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私の内側にある美術 No.2 岸田劉生

岸田劉生(1891-1929)
38歳で生涯を閉じた大正の画家。後期印象派のゴッホやセザンヌらに一時的に共鳴したが、後にデューラーやファン・アイクなどのルネッサンスの巨匠に感化され、その懐古的画風を、日本独自のモチーフや表現技法と結びつけた。現実世界を美しくしようと努めるすべての者の心の内に宿る感性を「内なる美」と呼び、それを写実的絵画によって「外なる美」として、実体化させた。

自らの愛娘をモチーフとした「麗子像」はあまりにも有名である。しかしその一方で、個人的には、かつて東京国立近代美術館で見た「道路と土手と堀(切通之写生)」が今でも私の記憶の深い部分に留まって、私の心を掴んで離さないこともまた事実である。


「道路と土手と堀(切通之写生)」東京国立近代美術館蔵
「道路と土手と堀(切通之写生)」部分 東京国立近代美術館蔵
「道路と土手と堀(切通之写生)」部分 東京国立近代美術館蔵
「道路と土手と堀(切通之写生)」部分 東京国立近代美術館蔵

この絵を見ると、いつも生命の活力やエネルギーの流体について考える。

画面全体が大胆に歪められた遠近法に支配されている。なんの変哲もない風景が自らの意志を持ち、地面の内部に秘める力を外部に表面化しているようにも見えてくる。画面に表現された深い陰影からは、この空間が持つ温度やその熱エネルギーを間接的に読み取れる。そのエネルギーを私が受け取り、脈打つエネルギーが私の体内で鼓動する。

絵画と私の身体が連続するような経験。

道の向こうには何があるのだろう。
単調な道が続いているのかもしれない。
この不在な感覚が人間の想像を豊かにする。

一見、不自由で不在なことが、逆説的に最も自由で、最も存在を肯定することに関わってくるのではないだろうか。

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