見出し画像

チクロンBの素材は珪藻土って本当?

今回は特にどうということもないかもしれない些細な事柄についての短い記事です。いつも長くてすみません😅

アウシュヴィッツのガス室で使われたとされる毒ガスはシアン化水素ガス(青酸ガス)ですが、その発生源はチクロンBという名の製品名を持つ薬剤でした。上の写真のように、缶の中に粉末よりは大きな粒状の、しばしば「ペレット」と呼ばれる素材にシアン化水素の液体が染み込ませてあったとされます。

このペレット自体は、ほとんどの説明では「珪藻土」と説明されているようです。日本語Wikipediaの「チクロンB」の説明でも、2024年4月現在、以下のように記述されています。

ツィクロンBはペレットやファイバー・ディスク、珪藻土などの吸着剤に、青酸化合物と安定剤、警告用の臭気剤(ブロモ酢酸エチル)などをしみ込ませた白色の粉状物で、これをブリキ缶などの密閉容器に保存した。

Wikipedia「チクロンB」より

珪藻土とは、これまたWikipediaによると、以下のように説明されています。

珪藻土(けいそうど、diatomite、diatomaceous earth)は、藻類の一種である珪藻の殻の化石よりなる堆積物(堆積岩)である。ダイアトマイトともいう。珪藻の殻は二酸化ケイ素($${SiO_2}$$)でできており、珪藻土[1]もこれを主成分とする。

Wikipedia「珪藻土」より

ところが、J・C・プレサックの『アウシュヴィッツ ガス室の技術と操作』を翻訳していた時に知ったのですが、以下のような記述が、同著をネットに公開したTHHPによって追記されていたのです。

転記者による注記:アウシュビッツ国立博物館館長から提供されたチクロンBペレットのその後の分析で、吸収基質はプレサックが述べたシリカではなく、安価な工業用吸収剤である硫酸カルシウムであることが判明した。

https://holocaust.hatenadiary.com/entry/2022/07/20/133355#p430

硫酸カルシウムの化学記号は、$${CaSO_4}$$であり、珪藻土とは素性が異なります。実は硫酸カルシウムとは、石膏の主成分であり、珪藻土と同じく天然素材の一つでもあります。

硫酸カルシウムの主な供給源は、天然に存在する石膏、硬石膏で、これらは世界中の多くの場所で蒸発岩として産する。露天掘りや坑内採鉱によって得られる。天然石膏の世界生産は年間約1億2,700万トンである[1]。

Wikipedia「硫酸カルシウム」より

さて、ではどちらが事実なのでしょう? その解説記事の翻訳に入る前に、ほんの少しですけれど、面白い事実を話しておきます。珪藻土にしろ石膏にしろ、その状態等にもよるのですけれど、ほとんど比重/密度が同じなのです。グーグル先生によると、以下のとおりです。

  • 珪藻土の比重(相対密度)は、2.3g/cm3

  • 石膏の比重は 2.23(g/cm3)

もしかすると、場合によっては、見た目、ほとんど区別がつかないのかもしれませんね。では、以下、THHPのハリー・W・マザールによる解説記事の翻訳です。

注意!:以下翻訳記事中には、顕微鏡写真が出てきますが、いわゆる「集合体恐怖症(トライポフォビア)」をお持ちの方は閲覧注意です。

▼翻訳開始▼


Zyklon-B

物理的構造と構成に関する簡単な報告

ハリー・W・マザールOBE著

謝辞

この研究は、ポーランドのオシフィエンチムにあるアウシュヴィッツ・ビルケナウ国立博物館のイエジー・ウロブレフスキ館長のご厚意により、物理的・化学的分析のために少数のチクロンBペレットをホロコースト歴史プロジェクトに提供していただいた[1]。歴史部門責任者のフランチシェク・ピーパー博士、出版ディレクターのテレサ・スウィボッカ、そしてガイド兼通訳のヴォイチェフ・スモレンにも感謝する;

はじめに

チクロンBは、第二次世界大戦前に一般的に使用されていた殺鼠剤であり、殺虫剤でもあった[2]。この製品に含まれる致死性の有効成分はシアン化水素で、温血動物には非常に低濃度で、昆虫にはかなり高濃度で致命的である[3]。IGファルベン[4]の子会社であるDEGESCH(Deutsche Gesellschaft für Schädlingsbekämpfung mbH /ドイツ害獣駆除会社)は、ドイツの2社(Tesch und Stabenow(テスタ)社、Heerdt-Lingler(ヘリ)社)にチクロンBの製造と販売の許可を与えた。チクロンBはまた、特許保有者I.G.ファルベンからのライセンスのもと、アメリカン・シアナミド社[5]によって、その一形態が米国で製造された。

