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疾風のカナタ(1)

第一話 青い嵐【Blue Storm】

 突如、一陣の風が湧き起こった。

陽を浴びてキラキラと輝く芝生の上で、それはクルクルと回り出す。
風を巻き起こしたのは、青い塊だった。
その行く手に立ち塞がる大きくて黒い壁。
青い塊がいくつものつむじ風を纏い大きくなり、黒い壁に襲い掛かる。

ガッ! ドゴッ!

僕の周りにいた大人たちが立ち上がり、激しく手を振り、絶叫している。
耳をつんざくような大音響のはずなのに、僕には、どこか遠くから響いてくるかのように聞こえた。
僕の目にはただ、青い旋風が黒い壁を右へ左へと激しく揺り動かす、それだけしか映っていなかった。

飛翔英光学園ひしょうえいこうがくえん、得意のモールだー!! これは凄い! 凄まじい!!
  FWフォワード BKバックス が一体だ!
  ものすごい勢いで、巨勢実業こせじつぎょうディフェンダー陣を押し続けるぞ!
  今大会最強FWを誇る巨勢実業が、押される! 押されるー!!
  ゴールラインまであと3メートル!
  現在までのスコアは11-7
  残り時計は3分を切っている!
  ここで英光学園伝統のブルーストーム(青い嵐)がゴールラインを割れば、逆転優勝だが、どうだー! 」

大音量で絶叫する大人たちの声を突き破るかのように、マイク実況の声が聞こえる。

その時、僕は見た。
青い塊の中から一つの疾風が飛び出し黒い壁を割って駆け抜け、白線めがけて飛び込んでいくのを。

『あっ、お兄ちゃん! 』

そう思った瞬間、観衆が異口同音にこう叫んだ。

「トライーーーーーー!! 」

直後に、

ウオオオオオオオオ~~~~~~!!!!

割れんばかりの大歓声が場内に響き渡った。
今まで遠くにしか聞こえていなかった音が、急に耳に入ってくる。
痛い。うるさい。でも・・・すごく嬉しく、誇らしく感じた。

だって、トライを決めたのは、お兄ちゃんだったから。

隣で一緒に見ていたパパが興奮して僕を担ぎ上げる。

「やったぞ、奏多かなた! 冬馬とうま兄ちゃんが、トライだ!
 このまま英光が勝つぞ! 英光ラグビー部の完全復活だ! 」

パパの興奮が、僕を抱きしめた腕から伝わってくる。

「お兄ちゃん、やったの? 」

僕は、聞き返した。
場内に満ち満ちていた大歓声が余韻を残しつつ、落ち着きを取り戻し始める。

「ああ。そうだ。あと少しだ。もう少しで、全国高校ラグビー、四年ぶり七回目の全国制覇だ。」

「それって、凄いの? 」

「もちろん。ものすごいことだよ。」

「じゃあ、お兄ちゃん、凄いんだ。」

「ああ。お兄ちゃんだけじゃなく、飛翔英光学園のみんなが凄いんだ。」

ピピーーー! ノーサイド!

パパと話しているうちに、試合終了のホイッスルが鳴った。
再び、場内が割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。

