疾風のカナタ(3)
第三話 春果と奏多
そのあとの霊安室でのことは、あまり覚えていない。
ママが怒り出したのをパパが宥めたとこまでは覚えているんだけど。
お兄ちゃんの顔は何十針も縫われていて、どす黒く、ところどころ固まった血も残っていた。
お通夜式やお葬式の時には、生前のお兄ちゃんっぽくなっていたので、葬儀屋さんが色々と手を尽くしてくれたんだと思う。
ラグビー部のマイクロバスには、メンバー23人と監督、コーチ、運転手さんの26名が乗車していた。
事故は、飲酒運転をしていた19歳の少年によって引き起こされたらしい。
男女2名ずつでWデートでお酒を飲んだ後、飲酒検問を振り切って暴走。
交差点を信号無視で突っ込んできて、バスの左側面に突っ込んだらしい。
乗降口のそばにいた監督やコーチが即死。
その次の座席に座っていたお兄ちゃんや他のメンバーが重体で病院に運ばれ、そもまま帰らぬ人になった。
他の部員も手や足を挟まれ、切断を余儀なくされたり、腰の骨を折る重傷で選手生命を絶たれた人もいるらしい。
暴走車の四人は、運転手と助手席の男女二人が即死。
後部座席に乗っていた男女二人も重症で、今も入院中らしい。
飛翔英光学園ラグビー部は、当面の間、活動休止になったそうだ。
僕はといえば・・・
あの日からしばらくの間、ママは少ししか口をきいてくれなくなった。
パパからは、ママの心の整理がつくまで待ってやってくれ、と言われた。
お祖父ちゃんやお祖母ちゃんも、僕がラグビー選手になりたいといったことについては、一言も触れなかった。
ママの心配は良く分かる。
僕だって、本当に喘息を克服してラグビー選手になれるかどうか、不安だ。でも、僕は夢の中のお兄ちゃんの言葉を信じている。
あの日、お祖父ちゃんの家に戻ってきてすぐ、僕は、お兄ちゃんの部屋に入った。
もちろん、こっそりと。
夢で見たお兄ちゃんの練習ノートは、すぐに見つかった。
でも・・・
「10冊ぐらいあるよ、お兄ちゃん・・・(汗)」
これを持ち帰るには、かさばり過ぎるし、重すぎる。
かといって、今度いつお祖父ちゃんの家に来れるか分かんないし・・・
あ~、どうしようかなあ??? と、悩んでいると、キィっと音が鳴り、ドアが開いた。
ギクッ!
僕は慌てふためいたが、もう遅い。
そ~っと振り返ると、お祖父ちゃんが立っていた。
しい~っと、人差し指を口に当てると、お祖父ちゃんは後ろ手にドアを閉めた。
僕に向かって小声で言う。
「奏多。お前、何をしてるんだ? 」
お祖父ちゃんに隠し事をしても仕方がないので、僕は病院で見た夢の話、練習ノートの話をした。
最初のうちは、信じられない、という顔をしていたけれど、練習ノートが本棚にあったと言って僕が見せると、真剣な面持ちでノートをパラパラとめくって中身を見始めた。
「どうやら、冬馬は、お前と一緒にラグビーがしたかったみたいだな。」
「え? 」
「ノートの最初に書いてある。
奏多へ。 喘息を克服して一緒にラグビーをするために、このノートを綴るって。」
「お兄ちゃんが? 」
「ああ。冬馬は、よっぽど、お前とラグビーがしたかったんだろうな・・・
あいつ自身のためというより、お前のための練習ノートみたいだ。
関東の大学に進学する予定だったから、離れていても教えられるようにと考えたのかもなあ・・・
お前の夢に出て来たのも、これを渡したかったからなんだろう・・・
よし。分かった。このノートは、お祖父ちゃんが預かっておいてやる。
とりあえず、一冊目をワシから裕次郎君に渡しておく。少しずつ練習していけ。」
「うん。お祖父ちゃん、ありがとう。」
すると、お祖父ちゃんは、真剣な面持ちで僕の顔を見て、
「いいや。こっちこそ、ありがとうだ。奏多。
冬馬の夢の続き、頼んだぞ。」
「はい。」
僕も真剣な気持ちで答えた。
それから三ヶ月が過ぎて桜が咲く季節になった。
この春から、僕は小学三年生になる。
僕が通っているのは、氷室小学校といって枚方市の中でも山の中に近い。
なんでも、徳川家康が本能寺の変で伊賀越えをするために通ったのが、僕の住んでいる尊延寺らしい。
交野市もそうだけど、枚方市も大概、坂道が多い。
でも、足腰の鍛錬には丁度いいらしい。
練習ノートには、坂道の上り下りで走る練習をすると足首の柔軟性も鍛えられると書いてあった。
あと、斜面に対して真っ直ぐだけじゃなく、斜めにも上り下りしろって書いてあったけど・・・
これってどういう意味なんだろう???
足首が柔らかくなると、何がいいんだろう?
ノートは何度も読んでいるんだけど、書いてあることが理解できないことが多かった。
パパに尋ねると、
「う~ん・・・。とりあえず、やってみろ。」
としか言わない。
なんでだろう?