シアン化水素は歴史的に、穀物貯蔵庫、果樹園、倉庫、鉄道車両、貨物船、潜水艦のネズミや害虫の駆除に使用されてきた[6]。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、米国では一般的に、実際に家庭で使用されていた[7] が、当時はその調製、貯蔵、使用は危険で不便なものであった[8]。ドイツの科学者たちは、シアン化水素ガスをさまざまな基材[支持体]に吸着させ、得られた生成物を密閉スチール缶に入れる方法を開発した。包装の際、基材とガスは安定化剤と、強い匂いと刺激性の警告剤と一緒にされた[9]。出来上がった製品は、通常のシアン化水素と同等の毒性と効果を持つが、かなり扱いやすいものだった。製造者は特許を取得し、この製品のプレゼンテーションの一つを「チクロンB(Zyklon-B)」として商標登録した。

缶を開けた後、短時間ではあるが、シアン化水素を保持する能力について、様々な異なる基質が選択された。シアン化水素は26℃弱までは液体だが、蒸気圧が非常に高いため、沸点25.6℃をはるかに下回る-10℃でも急速にガス化する[10]。特定の用途に適した基材を選択することで、状況に応じて毒ガスの放出速度を制御することが可能になった。この研究は、各基質のガス放出特性を記述することを意図したものではない。なぜなら、これは他の場所で十分に議論されているからである[11]。この研究の目的は、アウシュヴィッツとビルケナウのさまざまなガス室で、人間を殺害する目的で使用されたチクロンBの製造に使われた基質を特定することだけである。

チクロンB:基質

文献[12]と前述の出版物から、チクロンBは3つの基質のうちの1つを使って製造されたと断定できる:(a)厚紙または「lignin」ディスク、(b)珪藻土、(c)「Erko」ペレット。ピータースはこれらを「Pappescheiben, Kieselgur, and 'Erko' - Würfel.」と表現している[13]。最初の2つのペレットの組成は明確に特定されているが、3つ目の「Erko」ペレットの組成はかなりの憶測を呼んでいる。プレサックは、その記念碑的研究[14]の中で、「Erko」を「結晶」[15]、「Erkoとして知られる多孔質シリカ」[16]と様々に表現しているが、(a)は「木質繊維の円盤」、(b)は「ディアグリース」、つまりキーゼルグルまたは珪藻土の商標であることを正しく認識している。

多くの歴史家は、ガス室や害虫駆除室で使われたチクロンBは結晶か珪藻土であったと記述しているが[17][18][19][20][21][22]、珪藻土は常に、「結晶」やペレットではなく微粉末として提示されている。このため、ホロコースト否定論者は、根拠のある文章を攻撃するために、記述のわずかなズレを探し出そうとする。

アウシュヴィッツのガス室で使われたチクロンBペレット

方法論

些細なことに思えるかもしれないが、アウシュヴィッツ・ビルケナウ国立博物館の当局に、研究目的で、少数のチクロンBのペレットを入手できるようにしてほしいという要請書が提出された。2000年7月10日、そのペレット(もはや毒は出さないもの)はカバーレターとともに筆者に渡された。ペレットは、ほぼ正方形か長方形で、5×5×5~10mmの小さな白い立方体で、わずかに青みがかり、500mg以下である。手触りはカルキーで、普通のチョークのように多孔質のようだ。

珪藻土[23]と「ドライライト」(無水硫酸カルシウム)[24]のサンプルとともに、チクロンBペレットはメキシコシティのメトロポリターナ自治大学の電子顕微鏡学科に提出された。これら3つのサンプルは、単にサンプル1、2、3と名付けられた。この名門大学が選ばれた理由のひとつは、エネルギー分散型X線分析装置付属のLEO走査型電子顕微鏡を、著者の会社が販売・設置したからである。

3つのサンプルはすべて金属スタブに取り付けられ、Edwards社の高真空蒸着装置で金の薄膜がコーティングされた。これは走査型電子顕微鏡の標準的な手順で、電子ビームによる電荷の蓄積を除去する。3つのケースとも、電子ビーム電圧は20KVに設定された。各サンプルについて、増幅率を変えながら数回の露光を行った。この研究では、SEMで撮影した写真の中から3枚を選んだ:試料1は10,000倍、試料2は2,500倍、試料3は3,500倍に拡大した。