選手たちがノーサイドの握手を交わし、応援席前まで駆け寄ってくる。

「応援、ありがとうございましたー! 」

大きな声で、お礼を言う。
その中に、冬馬お兄ちゃんの笑顔があった。
僕たちに気づいたのか、こちらに顔を向け、ひときわ大きく手を振ってくれた。

「お兄ちゃーん! おめでとー! 」

僕もパパの肩越しに、精一杯手を振って声を出した。

試合が終わった後も凄かった。
周りのみんなが、興奮している。
英光学園を応援しにきていた人達だ。
そんな中を、僕とパパはもみくちゃになりながら、駅へ向かった。

東大阪市にあるラグビーの聖地・花園ラグビー場の東花園駅から、お祖父ちゃんの家がある交野市かたのし河内磐船駅かわちいわふねえきまでは結構遠い。
自動車だと国道170号線(通称:外環状線)を北上すれば早いらしいんだけど、試合の前後は混みやすいからと電車で来ていた。
会場を出てスクラムロードを歩く。
行きと帰りでは、なんか感じが違うな~と思いながら、パパと一緒に歩いた。
近鉄の東花園駅から河内永和駅かわちえいわえきに出て、少し歩く。
JRおおさか東線のJR河内永和駅に乗換えるためだ。
おおさか東線は、元々、貨物が通っていたらしい。
僕は見たことないけどね。
そこから、今度は、放出駅はなてんえきでJR学研都市線に乗り換える。
途中、近松門左衛門の曽根崎心中そねざきしんじゅうで有名な野崎駅を通過し、河内磐船駅に到着する。
東花園駅から河内磐船駅まで順調に乗り継げれば、徒歩を含めて1時間ぐらいかかるんだけど、なんだかあっという間に感じた。

途中で、パパから今日の試合のことやお兄ちゃんのことを色々と聞いたからかもしれない。
パパも飛翔英光学園(旧校名は英光学園)の卒業生だったというお話。
英光学園がお兄ちゃんが中学一年生の時に、全国大会で四連覇したというお話。
でも、学生が少なくなって、経営難に陥った英光学園は、飛翔学園ひしょうがくえんグループに入るしかなかったというお話。
飛翔英光学園になってから、スポーツの推薦枠が無くなってしまったこと。
冬馬お兄ちゃんが高校に進学する時には、中学時代のメンバーの多くが飛翔学園に移籍してしまったこと。
そんな中、懸命になって冬馬お兄ちゃんが部員をかき集めて、ラグビー部を復活させたこと。
知っていることもあったけど、知らないことが多くて楽しかった。
飛翔英光学園の優勝で上機嫌なパパは、僕が聞いていないことまで色々と話してくれた。
でも、僕が一番気になっていたのは、試合中に見た青い塊のことだった。

「最後にお兄ちゃんが駆け出す前にグルグル回っていた、アレは何? 」

「グルグル? あ~。あれか。あれは、ドライビングモールだよ。
 英光学園の場合、ロイヤルブルーのジャージが目立つから、青い嵐、ブルーストームって呼ばれることが多いな。」

「うん。回って見えたよ。凄いカッコ良かった。」

「そうだなあ・・・
 多分、力点をずらして左右に押し分けてたから、そう見えたのかな? 
 ボールを持った選手に相手の選手がタックルしてくるんだけど、タックルされても倒れないままボールの奪い合いをすることがあるんだ。
 この時に、敵味方が集まって来て密集プレイになることをモールっていうんだよ。」

「へ~。そうなんだ。だから、青い塊と黒い壁がぶち当たってたんだね。」

「壁・・・?
 ああ。巨勢実業のジャージは黒いからな。
 モールは、敵も味方も真後ろから参加しないといけないし、崩したり、上に飛び乗ったりしちゃいけないんだ。
 お互い、常に前に押し合う。」

「なんだか、押しくらまんじゅうみたいだね。」

「うん。そう。押しくらまんじゅうだね。
 相手のゴール前でモールを組むのは、そのままゴールラインに押し込んでしまうか、敵を一人でも多くモールに参加させて、防御ディフェンスラインの人数を減らすためなんだよ。」

「そっか。だから、最後にお兄ちゃんが飛び出せたんだね。」

「うん。そうだ。
 それにしても、奏多は、随分とモールが気に入ったんだね。」

「うん。なんかカッコ良かった。」

ロイヤルブルーのジャージに真っ白なパンツの選手たちが一丸となり突進していく姿。
他校からは、ブルーストームと呼ばれて恐れられているらしい。
僕は、ブルーストーム 青い嵐に夢中になってしまった

