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私の内側にある美術 No.5 レンブラント・ファン・レイン

レンブラント・ファン・レイン(1606年‐1669年)
オランダの人。光と影の表現を巧みに扱ったバロックを代表する画家の一人。生涯にわたって、約60点もの自画像の制作にあたっている。また、集団肖像の「夜警」は彼を世に広く知らしめた代表作品でもある。彼の絵画の画面には常に強烈な明暗が支配的であった。


「自画像」カッセル国立美術館蔵

この絵をはじめて見たとき、一瞬、「人物画」ではなく、むしろ「風景画」を見ているかのような錯覚が起こった。とても不思議な絵画体験であったが、じっくり考えてみると、強い光があたった右頬の部分が、朝日をいっぱいに引き受けた街の地表面に見えたのである。そして、その周辺に広がる深い陰影と闇の支配は、片方で都市が抱える孤独や静けさと類似して見えた。

空間のなかで光を支持するのは、他ならぬ陰と影である。それは、空間のなかに限らず、絵画のなかにおいても同じである。光は独立して存在することが許されない。陰影との対置にあって、はじめて、光の状況は了解できる。

レンブラントによるこの自画像は、そうした光と陰影の関係の本質に迫っている。街には必ず、暗がりやよどみが分布し、倦怠と不穏の空気が流れている。しかし、それを肌で感じとることができるのはすなわち、都市に光が存在するからである。両者の空間的同居こそが、都市の構造に複雑な重層をもたらす唯一の方法である。

今、日本の都市は昼夜明るさのみに満たされている。そして、都市を組織する個々の建築に求められるのもやはり明るさや正しさである。陰影や闇が存在する隙間はまずどこにも見当たらない。だからこの都市に生きる私は、このレンブラントの顔を見て、なんて素敵な「都市」の表情だろう、と不意に感心した次第なのである。

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