓)に、
と掲載された。
これについて、私が過ちだったと考えることは3つある。
その前2者は、前回記事から本記事のここまでを読んできた人には察しが付くかも知れない。
第1に、OL差出人である礪波がOLへの賛同者募集の開始後に、賛同者募集のGoogleフォームにおける「肩書き」という表現やその入力を必須にすることの当否について、「無自覚なところがあったと思い、反省しています」「その点は議論しているところです」などとTWした。
そんなことは、OLを公表し賛同者募集を開始する前に、差出人全員で議論し尽くしておくべきだった。
このような見切り発車や右往左往が過ちでなくて何だろうか。
第2に、肩書きが「無回答」の安田の名前が賛同者名簿に掲載されてしまった。
その前後にも、「無職」や「フリーター」、「東京都民」、「年金受給者」、「自営業」、「なし」、「日本国公民」、「一般人」、「人間」などが肩書きの賛同者が散見された(魚拓)。
Googleフォーム経由でOLに賛同できる資格者は「研究・教育・言論・メディアにかかわる方」(魚拓)と明記されていたが、賛同希望者に肩書きとして「人間」などを自称されては、その人が本当に「研究・教育・言論・メディアにかかわる方」かどうかを判断しようがないだろう。
「肩書き」欄には「人間」などと記入しつつ「コメント」欄に
「研究・教育・言論・メディアにかかわる」肩書きを記入して賛同した、
という人もいたかも知れない。
だが、たとえいたとしても全員ではなかったろう。
これは本人確認の有無以前の問題だ。
「研究・教育・言論・メディアにかかわる方」の賛同を募集すると明記しながら、「研究・教育・言論・メディアにかかわる」かどうか分からない肩書きの賛同希望者の名前をも賛同者名簿に掲載したことは、言行不一致の誹りを免れないだろう。
前回記事で書いたように、賛同者の制限や選別は「やる」か「やらない」かのどちらかで徹底すべきだ。
そのどちらでもない「表向きはやることにしたけど実際にはやらない」や「表向きはやらないことにしたけど実際にはやる」などがあってはならない、と私は考える。
なお、OL運営は同月22日に賛同者募集のGoogleフォームに
「「肩書き」は必ずしも職業上の地位や所属先名を求めるものではなく、
なんらかの形で「研究・教育・言論・メディア」にかかわることを
お示しいただくためのものであり、ご自由に設定していただいて構いません。」
と追記したようだ(https://archive.ph/XFWEI)。
この追記に何の意味があったのか、私には分からない。
そして第3に、肩書きが曖昧では個人識別できない。
例えば前述の安田真由子は、結局「肩書き」欄に「無回答」と入力して賛同したようだ。
これでは、OLの賛同者名簿に掲載された安田真由子がどの安田真由子なのか分からない。
Google検索するまでもなく予想できることだが念のため検索すると、予想通り同姓同名の別人らしき安田真由子(たち)を検出できる。
OLに賛同していない別の安田真由子(たち)にとって、自分が賛同していないOLに賛同したかのように誤解されかねないことは、いい迷惑かも知れない。
なので、個人識別できるようにすることは必要だ。
差出人名簿の一部削除
本連載の第3回記事「危ない橋としてのOL」で書いたように、OL差出人18人の一人となった前述の礪波の名前は、昨年11月3日に差出人名簿から削除された。
そのことを前述の與那覇に告発されると、礪波はブログ記事「與那覇 潤 様」を公表した。
後に削除された同記事で、礪波はこう説明していた。
礪波がOL公表から半年以上後にやっと「炎上する可能性」を認めた、ということも愚かしい。
だがそれ以上に、ある差出人が「それなら礪波が名前を外せばよい」と提案し、礪波本人も差出人を「辞退」し、どうやら他の差出人たちから異論がなかったらしく、しかも何の註記もなく隠密に「2021年4月4日」付の差出人名簿から礪波の名前を削除したことに至っては、愚の骨頂だ。
もし私がOLの賛同者だったら、きっと心に大樹が生えていただろう。
もし差出人が「あのOL(の差出人になったこと)は過ちだった」と反省し、他の差出人たちとも十分協議した後、その反省を公言するのであれば、理解できる。
だが、「2021年4月4日」付の差出人名簿にあった名前を半年以上後に削除するというのは、ただの文書改竄だ。
たとえ犯罪に該当しなくとも、賛同者たちへの背信行為には十分該当するだろう。
礪波のことをOLの「元差出人」と称する人は少なくないが、私はとてもそう称することができない。
たとえ半年以上後に差出人名簿から名前が削除されようとも、2021年4月4日に礪波がOLを(他の人たちとともに)差し出したという事実は何も変わらないからだ。
同じような理由で、私は前述の小木田もまたOL差出人だと考えている。
前述のように與那覇によれば、小木田は当初OL差出人になった自覚がなく、
OLが賛同者を募集していることも與那覇からのメールで知ったという。
しかし、その後も小木田の名前は差出人名簿に残り、削除されたのはOL公表から
10か月後の今年2月である。
削除前魚拓(https://archive.ph/HSg6D)
削除後魚拓(https://archive.ph/JsI0A)
小木田はOLの差出人となることに(その公表後であったかも知れないが)
同意した、と解釈せざるを得ないだろう。
今年1月くらいから、一部のOL賛同者たちが「自分が賛同したことは事実だけれども賛同者名簿から名前を削除してほしい」という声を挙げるようになった。
