見出し画像

カンバン方式の功罪

 我々、製造業に従事する者にとって、【カンバン方式】は、非常に大きな意味を持つ言葉です。
若い頃、異業種交流会等で、他の経営者と経営理論の談議になる際に、良く出てきた言葉でもあります。
人口に膾炙されまくっている【カンバン方式】ですが、意外にその本質は、知られていないように感じています。
同業である製造業の経営者ですら、【カンバン方式】のメリット・デメリットを知らない、理解していないことに驚くこともしばしばでした。

【カンバン方式】とは、需要があるまで商品をつくらない。

【ジャストインタイム】という方針を具現化した手法のことです。

どういうメカニズムかというと、
「常にお客さん側に近い方から生産要求が出る(プル方式)」
というものです。

プルとは、引くという意味で、供給側が需要側の要望に引かれて生産する方式のことです。
反対語は、プッシュ方式、押すという意味で、供給側が需要を当て込んで生産するというものです。

商売の観点上、これはある意味、当たり前の方針といえます。
「売れない商品」を大量に生産すれば、損ばかりしてしまうからです。
特に、トヨタのような大手自動車メーカーの場合、製造する台数が、年間1,000万台超で部品点数が1台30,000個ともなると、年間で、3,000億個もの部品を捌いている計算になりますから、売れ残った場合、ものすごい損失になってくるのです。
だから、出来る限り【つくらない】という方針になっているのです

【カンバン方式】の本質は、【状況の見える化】にある。

 【カンバン方式】が、製造業だけでなく、他の産業にまで波及していった理由として考えられるのが、本質的に【状況の見える化】を志向しているからだと思います。
作り過ぎて在庫を積み増さないようにするには、「情報の伝達と共有」が欠かせません。
近年、IoTとか、デジタル化が叫ばれましたが、「情報の伝達と共有」を志向している点は、全く同じです。

【カンバン方式】は、万能ではない

 反面、需要が大きい時には販売する商品が無くて、【販売機会の損失】を招き寄せやすいという欠点もあります。
分かりやすい事例で言うなら、マグドナルドのような飲食店を想起してもらえば良いと思います。
飲食店でも扱う食材によって、大きく考え方が変わってくるのですが、マクドナルドのような、ファストフード系のお店は、徹底的に【販売機会の損失】を嫌います。
客層が「手早く食事を済ませて用事に向かうこと」を考えている人達中心に構成されているからです。
ですから、朝・昼・夕の3つのタイミングで繁忙期を迎え、それ以外の時間帯は閑散期に入るというサイクルを持っています。
当然、その時間帯に大量のスタッフを配置し、極限まで商品を捌こうとします。
ただ、それだけでは色々と支障が出る(昼2時間限定とかでは働き手を確保しにくい)ので、家族層の取り込みをして、休日やおやつタイムとしての活用等で需給バランスの緩和も目指されているように感じられます。

いずれにせよ、注文を待ってから、ハンバーガーやフライドポテトを作っていたのでは、時間がかかるため、時間当たりに捌ける客数が減り、お昼休みを過ぎてしまって【販売機会の損失】になってしまうという事態になりかねません。
畢竟、今日のお昼は、これぐらいは出るはず、という見込みで一定の在庫(作り置き)を生産するスタイルになっていきます。

もちろん、マグドナルドでも【カンバン方式】を採用することは、不可能ではありません。
その場合、一人のオーダーに対し、どれぐらいの提供時間で回していけるか? が、カギになるでしょうし、客単価の引き上げも必要になるでしょう。
あれだけ緻密なマニュアルを整備しているマクドナルドが作り置きをし、7分経過後に廃棄するという手法をとるのは、シミュレーションした結果、食品を廃棄することになっても、作り置きで回転率を上げる方が収益になると計算が立っているからだろうと思います。
そのために、ビッグデータ(曜日・時間帯・天候・季節のイベント等々)を駆使して、より正確な見込み生産をして臨むという形になっていると思います。

真価を発揮するには【需要の平準化】が必要

 さて、マクドナルドのように、需要変動が大きい業態の場合には、【カンバン方式】は、その真価を発揮することが出来ません。
【カンバン方式】が真価を発揮するのは、「需要の平準化」がある場合になるからです。
先のトヨタの事例で考えると、
年間1,000万台ということは、一月83万台、一日27,397台、一時間1,141台も製造している計算になります。
到底、一人や二人のオペレーターで製造できる分量ではありません。
人間や機械が、何十、何百、何千とそろっていなければ成り立たないほどの巨大な生産量を誇っているわけです。

