見出し画像

至誠通天

 今回は、応募企画があったので、挑戦してみることにします。
今週の占い「ラストチャンス」と関係あるかどうかは知りませぬ。w

 さて。私の前職のお話ですが、某上場企業の技術開発部という部署に所属し、射出金型の設計開発を行なっていました。

ただ・・・ペーペーの私には、開発予算なんて、つかないんですよね。

ですから、さらに大手の上場企業の研究開発部門に営業をかけ、その会社さんの試験研究に使う金型について、技術開発のお手伝いをしてノルマを達成する日々を送っていました。

そんなある日、一件の依頼が舞い込んできました。

射出発泡成形金型の技術開発

についてでした。
この技術が本格的に確立されるのは、西暦2000年代。
私が退職して以降となります。
1998年頃は、まだ金型内部の挙動を把握する技術が乏しく、制御が困難なものだったのです。
いまや日本を代表する大企業に成長したキーエンス社のキャビティ内測圧センサーとか温度センサーぐらいしかありませんでしたし、Moldflow(モールドフロー)というCAE(Computer Aided Engineering)も、日本法人が設立されたばかりでした。
しかも、当時はまだまだ未成熟な解析システムだったため、異常値をいくつも算出してくれる状態でした。

そんな課題の多い射出発泡成形技術だったのですが、熱伝導性が良いアルミニウムを使った金型でテストしたいという申し出だったのです。
材質選定理由は、温調時の即応性を高めることで、成型時の温度コントロールを容易にしたい、というものでした。

上司から、
「この案件はアルミだし、君がやりたまえ。」
と言われました。

私の実家が「アルミ加工の松井製作所」であり、【アルミ】は専門分野だろ? という思惑があったようです。
まあ、上司の思惑はどうであれ、せっかく頂いたお仕事です。
頑張ろうと思いました。

で、お客さまとの初顔合わせです。
上司から私が担当につくという紹介がされると、
『え? この若いのが? 』
と、不安げな表情。
まあ、無理もありません。
経験値の低そうな若造に何が出来るのか? と、怪訝に思われて当然でしょう。
が、やはり、私も若かった。w
言葉にこそ出しませんでしたが、『仕事で見返してやるぞ。』と、心に誓っていましたので。

そういったこともあり、何とかモノにしたい、と、さっそく国内外の特許技術調査や、射出発泡成形に関する情報を探し始めました。
手書きのドラフターから、CADへの移行期だったこともあり、電卓での計算量が激減し、色々な角度から、検討図を描いて並べて比較するとかも楽になっていましたので、検討図は何十枚も描いたと思います。
で、調査と設計計算を同時並行で進めていくうちに、

世界最先端技術であるMIT超臨界流体を発泡剤として用いる微細射出発泡成形技術に行き着きました。
ですが、設備の導入コストが莫大なため、テストには不向きとして参考資料を集める程度にとどめることになります。

予算から考えても、通常の射出成型機でも実験が可能

発泡剤と樹脂を投入する射出発泡成形

を選定するべき、という結論に至りました。

で、さらに設計を進めていく中で、大きなブレーキが・・・

そもそも、アルミは表面硬度が低いため、スライドコア(金属同士をこすりつけ合いながら滑らせていく動作ユニット)には、向いていないのです。
それは、当初から分かっていたことなのですが、想像以上に逃げ道がない。

通常の金型でもスライドコアは、真空焼き入れを行なって硬度を大幅に引き上げています。
プラ型の基本材料であるS50C(0.5%濃度炭素鋼)で、ロックウェル硬さ20~27程度。
スライドコアの場合、SKD11といった合金工具鋼を焼き入れし、硬さ60ぐらいにまで引き上げて使います。
通常の鋼の3倍ぐらいの硬さです。
アルミ(A5052)は、炭素鋼の半分ぐらいの硬さ。
これは厳しい。
成形圧が加われば、確実にかじってしまう。(かじる=焼きつく)

どうしたら良いのか?

アルミにライナー板(焼入れした鋼板)を張り付けるとか、潤滑樹脂を埋め込んだユニットを組み込めばいいのではないか?
と、思い至り、それらの設計を進めました。

が。
さらに課題は続きます。

実験に使う樹脂が特殊な樹脂で、成形温度を高くしないといけないというのです。
つまり、温調には、ヒーターか、温水、もしくは油を使うというのです。

これは、難物です。

ライナー板構想が吹き飛んでしまったのです。
型温度を上げる方針に変更になることで、断熱機構が必要になったためです。
ライナー板だと熱膨張率の違いで、スライドコアのアルミを締め付ける方向に作用するし、スライドコアを稼働させるためにモーターや油圧シリンダーを使うと、金型の熱が動力源に伝わってしまうことになります。
(モーターや油圧ユニットが熱でダメージを受けます・・・)
特殊な材質のロッドを使ったりする方法も考えられましたが、予算を考えると、そういった特注品は使えなかったのです。

トドメが、スライドコアにも温調をいれるべし

という仕様の追加。

これは大変だということで、外注先の金型職人の社長さんや、技術研究所の研究員の方々に会いに行って、色々とお話を伺う毎日を過ごしました。

まずは真正面から向き合うしかない! 至誠通天!