OL運営は本来、そんな要求を黙殺してよかった。
しかし、昨年11月に差出人である礪波の要求に応じてその名前を名簿から削除していたので、OL運営は賛同者からの削除要求に応じないわけにいかなくなった。
恐らくこの時期(今年1月くらい)から、OL運営は「自分たちは昨年4月末で賛同者募集を締め切ったので、もう何もしなくてよいと思っていたけれど、このままだとアフターサービス(賛同者からの削除要求への対応)を永久に継続しなくてはならないな」と気付き、サ終したくなっただろう。
1年での公開終了
OL差出人16人(当初の18人から小木田と礪波がいなくなった)は今年1月31日、お知らせ「氏名詐称による賛同への対応と本オープンレターの今後について」(削除済み)を公表して、こう予告した。
そしてこの予告通り、OLは今年4月4日に公開終了となった(魚拓)。
OLは「女性差別的な文化を脱するために」と題されていたのだから、当然、少なくとも将来「女性差別的な文化を脱する」ことができたその日までは、ずっと公表されたままであるべきだったろう。
「本レターが女性差別的な文化の可視化と議論の喚起に一定の役割を果たすことができた」から公開を終了する、というのでは何のためのOLだったのか分からなくなる。
また、「レターにある特定個人の氏名がウェブ上に残り続けることについての懸念」について「差出人のあいだでも議論を重ねてきました」という。
そんな議論は昨年4月4日のOL公表前に重ねておくべきだった。
差出人たちは「レターにある特定個人の氏名がウェブ上に残り続けることについての懸念」について(十分に)議論しないままOLを公表した、と考えざるを得ない。
昨今は「忘れられる権利」についての議論もある。
だが、その「忘れられる」とは通常、ある情報を検索エンジンの検索結果に
表示されないようにすることであって、
情報そのものをネットから削除することでないだろう。
OL差出人たちのほとんどは、研究者や編集者だ。
そして研究者や編集者の本業は、論文や書籍といった、一度公表してしまえば取り返しの付かなくなる危険のあるものを作り、公表することだ。
そんな職業の10数人が連名で差し出した公開書簡が僅か1年で公開終了になったというのは、完全にどうかしている。
ネット署名の最大の危険は、運営者も署名者も「これは紙やインクを使わないネットの署名なのだから、後からいくらでも変更できる」と甘く見て、深く考えずに行動してしまいがちになることだろう。
賛同者名簿公表の意義
これまで述べてきたように、私はOL運営がいくつもの過ちを犯したと考えている。
ただし、OLの文面や賛同者募集での本人確認欠如などと切り離して考えれば、OLが賛同者を募集してその賛同者名簿を公表したこと自体は理解できる。
一部の人たちは「OLが賛同者を募集してその賛同者名簿を公表したのは、呉座勇一を失職に追い込むためだった」と言うが、それとは異なる解釈も可能だろう。
本連載の第2回記事「OLの賛同者名簿と氏名冒用」で紹介したように、今から4年前の2018年6月20日以降、早稲田大学の教授から大学院生(事件当時)への性的なハラスメントがあった、という一連の報道があった。
翌7月23日付で、同大の教員7人が呼び掛け人となって声明「セクシュアル・ハラスメント報道に関する、早稲田大学で教育・研究に携わる有志の声明」を公表した。
この声明は翌8月6日までの2週間、「早稲田大学で研究・教育に携わっておられる方」の顕名または匿名での賛同をGoogleフォーム経由で募集しており、当時同大の教員だった私も賛同した。
公開の賛同者名簿には今も私の名前が載っている。
この声明は、将来「ハラスメントのない環境の実現と維持」ができたその日か、
または利用しているblogspotがサ終する日まで、ずっと公表されたままで
あるべきだろう。
当時は、教員から学生へのハラスメントがありながら、「その申し立てに対して大学が適切な対応を取ることができなかった」(声明)という疑惑があった。
もし教員から学生へのハラスメントがあり、しかも大学(他の教員たち)がそのことを揉み消そうとしたのであれば、学生はどの教員を信用したらよいのか分からなくなる。
なので私はあの声明に顕名で署名し、「私はハラスメントもその隠蔽も許さない教員です」ということを学生に示したかった。
賛同者名簿に私の名前を見付けていくらか不信感を和らげたという学生がいたのかどうかは分からないが、とにかくなるべく多くの教員が「私はハラスメントもその隠蔽も許さない教員です」ということを学生に示すべきだと思った。
それと同じような状況が、昨年3月下旬の呉座大炎上によって生じた。
呉座の鍵垢のフォロワー3千数百には多くの研究者や教育者、編集者が含まれており、そのことに愕然とした人は少なくなかった。
ちょっとした阿鼻叫喚になっていた。
なので、もしOL運営が、なるべく多くの研究者や教育者、編集者が「自分は呉座勇一たちがしたような女性蔑視などを許さない者です」ということを示すべきだと考え、賛同者を募集してその名簿を公表したのであれば、理解できる。
もっとも、OL運営が実際に何を考えていたのか、部外者の私には分からない。
そして動機がどうであれ、OLの文面や賛同者募集方法がクソだったので、私は(「自分は呉座勇一たちがしたような女性蔑視などを許さない者です」ということを示したかったけれども)OLに賛同しなかった。
賛同しなくてよかったと今でも思っている。
予告
本連載は次回記事で終了するつもり。
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