「ねえ、パパ。僕もお兄ちゃんみたいに、ラグビー選手になりたい。」

「そっか。奏多もラグビーやりたいか。」

「うん。」

「そうだな・・・
 分かった。帰ったら、ママと相談してみよう。」

「うん。そうだね。ママと相談だね。」

パパの顔が一瞬曇った時、僕は思い出した。

僕は、喘息持ちだから激しい運動はしちゃダメってママにいつも言われていたことを。
そのあと、パパが黙り込んだこともあって、僕たちは、夕陽で赤く染まり始めた生駒山を見ながら家路を急いだ。

+++++++++++++++++++++++++++++++

 冬馬兄ちゃんは、飛翔英光学園高校の3年生。
ママの弟なので、僕からしたら本当は叔父さんなんだけど、まだ高校生だから、いつもお兄ちゃんと呼んでいる。
ママは、四人兄弟の一番上のお姉さんであと二人妹がいる。
ママの名前は、春果はるか
二番目のお姉さんが彩夏さやか
三番目のお姉さんが千秋ちあき
お兄ちゃんが、冬馬とうまだから、春夏秋冬だね、といつもからかわれるらしい。
ママが32歳 彩夏お姉ちゃんが29歳 秋音お姉ちゃんが27歳 冬馬お兄ちゃんが少し離れて18歳。
パパから聞いたんだけど、三姉妹でさみしいからとお祖父ちゃんが頑張ったんだって。
何を頑張ったんだろう?
とにかく親戚が集まると、ものすごく騒がしくなることだけは間違いないんだけどね。

僕の名前は、筒井奏多かなた 小学2年生で7歳。
パパの名前は、裕次郎 34歳。
妹が琴音ことねで、まだ4歳。

今日で冬休みがもう終わっちゃうんだけど、お兄ちゃんの試合があるからということで、お祖父ちゃんの家にみんなで集まっている。
といっても、僕たちは枚方市ひらかたしに住んでるから、近所なんだけどね。

ちなみに、お祖父ちゃんは、木田太郎 59歳。
お祖父ちゃんは、友達からは、よく浪速のモーツアルトって言われてるみたいだけど・・・
誰それ?
お祖母ちゃんは、木田明美56歳。
年齢の話をすると、しーっと人差し指を立てて注意されちゃう。
最近は、ママもそんな感じになってきた。女の人って変だな?

以上が、僕の家族。親戚というべきかな?

河内磐船駅から歩いて10分程で、お祖父ちゃんの家に着いた。
玄関の扉を開けると、そこにお祖父ちゃんが突っ立っていた。

「おお。裕次郎くんに、奏多か。早かったなあ。おかえり~。」

「お祖父ちゃん、ただいま~って、う。。。お酒臭い。」

靴を脱いで玄関を上がり、近づくと、お祖父ちゃんからお酒の匂いがプンプンしてきた。

「お祖父ちゃん、顔赤いよ。」

「お? そうかのう。いや~。冬馬の試合を見てたら、ついつい飲んじまってだな。アハハハハ」
「も~。お父さんったら、試合が始まる前から、お酒飲んでたのよ。」

彩夏お姉ちゃんが、キッチンから出てきて、口をへの字にして文句を言う。
ポニーテールがユラユラ揺れて、髪の毛まで文句を言っているみたいだ。

「まあまあ。いいじゃないですか。今日ぐらい。冬馬くん 大活躍したんだし。」

とパパが助け舟を出すと、

「おお。裕次郎くん。分かっとるじゃないか~。
 ウチの女どもときたら、一家の大黒柱をないがしろにしおってからに。」

「なんですって? 」

お祖母ちゃんが、キッチンと廊下の間にある暖簾をひょいと上げて、ギロッと睨む。
ちょっと怖いんですけど。(汗)

