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歴史修正主義者が大好きな「悪魔の証明」。

私はあまり、ネット上での議論は好きな方ではありません。小心者だし、間違ったこともしばしば言うし、発言後にはドキドキするんですよね。なんて言い返されるのだろうか? 間違ってるところを突っ込まれないだろうか? 誹謗中傷を受けないだろうか? などなど結構気にしてしまいます。なので、こうやって色々自分で調べてその知識で武装してるのかなぁと、ぼんやり自覚したりもしています。議論のために知識を仕入れているわけでは決してなくて、せっかく興味を持ったのがホロコーストなのだから、素人なりにでもできるだけ正確な情報を持っていたいという要求の方が強かったりします。

でも、好きな方でもない議論をついしてしまう事はしばしばあります。やはり、否定論を述べている人を見かけると、それは間違いなので黙ってられなくなるわけです。ホロコーストのことを知れば知るほど、否定論がデマである事は明らかすぎるようにしか見えないので、どうしてもそれは間違いですよ、と言いたくもなるし、それらデマが許せなくなってくるのです。で、よせば良いのに全然知らない人に自分から絡みに行って、大抵は内心で後悔しています(笑)

さて、ネットの否定論者は個々人によってそれぞれ違いはあるわけですが、ほとんど大抵同じ趣旨のことばかり言います。中でも多いのが以下です。

・証拠を出せ

・証明しろ

・あるという方が証明すべき

三つとも同じことを言っているのですが、ネットで出会う否定論者のうちで、これらを言わない人に出会った事はないような気がします。日本の南京事件なども同じで、ほんとに否定論をめぐる議論ではしょっちゅう見かけるセリフだと思います。これを今回は、悪魔の証明論法と呼びたいと思います。

悪魔の証明とは何か?

Wikipediaの説明はいまいちわかりにくいので、別のページから引用します。

悪魔の証明とは「○○がないことを証明できないなら、○○は存在する」「△△であることを証明できないなら、△△だ」といった、「ない」ということを証明しようとする論法のことを指します。未知証明と呼ばれることもあります。

「ある」ということを証明するのであれば、実際に事例を紹介すれば事足ります。しかし、通常、「ない」ということを証明するのは容易ではありません。想定されるすべての可能性をつぶさねばならず、それは通常、ほぼ不可能に近いからです。また、それを利用して、相手に証明責任を転嫁することもしばしばあります。

(強調は私)

このページにも書いてありますが、悪魔の証明を否定論者が用いるのは、証明責任を論敵に転嫁するためです。そうすることで、ホロコーストならホロコーストがなかったと主張する側は、なかった証明から解放されるわけです。

素人目にはかなり強力な論法の一つだと思います。確かに、存在しないものを存在しないと証明するのは容易ではありません。しかし、存在すると主張するなら、存在することを証明しさえすれば事足りるわけで、文字通りの悪魔なら、悪魔一匹連れてくるだけで証明できるわけです。従って、悪魔を提示できないのなら、悪魔は存在しないのも同然のように思えます。

歴史的事実の場合でも、例えば犯罪を考えた場合に、犯罪の立証責任は検察側にあるのであって、被告にあるわけではありません。故に、裁判では通常「推定無罪の原則」が言われます。刑事裁判上の被告がいくらその事件の犯人と推定されるからといって、きちんと立証できない限り有罪とする事は出来ないというわけです。

以上、簡単に述べましたが、悪魔の証明論法はそれなりには正しいかのように思えます。しかし、否定派の用いる悪魔の証明論法には大きな問題があるのです。

無限後退でいいの?

犯罪の例を挙げましたが、しかし、では弁護側が何もしないでいいかというと、そんな事は決してありません。よほど有罪が確定的なくらいに立証されていない限り、裁判では弁護側は被告の無罪を勝ち取ろうと、どうにかして無罪であることを証明しようとするでしょう。アリバイであるとか、検察側の立証の矛盾を指摘するとか、方法は色々ですが、何もしない弁護人がいる筈がありません。

実は、著名な否定派の場合は特に、積極的に弁護士のような論証をしています。アウシュヴィッツのガス室はカクカクシカジカな理由でガス室として機能しない、であるとか、火葬能力が足りないであるとか、証拠文書とされている文書は解釈を誤っていて証拠にはならないであるとか、それこそ否定できるところがある限り、必死で具体的な否定論を提示してホロコーストなどあり得なかったことを示そうとするのです。

ところが、そうした知識に乏しいネット否定派がネットにはたくさんいて、自らでは否定論を大して提示もせずに、「あったという側が証拠を出すべきだ!」とだけ主張するケースが頻繁に見られます。こうしたケースの場合、何某かの証拠を示したところで、決まってそれらネット否定派は「そんなものは証拠にならない」であるとか「それが証拠になることを示せていない」とか主張し始めるのです。そして、いくら証拠をたくさん示そうとも、それらのネット否定派は延々と否認の態度を取り続けるのですね。

