疾風のカナタ(2)
第二話 虹のカナタ
『なんだろう? 』
フワフワと浮いている。変な感じ。
手を振っても足をバタバタさせても、何も変わらない。
『ん~? 』
目を開けても周りが良く見えない。
まるで雲の中にいるかのように霧みたいなものに包まれている。
『ここはどこだろう? 』
僕は急に不安になってきた。
すると、サーッと霧が晴れ上がった。
『え? グラウンド!? え? ゆ、夢なのかな? 』
周りが見えるようになったおかげで、僕はラグビーのグラウンドに立っていることに気がついた。
黒いジャージの選手たちが、僕の行く手を阻むようにして並んでいる。
「奏多! ボールを出せ!! 」
斜め後ろから、声が聞こえた。
『え? お兄ちゃん? 』
「振り向くな! 足元を見ろ! 」
その声に慌てて僕は視線を下げていく。
ロイヤルブルーのジャージを着た選手たちが、黒いジャージの選手たちとラックを組んでいる。
その足元にボールが転がっている。
とっさに拾い上げると、お兄ちゃんを探した。
いた!
ニヤリと笑った冬馬お兄ちゃんが、目でこちらにボールを投げろと合図している。
僕は夢中でお兄ちゃんにパスを出した。
パン!
軽快な音と共にお兄ちゃんの手にボールが届く。
ビュッ!
僕の目の前を青い風が横切る。
お兄ちゃんが物凄い速さで駆け出したからだ。
黒い壁の隙間を縫うように右に左にステップを刻みながら、それでいて風のように速く駆け抜けていく。
僕は無我夢中で、お兄ちゃんを追いかけた。
ドゴッ!
黒い壁がお兄ちゃんを捕まえる。
タックルだ!
腰の部分に激しいタックルを受けたお兄ちゃんが後ろ向きになりながら横倒しになる。
すかさず、味方のロイヤルブルーのジャージが、お兄ちゃんのもとへ駆け寄る。
ラックだ。
僕は無我夢中でラックの後ろに駆け寄った。
SHが、ボールを脚で掻き出し、球出しの準備姿勢に入る。
「奏多! 走れ!! 」
今度は誰だかわからないけれど、味方らしい人から指示を出された。
僕は慌てて、指さされた方向へ向かって走り出した。
ビュン
鋭く回転したパスが僕の少し前をめがけて飛んでくる。
『と、取らなきゃ! 』
僕は、パスに間に合うように加速した。
パンッ!
綺麗な音と共に、手のひらにボールの感触が伝わってくる。
その瞬間、黒い風が僕に物凄いプレッシャーをかけてくるのが分かった。
『黒い壁が突進してくる! 怖い!』
「奏多! ステップだ!! 右! そこ! 左!! 」
不思議とお兄ちゃんの声だけがハッキリ聞こえる。
僕はお兄ちゃんに言われるまま動いた。
黒い壁から伸びてきた手が空を切る。
『凄い凄い! 面白い!!
よ~し、このままトライを決めてやる! 』
勇んでさらに加速しようとすると、後ろからシャツをつかまれた。
『え!?』
物凄い力で引き寄せられ、腰をバインドされる。
と同時に物凄い衝撃が僕を襲った。
ドガッ!
『うっ!? 』
そのまま横倒しに倒れそうになった時、後ろから走ってきた選手の顔が見えた。
「お兄ちゃん! 」
僕は思わず声を出した。
「奏多! オフロードだ! 」
冬馬お兄ちゃんが、オフロードパス(倒れ込みながらのパス)を要求した。
僕は、そんな無茶な、と思ったけど、体が勝手に反応していた。
地面に激しく叩きつけられる寸前、お兄ちゃんの声が聞こえた。
「よし! 任せろ! 」
「うん。」
僕は、なぜだか嬉しくて涙が出そうになった。
タックルで激しく倒されたけど、痛みはない。
すぐに置き上がって、お兄ちゃんが駆け抜けた方を見た。
「は、羽が生えてる? 」
お兄ちゃんの背から真っ白な白鳥のような翼が生え、ゴールへ向かって一直線に向かっているのが見えた。
あまりの速さに誰も追いつけない。
「トライ~~~!! 」
会場全体が、歓喜の声に包まれる。
凄い凄い。ラグビーをするのって、こんなに凄いんだ。
見ているだけなのと、実際にプレイするのとでは全然違う。
夢の中みたいだから、本当にプレイしているわけじゃないんだろうけど、僕は感動した。
「よう。奏多。いいパスだったぜ。」
トライを決めたお兄ちゃんが、戻って来て声をかけてくれた。
「うん。お兄ちゃん。凄いよ。カッコイイ。」
「そっか? なんか照れるな。」
頭の後ろをポリポリとかく。
お兄ちゃんの癖だ。
「でもまあ、俺は、これで終わりだ。
次は、奏多。お前の番だ。」
「え? どうゆうこと? 」
「ワリイな。
本当は、もっと早く、お前とこうしてラグビーがしたかったんだけどな。」
「ううん。僕は喘息だから激しい運動しちゃダメだって、ママに止められてるから。」
「そうだな・・・でも、小児喘息は治せるさ。
根気良く治療すれば、お前だってラグビー選手になれる。」
「ホント? 」
「ああ。兄ちゃんは、嘘が嫌いだって知ってるだろ? 」
「うん。でも・・・」
「どうした? 」
「ママが・・・」
「春果姉さんか・・・心配性だからなあ・・・」
冬馬お兄ちゃんは、また頭をポリポリしながら考え込む。
「うん。でもまあ、大丈夫だ。」
お兄ちゃんは僕を真っ直ぐに見すえると
「為せば成る。
お前が真剣にラグビーに取組もうとするなら、春果姉さんだって許してくれるよ。」
「え~~? お兄ちゃん、適当すぎるよ~。」
「はっは~。そういうな。
障害が多いから燃えるんじゃないか。
ラグビーってのは、そういうスポーツだ。」
「そうなのかなあ? 」
「うん。そういうもんだ。」
「あっそうだ? お兄ちゃん。ブルーストームってどうやるの? 」
「ん? ウチらのモールのことか?