それでも、冬馬お兄ちゃんのお葬式以来、学校からの帰り道に僕はこっそりとインターバルトレーニングを続けている。
お兄ちゃんの練習ノートに、ラグビーは走って止まってを繰り返すスポーツだから、インターバルトレーニングが欠かせないと書いてあったからだ。
といっても、ラグビー選手みたいに本格的なものじゃなくて、10秒間全力走って、そのあと1分間ゆっくりと歩くのを繰り返すだけだけど・・・
それだけのことでも、最初の頃は、呼吸が苦しくなって吸入器に頼らないといけなかった。
三か月たった今は、吸入器がなくても家まで帰れるようになってきている。
パパは、ラグビースクールに通えるだけの体力をつけるのにもってこいだとして、それ以上、ノートの先の練習は認めてくれてない。
早くラグビースクールに通えるようになりたいなあ・・・
ママも最近は普通に口をきいてくれるようになったけど、相変わらずラグビーの話は切り出せないままだ。
パパもお祖父ちゃんも、僕を応援してくれているけど、今は黙っておこうと言っている。
そんなある日。朝のホームルームで担任の山崎先生が、切り出した。
「一週間後の体育の時間に授業参観をしますので、皆さん、お父さんお母さんに、伝えておくように。
忘れないように、プリントも配っておきますからね。」
『げげっ!? 』
僕は冷や汗をかいた。
今月の体育の授業は、タグラグビーをやっているからだ。
う~ん・・・でもまあ、授業だからママも何も言わないかな・・・
ちょっと不安。
そして・・・・参観日当日
僕は結構緊張していた。
その日は、パパも代休が取れるからということで、ママと一緒に来てくれた。
本当は、タグラグビーだからパパも来れない? とお願いしたんだよね・・・
校庭で体育の授業が始まった。
クラスメイトのお父さんお母さんたちが見つめる中、山崎先生が話し始めた。
「え~っと。今日は、タグラグビーをやります。
ご父兄の方々は、タグラグビーをご存知ないかもしれませんので、簡単に説明します。
1)ボールを手で前に投げてはいけません。
2)お互いに相手に接触するようなプレイをしてはいけません。
3)ボールを持っている選手を止めるには、腰に差しているタグを奪ってください。
4)タグを奪った選手は、大きな声で「タグ! 」と叫んで、手を上げてください。
5)タグを奪われた選手は、立ち止まって味方にボールをパスしてください。
6)タグを奪った選手と奪われた選手は、一緒に「1・2・3」とゆっくり数えてください。その間、プレイに参加してはいけません。
7)タグを3回奪われたら攻守交替になります。
8)相手のゴールラインを走り抜ける時に大きな声で「トライ! 」と叫んでください。トライで1点となります。
以上です。
早速始めて行きましょうね。
両チーム5人ずつで試合を行ないます。試合時間は10分です。
じゃあ、早速Cチーム対Dチーム集合ー! 」
いきなり僕たちのCチームが呼ばれた。
Aチームからじゃないんだ・・・(汗)
緊張しながら、グラウンドに立つ。
パパからは出来るだけ目立たないように、と言われている。
まだ、ママとラグビーの話が出来ていないからだ。
僕は、体がムズムズするのを辛抱しながら、相手チームの子のタグをなるべく取り損ねるようにした。
「トライー! Dチーム1点」
点を取られたので、攻守交替。今度は僕たちの番だ。
「奏多ー! 」
さっそくボールが回ってきた。
僕は、力を抑えながら走った。
「タグー! 」
あっさりとタグを取られた。
「1・2・3」
相手と一緒になって3秒数えてプレイに戻る。
その時・・・
「コラー!! 奏多ーー!!
あんた手抜いてんじゃないわよ! 本気でやりなさい!! 」
マ、ママだ・・・
振り返ると、凄い剣幕で怒鳴ってる。
パパは、その横でオロオロしてる。
『エー!? 何この状況? (滝汗)』
僕は焦りまくった。でも・・・
『本気出していいのなら。。。』
「耕平! パスくれ!」
チームメイトの耕平の斜め後ろに走り込み、声をかける。
「お、おう。」
前をふさがれた状態の耕平が慌ててパスを出す。
『少し遠いか・・・それでも! 』
僕は地面を蹴って駆け出した。
体が軽い。登下校の斜面を上る時と全然違う!?
タグを奪いに相手が来る。
『3人 左 左 右』
頭の中が真っ白になった。
考えることなく、相手の左右を駆け抜ける。
ゴールラインが目の前だ。
「トライー! 」
「Cチーム1点! 」
Cチームのみんなが、ヤッターと喜びの声を上げる。
その後も、僕は頑張った。
「試合終了 7対1でCチームの勝利! 」
走り過ぎて疲れた・・・としゃがもうとした瞬間、
ゴホッゴホホ ゴッ!
や、やばい。喘息の発作が始まった。
「奏多ー!」
パパとママが急いで僕に駆け寄る。
ママが僕を抱え上げて応急処置をしながら、
「あんた、よく頑張ったわ。
冬馬みたいだった。
ラグビーのこと認めてあげるから、今は休みなさい。」
そういってギュッと抱き締めてくれた。
ちょっと痛かったけど、ママに認めてもらって嬉しかった。
ふと見上げると、ニンマリした顔のパパと目があった。
やったね!
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