「ま、まあ、その、なんだ。うん。今日はお祝いだ。
 裕次郎くんにも早くお酒を出してあげなさい。」

お祖母ちゃんの剣幕に、しどろもどろになったお祖父ちゃんが、慌てて話題を変える。
どうも、ウチは女の人が強いらしい。

「いえいえ。
 せっかくですが明日は仕事ですし、子供たちも学校が始まりますので、お酒は控えときます。」

「う~ん。そうなのかあ。残念だなあ・・・」

お祖父ちゃんは、本当に残念そうだった。

「パパ~、奏多お兄ちゃん、おかえり~。」

片目をこすりながら、妹の琴音がやってきた。
どうやら寝起きらしい。

「琴音。ただいま。」

パパは、琴音をひょいと抱き上げ、頭を撫で始めた。
僕は、リビングに入っていく。
千秋お姉さんちゃんが、お祝いの飾り付けをしていた。

「奏多くん、おかえり」

「千秋お姉ちゃん、ただいま。」

「みんな、TV見て、大興奮だったよ。奏多くん、近くで見れた? 」

「うん。お兄ちゃん、凄かったよ。カッコ良かった。」

「そう。冬馬は一回学校に戻ってから帰ってくるって言ってたから、もう少し時間かかるかな?
 それまで、ご飯、我慢できる? 」

「うん。大丈夫だよ。お菓子もあるし。」

「お菓子でお腹いっぱいになっちゃうよ。」

「ほどほどにしとく。」

「うん。そうしときや。」

うん、そうそう。お兄ちゃんの優勝祝いをするんだった。
たしか、僕たちが出かける前から、もう祝勝会の準備をしていたんだったっけ。
本当に優勝したから良かったんだけど。
でも、負けたら負けたで、残念会で結局、騒ぐんだろうなあ・・・
祝勝会の準備をするというので、僕とパパ以外はお留守番だったんだけど、みんな家のテレビで応援していたみたい。
千秋お姉ちゃんや、彩夏お姉ちゃんが、その時の様子を面白おかしく教えてくれた。

お祖母ちゃんが、イケー! と間違えて相手校を応援して、みんなに叱られたとか。
お祖父ちゃんが、お酒を飲みすぎて、お祖母ちゃんに叱られっぱなしだとか。
彩夏お姉ちゃんが不器用で飾り付けが下手だーって、千秋お姉ちゃんに責められたとか。
ママは、そんな話をニコニコしながら聞いているんだけど、料理の手だけは全然止まってない。
お祖母ちゃんと一緒に、台所でテキパキと料理を盛りつけていた。
あともう少し、ということで、彩夏お姉ちゃんと千秋お姉ちゃんから戦力外通告された男たち3人組は、部屋の隅っこに固まって座った。
琴音は、パパの膝の上に乗っかっている。

お祖父ちゃんもラグビー好きらしく、パパと二人で、今日の試合を振り返ることになった。

「いい試合だったなあ。前半15分に、巨勢実業からトライを奪われた時は焦ったが。」

「ですねえ。あの時は、ハーフウェイラインからラックで敵陣に攻め込んでいたんですけどね。」
「うんうん。ラックからのパス回しでインターセプトされちまったのう。」

「はい。運悪く俊足のフランカーだったから、強引に持ち込まれましたね。
 英光のディフェンスが力負けして3人がかりでタックルしてましたから。」

「うん。そうじゃ。そのあとのウイングも、恐ろしく速かった。
 オフロードパスをもらったら、あっという間にトライじゃったからの。
 なんちゅう速さじゃと肝をつぶしたよ。
 それにしても、巨勢のFWはデカイし、BKは速いし、凄いのばっかりじゃのう。」