と、尊敬する歴史上の人物の一人、吉田松陰先生の言葉を思いつつ、設計計算を繰り返し、その結果について色々な人に相談したり、何か他に先人の知恵は存在しないのか? と検索を続ける日々を過ごしました。

で、あまりにも悩み、行き詰ってしまったので・・・

これは、イカ~~~ン

と、さじを投げて、先輩と飲みに行くことにしました。
(回避行動w 至誠通天は、どこにいった? w)

居酒屋で、先輩と
お疲れさまでした。 カンパ~イ! 

く~~~美味い!

先輩「大変らしいの。 どうや一本。」
私 「あ、ありがとうございます。いただきます。」

先輩から差し出されたショートホープを一本抜きとると、備え付けのライターを使ってシュボッと火をつける。
フウウウ~~~っとため息とともに、天井の換気扇に向かって紫煙を吐き出す。
今は、完全に吸わないのですが、若い頃は、時々、先輩から煙草をもらって吸うことがありました。
何というか、当時は、”話の間”というか、雰囲気というか、煙草を吸わずに酒を飲むというのは場を乱す感じで、嫌がられるのもあって、普通に吸っていました。

私 「先輩。今回の案件も、厄介ですよ。」
先輩「まあな。技術開発部は、変な案件のるつぼやもんな。その中でも松井の場合は・・・」
私 「海のものとも山のものとも得体がしれんものは・・・」
二人「松井に回せ。w」
私 「でも、キツイっすよ。マジで。」
先輩「まあ、そう言うな。それだけ頼られてるってことや。」
私 「そう思わんと、やっとれませんけどね。w」
先輩「で? どうする? 今回の難物。」
私 「う~~ん。悩ましいですよね。 大学時代の恩師とか、先輩とか、色々訪ねて回ろうかと。」
先輩「そやな。色々と聞いて回るのが、エエかもしれんな。」
私 「ですね。犬も歩けば棒に当たる。」
先輩「松井も当たれば、ピ~ゴロゴロゴロってか? w」
私 「え~。去年の忘年会で生牡蠣に当たった話は、やめてくださいよ。w 」
先輩「だって、オモロイもん。技術開発部全員、病院送りやろ? 」
私 「いやあ、病院送りは半分ですよ。一応、私も自宅療養ですし。w」
先輩「あの日は、全社レベルで話題になったで。」
私 「あの宴会、幹事が私だったんで、あとで、こっぴどく叱られたんですよ。w
  でもまあ、一番頑張ったのは、後輩のKですよ。」
先輩「あ~。聞いた聞いた。会社の野球チームの組み合わせ抽選会に行ったらしいな。」
私 「ええ。くじを引いた瞬間、ピ~~~となって、猛ダッシュでトイレに駆け込んだんですよ。w」
先輩「可哀想というべきか、オモロすぎるというべきか。w」
私 「両方ですかねえ。w 結局、強豪とぶち当たって一回戦敗退濃厚だってボヤいてましたよ。」

とまあ、こんな与太話をつき合ってもらい、帰路につきました。

自宅近くの自販機で、酔い覚ましのブラックコーヒーを買おうと、小銭を投入。
とっととと・・・
10円玉が転げ落ちる。
あ~、下の隙間に転がっちまった。しゃあないなあ・・・
と、かがんでのぞき込もうとした瞬間

ひらめいた! (あばれハッチャクか? )
ひらめ板! (いや、親父ギャグはいいって・・・)

すきま=クリアランス

そうだよな。
かじってしまうのなら、かじらないようにすればいいんやんか!
樹脂が入らないレベルのクリアランスにして、コアバックさせる。
温調でコア温度をキャビティ温度から下げるように設定することで、アルミの熱膨張率の大きさを逆手に取る。
あとは・・・これ以降は機密事項のため、書けませぬ。

とまあ、なんやかんやで、設計構想が定まり、実際に試験型を製作。

そして、ファーストトライ。

お客さんや上司がかたずをのんで見守る中、トライ開始。

私 『頼む。上手くいってくれ。最後は神頼み(-人-)』

ガシャ~ン

音を立てて成型機が開く。

おおお~! 上手くできてる!

キャッホ~~~!

心配していたお客さんも大喜び、笑顔でハイタッチした瞬間でした。
(厳密には、この当時にハイタッチという表現はないんですけどね・・・まあ、似たような感じでしたので、そう表現しておきます。)

やっぱり、難しい仕事、大きな壁を乗り越えた時。
最高に気持ちよく笑えますし、楽しいですね。
やりがいも感じます。

今でも、頭を抱える難案件はありますが、当時の思い出を振り返ると、

愚直でも不器用でも、やることをやり続けていたら、何とかなる。

この経験が私の仕事上の財産になっているような気がします。
ウチの若手社員たちにも、こういった頭から湯気が出て悩み続ける経験をさせてみたいなあと思いつつ、さあ、今日もお仕事お仕事っと。

#はたらいて笑顔になれた瞬間

しがないオッサンにサポートが頂けるとは、思ってはおりませんが、万が一、サポートして頂くようなことがあれば、研究用書籍の購入費に充当させて頂きます。