あれは、企業秘密だ。(笑)」
「え~~」
「冗談だよ。俺とお前の二人だけじゃあ出来ないからなあ。」
「え? さっきまでみんないたよ? あれ? 」
「う~ん。みんな、だんだん目が覚めてきたのかな?
それとも、先に行っちまったかな?
どうやら、さっきみたいに付き合ってはくれないみたいだ。」
「え? どういうこと? 」
「俺はもう死んだんだ。つか、俺たちはってとこかな。
まあ、何人かは無事に戻れたみたいだけど・・・」
「え? 今、お話できてるじゃない。」
「うん。今、お前寝てるからな。
不思議と繋がりやすかったんだ。身内だからかなあ? 」
「お兄ちゃん。死んじゃうの? 」
「うん? ああ。どうやらそうらしい。
本当は、大学ラグビーとか、もっともっとやりたいこと一杯あったんだけどな。」
「そんなの、嫌だよ。」
僕は泣き出してしまった。
「奏多~。そんなに泣くなよ。」
「でも、でも。お兄ちゃんは悲しくないの? 」
見上げると、お兄ちゃんの目にキラリと光るものがあった。
「そりゃあな・・・でも、お兄ちゃんだからな。
奏多の前でだけは、絶対泣いてやらない。ハッハー」
「そんなのズルイよ~。」
お兄ちゃんは、悔しがる僕を真剣に見すえた。
僕は、ドキッとして見つめ返す。
「いいか。奏多。お前には才能がある。
だから、俺の夢を受け継いでくれ。」
「お兄ちゃんの夢? 」
「ああ。いつかワールドカップの決勝で最高の仲間たちと最高のプレイをするんだ。」
「そんなの。僕には無理だよ~。」
「為せば成る、さ。
駄目だった時は、頭を掻いて誤魔化しとけ。」
「なんだよ、それ~。」
泣き笑いする僕の頭をグシャグシャグシャとお兄ちゃんが鷲づかみしながら撫でる。
髪の毛がグチャグチャだ。。。
「あ~、そうだ。
俺の部屋の本棚に俺専用の練習ノートがある。お前にやるよ。
じゃあな、奏多。」
そう言うとさっと踵を返し、お兄ちゃんが歩み去り始めた。
「え? え? ちょっと待ってよ。お兄ちゃん。待ってよ~~~。」
お兄ちゃんは歩いているだけなのに、僕がどんなに必死になって走っても追いつかない。
やがて、お兄ちゃんは陽炎のように消えていった。
空には虹の橋だけが残されていた・・・
「・・・タ ・・・奏多。」
軽く揺すられていることに気がついて、目を覚ました。
ママが心配そうに僕の顔をのぞき込んでいる。
「あ。ママ・・・冬馬お兄ちゃんは? 」
ソファーの上でママに膝枕されていることに気づき、体を起こしながら、尋ねた。
「うん・・・あのね・・・」
言い淀むママの顔を見て、僕は確信した。
『あれは本当に冬馬お兄ちゃんが、僕に会いに来てたんだ。
てことは・・・』
急に涙が込み上げてきた。
お兄ちゃんが死んだ、と直感したから。
ママは、僕が何かを感じ取ったと理解したのか、そっと抱き締めてくれた。
こらえきれなくなって、僕は泣いた。
ワンワンと泣いた。
ママも一緒に泣き出してしまう。
(奏多・・・)
どこかからお兄ちゃんの声がしたような気がして、僕は泣き止んだ。
「ママ。お兄ちゃんにお別れの挨拶がしたい。」
ママは、驚いた表情で僕を見つめると、黙って肯いた。
手を握られ、ゆっくりと歩いて行く。
霊安室と書かれた部屋の前に連れてこられた。
部屋の前にはお姉ちゃんが二人で抱き締め合い、泣いていた。
少し離れた位置にパパと、パパに抱かれている妹の琴音がいた。
「奏多。起きたか・・・」
パパが、僕たちに近寄ってきた。
「春果。。。その・・・事故で冬馬くんの損傷が激しいそうなんだ。
お義父さんとお義母さんだけが中に。。。」
「そう・・・じゃあ、私たちも中に入るのは・・・」
ママは、お兄ちゃんに会うのを躊躇った。
僕はママの手を放すと、スタスタと歩いて行く。
「おい。奏多。」
パパが呼び止める。
「僕、お兄ちゃんに会いたい。」
パパは分かったというと、霊安室の扉を開けてくれた。
ベッドの上に白い布をかぶされて寝ている人がいる。
警察官みたいな人と、お医者さん、そして、お祖父ちゃんとうなだれかかるお祖母ちゃんがいた。
僕たちが入ってきたことに驚いている。
「冬馬くんに挨拶を。」
パパがポツリと言うと、お祖父ちゃんが黙って肯いた。
看護師さんが、顔の布をどけてくれる。
傷だらけだった。
痛かっただろうに、僕の夢に出て来てくれた。
「お兄ちゃん。僕、ラグビー選手になるよ。」
僕は、お兄ちゃんの前で誓った。
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