だから、それぞれの人や機械に仕事を分担させ、仕事量を【平準化】することが出来るのです。

この考え方は、建築金物の製造業でよくある【一山いくら方式】に、似ています。
毎月最低でも人一人・設備一台を丸々従事させられるだけの総量(複数種類の合計で一人分以上の仕事)を出しておく。
その仕事量を ”一山”といい、その総量の中であれば、ぶっちゃけ単価が交渉の俎上に乗ることは無く、あり得ない程の激安単価で取引されることになっています。
【カンバン方式】もそれに似ていますが、違うのは、理路整然と管理が行き届いている点です。
どちらの方式も、”一山”に相当するだけの仕事量が無いと成立しないという点が、よく似ているというわけです。

ところで、【カンバン方式】という言葉で、結構誤解されて使われているなあ~、と思うのが、【即納体制】という意味で使う人が多いことです。
過去何回か経験があるのは、2年ほど間隔をあけてポツンときた案件。
久しぶりに注文があったと思えば、【カンバン方式】で頼む、と書いてあったことです。

当然、材料在庫がない状態なので、即納なんて出来ません。
2年間もひたすら口を開けて待っていたら飢え死にしてしまいます。
そんなことが出来るのは、蛇とかワニとか限られた生物だけです。

ワニは絶食しても2年ぐらい生きられるらしい・・・

ですから、お客様には、
「すいません。2年も飲まず食わずで口開けて待ってられるのは、ワニぐらいなもんでして、ウチは、ワニじゃないんで、指定納期を延ばして欲しいんですけど。」
と、即納をお断りしております。
もちろん、【カンバン方式】に足る総量を出してもらえるお客さんであれば、即納体制で対応可能です。

【ジャストインタイム】に対する対照的な評価

【ジャストインタイム】の概念について、説明が抜け落ちていたので、ここで、触れておきます。

【ジャストインタイム】とは、
「必要なものを、必要なときに、必要な数だけつくる。」
というものです。
この方針を具現化するために編み出された手法が、【カンバン方式】です。

【ジャストインタイム】は、「変化への対応力」に関する評価で、意見が分かれる傾向にあります。

「変化に強い」という意見。「変化に弱い」という意見。
ものの見事に逆の評価が出てくるのです。

私の結論を先に述べると、
【ジャストインタイムという概念は、変化に弱い】です。

トヨタが、オイルショック等の有事の際でも、持ちこたえられたのは、ジャストインタイムのおかげではありません。
トヨタの社員や、サプライチェーンを構成する企業群の努力が、トヨタを下支えしただけのお話です。
概念の強さではなく、トヨタ自身が強固な組織を持ち、優秀なサプライヤ集団を持っているから、変化に弱い概念であるにも関わらず、キズを最小限に抑えて、対応出来ているのです。

もし、【ジャストインタイムという概念が変化に強い】ものであるならば、トヨタ系列以外で、有事の際に強さを発揮する企業が、多数出てきたはずです。
トヨタのサプライチェーンと同等レベルの仕組みを運用できる企業であれば、【ジャストインタイム】を導入しても成功することが可能です。
そのためには、【需要の平準化】を担保できるだけの発注量が必須になりますし、その速さについていけるだけの外注管理能力が必須になります。
このように、組織力に依存しなければ、成立しえない仕組みなので、到底、変化に強いという評価をすることが出来ないのです。

ただし、【カンバン方式】の持つ、情報の伝達・共有という部分は、変化に強いです。
物質的な在庫を必要としない業界(例えばIT企業)であれば、【ジャストインタイム】の概念は、需給バランスの急激な変化に対し、しっかりと対応可能でしょう。

ただ。
変化に弱いとか、運用上の高い組織力が必須だからといって、【ジャストインタイム】や【カンバン方式】の意義を否定してしまうものではありません。
どのような様式にも長所と短所があるものです。
在庫を抱え込めば、変化や機会損失を防いでくれるでしょうが、資金繰りを圧迫し、収益力を下げてしまうでしょう。
在庫を極限まで減らせば、収益性は高まるものの、変化に弱く機会損失を出しやすい企業体質になるでしょう。

どちらのメリットを優先するのか?
それは、各企業の経営者の判断です。
極端に考えるのではなく、バランスをとって折衷型にするという選択肢もあります。

それでも。私がウンザリしたのは、
トヨタ神話であり、カンバン万能信仰であり、在庫は悪という迷信です。
良いところも悪いところも、どちらもあるのですから。

【カンバン方式】を活かすには

  • 【需要の平準化】が可能であること

  • 【平準化した需要】が、人一人養える程度の仕事量に達していること

  • 有事の際に小回りが利くように、組織やサプライヤの連携能力を鍛え続けておくこと

以上の三要素が大事です。
この三つを機能させられるような業態・組織なら、カンバン方式を採用すれば、収益力はグンと伸びると思います。

しがないオッサンにサポートが頂けるとは、思ってはおりませんが、万が一、サポートして頂くようなことがあれば、研究用書籍の購入費に充当させて頂きます。