結果は劇的だ:

無水硫酸カルシウム(ドライライト)からなる試料1は、比較的高い倍率で見ても完全に非晶質である。細孔径は著しく小さく、1マイクロメートル以下である。

チクロンBペレットからなるサンプル2は、幅約1.5マイクロメートル、長さ7~15マイクロメートルの斜方晶の微結晶構造をはっきりと示している。孔の直径は数マイクロメートルである。

珪藻土(セライト、キーゼルガー、ディアグリース)からなるサンプル3は、直径約40マイクロメートルの珪藻の骨格化石をはっきりと示している。

走査型電子顕微鏡写真から、ナチスの収容所で使われたチクロンBが珪藻土でできていないことは容易に立証できる。しかし、画像からだけでは、その化学組成を確定することはできない。既知のサンプル1は硫酸カルシウムであるが、その非晶質構造はサンプル2の微結晶とは似ても似つかない。

この残された疑念を晴らすため、走査型電子顕微鏡に取り付けられたエネルギー分散型X線分析[EDX]アクセサリーを用いて、サンプルをさらに分析した。この装置は、無機材料の正確な定性および半定量元素分析を可能にする。従来のEDXは、少なくとも12以上の原子量から化合物または混合物中の元素を同定することができる。

ここでも印象的な結果が出た:

サンプル1は、カルシウム、酸素、硫黄の明確なピークを示している。これは、試料が可溶性無水石膏の形をした純粋な硫酸カルシウムで構成されていることから予想されることである。この特殊な形態の鉱物は結晶構造を持たない[25]が、孔の大きさは非常に小さい。

試料2も同様に、カルシウム、酸素、硫黄の明確なピークを示し、バリウムとアルミニウムのごくわずかな痕跡も見られる。硫酸カルシウムでもあるが、結晶構造を考えると可溶性無水物ではない[26]。

サンプル3は、シリコーンと酸素の強いピークを示し、カリウム、鉄、カルシウム、アルミニウムがわずかに含まれている。これは、珪藻土がほぼ純粋な二酸化ケイ素であることから予想されることである[27]。

チクロンBペレットと硫酸カルシウム試料のEDX分析を比較すると、両者の組成が同一であることがはっきりとわかる。実線が「未知」のサンプル、すなわちチクロンBであり、破線が硫酸カルシウムであることに注意。

チクロンBペレットのEDX分析(実線)と珪藻土のEDX分析(破線)を比較すると、チクロンBが珪藻土からできていないことが明らかである。

結論

立証できることは:

  1. 珪藻土は二酸化ケイ素で構成されている:SiO2

  2. アウシュヴィッツ・ビルケナウ国立博物館に保管されているチクロンBのペレットは、珪藻土から作られていない。

  3. チクロンBは硫酸カルシウムで構成されているが、硫酸カルシウムの可溶性無水石膏ではない。

  4. その微結晶構造から、チクロンBのサンプルは、鉱物無水石膏としても知られている無水硫酸カルシウムの自然形態か、石膏を摂氏650度以上の温度で加熱した結果生じた不溶性無水石膏のどちらかであると断定できる。どちらも微結晶構造を保っている[28]。

<以下省略>

▲翻訳終了▲

とはいえ、アウシュヴィッツで使われたチクロンBが全て、石膏(硫酸カルシウム)であったと結論されるわけではありません。たまたまアウシュヴィッツ博物館が保管していたサンプルがそうであっただけです。推測として、文中で脚注にて紹介されている文献に三種類の支持体があり、その中の「Erko」とか書かれているものが、硫酸カルシウムではないか? と考えられるに留まると思われます。

ともあれ、冒頭で述べたとおり、どーでもいい些細な話ではあります。が、一応の知識として、ちゃんと科学的に調べた結果はあるよということにはなるでしょう。だからなんなんだ? と言われても困りますが……、確かにマザールの仰るとおり「ホロコースト否定論者は、根拠のある文章を攻撃するために、記述のわずかなズレを探し出そうとする」のは事実でして、自分ら自身が間違いまくってるくせに、とにかく攻撃する部分を探し出しては「間違っている」と指摘して、どんな細かくどうでもいいような話でさえも、定説側を貶めようとするのです。マザールとしてはそうした部分へ対抗したい意志が強かったのでしょうね。

今回の記事は以上です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?