「ええ。奈良の名門ですからね。
 たしか、高校日本代表候補も6人ぐらいいたんじゃかなったですか? 」

「ほええぇ。そんなにおるんか。凄いもんじゃのう。」

「ですねえ。
 でも、そんなメンバーを相手に優勝した冬馬くたち英光ラグビー部は立派ですよ。」

「そうじゃのう。」

お祖父ちゃんが、満面の笑みで答える。
何だかわからないはずなのに、琴音も嬉しそうにお祖父ちゃんににっこりと微笑んでいる。

「そのあとの、コンバージョン・キックが外れてくれたおかげで、助かりましたね。」

「うん。あれが入っていたら、逆転出来んかったのう。」

「ええ。そうですね。
 点を取られてから、英光のディフェンスが冴えわたりましたからね。
 巨勢も勢いに乗り切れなかったと思います。」

「前半終了間際も見どころじゃったなあ。」

「はい。ラックからの素早い球出しとパス回しで左右に揺さぶりながらの連続攻撃は凄かったですよ。」

「5分ぐらい連続攻撃が続いたんじゃったかの? 」

「はい。これに焦った巨勢がオーバーザトップ(倒れ込み)の反則をしてしまいましたね。」

「巨勢としては、プレーを切りたかったんじゃのう。」

「ええ。でも、英光はタップキックから一気に攻撃を再開しましたからね。」

「あれには、相手チームも慌てておったのう。」

「巧者・英光とも言われる所以ですね。
 あれで一気に1トライ1ゴールで逆転して、前半を折り返せましたから。」

「そのおかげで、後半戦は、巨勢がFW陣で押しまくって来てえらい目にあったがなあ。」

「はい。重戦車の突進を見ているかのようでしたよ。
 英光のディフェンスラインが攻撃的なタックルで仕留め続けていたから良かったものの、普通なら突破されてたでしょうね。」

「ねえねえ。タックルで防御なのに、どうして攻撃的なの? 」

パパの言葉に疑問を覚えた僕は、思わず口を挟んでしまった。
お祖父ちゃんは、ニヤリと笑うと教えてくれた。

「それはのう。奏多。
 スピードなのじゃよ。どんなに重量のある選手が相手でも、走り始めは遅いもんじゃ。
 一方、タックルする方は、十分にスピードが出ている状態で相手にぶち当たれる。
 体重差がある相手でも、スピードがあれば、ある程度は差を縮められるんじゃ。
 一歩間違えば、アーリータックル(ボールを持つ前にタックル)の反則になってしまうがの。」
「へえ~、そうなんだ。」

「今年の英光が強かったのは、タックルのタイミングが上手かったからでしょうね。」

パパが話を引き継ぐ。

「じゃのう。
 それでも、巨勢は強かったわい。重量FWのプレッシャーで自陣に押し込まれ続けたからのう。」

「はい。圧力が凄すぎて、結局、2つもペナルティゴ-ルを奪われましたから。」

「うむ。11-7じゃったか? 後半残り10分になった時には、厳しいかなと思ったわい。」

「ええ。巨勢FW陣のスタミナが切れかかってきたのが幸いしましたね。」

「そうじゃ。おかげで、ターンオーバーして、ハーフウェイラインまで陣地を回復できたからのう。」

「ええ。そこからは、英光が相手陣内に攻め込み始めましたよね。」

「そうそう。じゃが、巨勢のディフェンスも強かった。なかなか前進できないまま残り5分を切ってしもうた。」

「はい。ラックでオフサイドの反則が出ていなければ、押しきれなかったかもしれません。」

「そうじゃのう。そのあと、タッチキックからのラインアウト。
 そして、モールに繋がったからのう。」

「ええ。奏多がビックリしてましたよ。英光のブルーストームに。」

「伝統のモールじゃからのう。
 FWもBKも一丸となって押し込む。
 あれは見応えがあるわい。」

「そして、冬馬くんがサイドアタックを仕掛けてトライで逆転ですね。」

「うん。あの時ゃあ、絶叫したよ。バアさんから、近所迷惑だーって、目茶苦茶怒られたがの。」
「ま、まあ。今日ぐらいは、ご近所さんも許してくれると思いますよ。」

お祖父ちゃんがはしゃいで、お祖母ちゃんに大目玉をくらうシーンが想像できてクスリと笑ってしまった。
パパは、お祖父ちゃんを必死でフォローしている。

それにしても・・・
冬馬お兄ちゃん、遅いなあ。まだ、帰ってこれないのかなあ?

ティロ ティロ ティ~~~ン!!