これを、無限後退と呼びます。無限後退についてはWikipediaの説明がわかりやすいと思います。

無限後退(むげんこうたい、英: Infinite regress)とは、ものごとの説明または正当化を行う際、終点が来ずに同一の形の説明や正当化が、連鎖して無限に続くこと。一般に説明や正当化が無限後退に陥った場合、その説明や正当化の方法は失敗したものと見なされる

(強調は私)

強調した通り、否認の態度を取り続けるのみであるのは、実際のところは否認の正当化に対する失敗に過ぎないのです。刑事裁判を考えれば簡単にわかります。弁護人が、ただ単に「検察側の証拠・立証を認めません」としか言わないとしたら、その裁判は被告を無罪に出来るでしょうか?

「悪魔の証明」を言い出す否定派の勘違い

サイエンスライターの片瀬久美子氏が、謂れのない誹謗中傷をしつこく受けたので裁判に踏み切り、被告がその裁判に出廷せず片瀬氏の勝訴となった事例があります。

詳しくは上記リンクを読んでもらうとして、これも悪魔の証明の悪用になります。「ないことを証明する事は出来ないのだから、ないと言っている側に証明責任はない。片瀬氏の言っていることはこの論理の逆なのだから、もしそれを認めるならば、片瀬氏はないことを証明できると言っていることになる。つまり、片瀬氏を売春婦と呼んでも片瀬氏がそうでないことを証明できることになるのだから、できるのならやってみろ!」とこの裁判の被告は主張していたわけです。

この裁判では、被告の主張していたことがあまりにも酷い内容なので、どう考えても名誉毀損にしかならないわけですが、それはさて置くとして、被告は大きな勘違いをしています。その勘違いには二つあって、一つは片瀬氏の主張通り、全くの無根拠ならともかく、それなりの根拠があって不正を指摘されたのが当時の安倍総理なのですから、政治家として、あるいは行政府の長として説明責任があると考えるのが当然だということです。しかしここではそのこと自体はテーマではありませんので飛ばします。

二つ目は、誤った論理を主張する人には、その誤った論理を適用していい、という勘違いです。これは、議論の場でよく使われる論法の一つで、相手の口を封じるために使われます。「出来るというのならやってみろ! 出来るわけないだろーが!」のようなものです。この論法を使用する人が言いたいのは、相手の主張が間違っていることを示すことなのであって、片瀬氏の事例で言えば、片瀬氏を売春婦呼ばわりして良いということになるのではありません。従って、当該事例で被告が名誉毀損になるのは当たり前のことです。

これは、ネット否定論者が勝ち誇ったように悪魔の証明を持ち出す場合にも同様です。悪魔の証明それ自体は、その論理通りに、何も証明していないのです。何も証明していないのですから、ホロコーストがなかったことにはならないのです。悪魔の証明を否定論者が持ち出すのは、あくまでも、ホロコーストに関する証明・証拠を全く認めず、否定論者自身を納得させる証拠を出して証明しろ!とだけ言っているに過ぎません。

つまり、そんな事は出来るわけがないので、畢竟、ナンセンスなだけなのです。或いは、その否定論者は単に論敵に対して「黙れ!」と言っているだけ、と言えるのかも知れません。何れにしても、繰り返しますが、悪魔の証明は何も証明していないので、なかったことの証明でもありません。

ネット否定論者が「悪魔の証明」を言い出したらなんと言い返せば良いか?

しばしばネットで、他者の議論を見かけることもあるのですが、悪魔の証明に類することを否定論者に言われて、それ自体には反論し返せていないケースがあります。例えば「ホロコーストには証拠がない」などと断定的に言われて、知識がないために証拠を示せないケースです。

だからと言って、証拠に関する知識を増やすことを勧めるわけではありません。もちろん、証拠に関する知識はあるに越した事はありませんし、勉強にもなると思いますので、私の低レベルな翻訳記事などを使用して知識を増やすのも一つの手ではあると思います。しかし、「ホロコーストには証拠がない」という主張それ自体が、悪魔の証明であることを見抜く方が簡単です。

つまり、「ホロコーストには証拠がない、を証明したのか?」のように言い返せる余地があるのです。ない事は証明できないのなら、証拠がないことも証明できない筈です。或いは、「あるという方に証明責任がある」と主張されたら、「証明されていないことをどうやって証明したのか説明してみろ」のように仕返しするのも良いかも知れません。

というか、そもそも論になりますが、この世に、ホロコーストのような歴史的事実を証明しなければならない責任のある人などいないと思うんですけどね。

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