リビングのテレビからけたたましい警報音が鳴り響いた。

「え~? なになに? 」

千秋お姉ちゃんが、TV画面を食い入るように見つめる。

「暴走車がバスに衝突。
 暴走車に乗っていた4人のうち2人が死亡、2人が重症・・・え? 」

テロップを読上げていた千秋お姉ちゃんが固まる。

「千秋、どしたん? そんな顔して? 」
ママが、唐揚げをたくさん盛り付けたお皿をもって、テーブルに置いた。

「ね、姉さん。冬馬の乗ったバスが・・・」

「えっ!? 」

みんなが一斉にTVの方に振り向く。

慌てて駆け寄り、画面のテロップを確認する。

飛翔英光学園ラグビー部を乗せたバスに、暴走車が突っ込んで大破。
暴走車の乗員4名のうち2名が即死。残り2名が重症。
バスの方でも十数名の死傷者が発生。

淡々と流れるテロップを見て、みんなが絶句してしまう。

プルルルル・・・

静寂しじまを破るかのように、電話がけたたましく鳴った。

彩夏お姉ちゃんが、急いで電話に出る。

「はい。木田です。・・・
 あ。担任の岡部先生ですか? ・・・
 はい。TVで見ました。・・・はい。
 えっ!? 冬馬が? そ、そんな。。。」

彩夏お姉ちゃんの顔色がみるみる青ざめていく。

「はい。・・・はい。東香里病院ですね。・・・
 わ、分かりました。すぐに行きます。」

チン

彩夏お姉ちゃんが受話器を置く。
他のみんなも顔が真っ青になっている。
僕たちみんなが立ちすくんでしまい、静まり返ってしまった。
TVのCMがジャ~ンと音を立てると、ハッと我に返ったように、彩夏お姉ちゃんが喋り始めた。

「今、岡部先生から電話があって。。。
 花園から帰る途中のバスに、暴走車が突っ込んだらしいの。
 何人もの生徒さんが重体で病院に担ぎ込まれたって・・・
 監督さんは即死されたそうで・・・その・・・冬馬も意識不明の重体って・・・」

途中から涙声になりながらも、なんとか状況を話してくれた。
お祭りムードは一変してしまった。
僕たちは、急いで冬馬お兄ちゃんが運ばれた東香里病院へ向かうことになった。

 病院に着くと、父兄の人達が大勢詰めかけていた。
軽症で済んだ人もいるみたいで、家族との再会を喜ぶ姿もあった。
腕章をつけてマイクを持っている人もいる。
あたりは騒然としてた。

「あ。木田さん。こちらへ。」

黒縁メガネをかけたオジサンが、僕たちを見つけると、大声で呼び止め手招きしてくれた。
多分、冬馬お兄ちゃんの担任の岡部先生なんだろう。
軽く挨拶が済むと、口を真一文字に結んだまま僕たちを先導してくれた。

どこをどう歩いたのか、記憶が曖昧だけど、病院の中でも奥まった所にあることだけは、何となく分かる。
少し薄暗い廊下。
奥の部屋の入口の上に、手術中と書かれた赤いランプがついている。

パパが気を配って、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんを入口すぐの長椅子に座らせた。
ママが琴音を抱いて、そのそばに座る。
二人のお姉ちゃんは、椅子に座ろうとせず、赤いランプを見つめながら立ち尽くしていた。
僕もママの隣に腰掛けた。
パパは二人のお姉ちゃんに声をかけた後、岡部先生と話しながら、手術室の前を離れた。
色々と質問したいらしい。

お祖母ちゃんは、両手を組みお祈りをしている。
お祖父ちゃんは、お祖母ちゃんの隣で、時折足をパタパタさせて落ち着かない様子で黙りこくっている。
お姉さんたちはお互いに肩を寄せ合いながら、立ちすくんでいる。
二人とも目が真っ赤で鼻をすすり上げている。
最初はむずがっていた琴音も今はママの膝枕で寝入っている。
琴音の髪を撫でてはいるけれども、ママも目が真っ赤だ。

どうしよう。僕は、どうしたらいいんだろう?

何も思いつかなかった。
ただただ長い時間が過ぎていった。
そうこうしているうちに・・・
疲れが出たのか、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。

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  続きは下記より ↓

第二話 虹のカナタ

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