ゆか   2005.5.17

ひばりの親友のゆかは4月に引っ越してしまった。
一度引越しの話が本格化してそれは事情でだめになり、内心ほっとしていたのだが、結局また別の物件を見つけて引越して行ってしまったのだ。

子どものアトピーがひどいので、もう少し環境のいい所に引越したいと話していたから、「ああ、やっぱりそうなのか」と思った。
私もひばりもお互いに「寂しくなるね」と話してはいたのだが、もう言ってもしょうがないことだし、ひばりはひばりでほかの友達もいるようだからあんまり騒がないほうがいいのかなと思っていたのだ。

ゆかがいなくなって1ヶ月たった今ごろになって、ひばりが「ゆかがいないとやっぱり寂しい」とぽつりと言うようになった。

4年生になって学童がなくなって毎日家に帰ってくるようになったひばり。
ほとんど毎日いろんな子と約束をして帰ってきて、忙しく遊んでいるので、ゆかがいなくても案外平気なんだなーと思っていたのだが、やっぱりゆかは特別な存在だったみたいだ。
「ゆか、どうしてるかなぁ。友達できたかなぁ」
「私はゆかがいなくなって、親友がいなくなっちゃったよ」

この間の日曜日。ひばりが「ゆかに電話してみようかなぁ」と言い出した。
「いいんじゃない?」と言うと、お昼の後早速かけていた。
「あ、ゆか!元気?うん、どうしてるかなぁと思って。友達できた?」

クラスはどんな感じ?女の先生?やさしい?
誰が頭がいいの?なんていう子?あ、私はコウくん(優等生)の隣の席になったよ。うん、コウくん、いつも辞書を読んでる。
新しいお家は広い?ゆかの部屋はあるの?
え?とも(弟)が私と話したいって?いいよー。ともくん、元気?保育園行ってる?

うれしそうに話していたひばりが突然「え?今から遊ぶ?こっちに来るの?お母さんに聞いてみた?え?お母さんが行けばって言ってくれたの?」
いきなりゆかが家に遊びに来ることになり大喜びのひばり。

ゆかの家は6駅離れている。 電話を切って1時間ほどしたらゆかがやってきた。
「あ!ゆかだ、ゆか!」と、すみれもうれしそう。
久しぶりに会った二人はうれしそうに学校のことなどを話し始めていた。

その後、二人で和室にこもってなにやら遊び始めた。
ああ、ゆかが遊びにくるといつもそうだったなぁ。
後で聞いたら二人で「猫の気持ちごっこ」をして遊んでいたらしい。
…独自なごっこだなぁ…。

ゆかが帰る時間になり、みんなでマンションの玄関まで見送りに行った。
それまで元気にしていたひばりがゆかに向かって急に「ゆかがいなくなって寂しいよ。ゆかが親友じゃなかったらこんなに寂しくなかったのに」と言った。
それを聞いてゆかはにやっと笑って言った。

「うちらの出会いは特別だったもんね。学童に入ったばっかりのころにさー、他の女の子たちはみんなメソメソ泣いてて、なんだよ意気地がないなぁと思ってたんだけど、一人だけ泣かずにきょろきょろしている子がいて、それがひばりだったんだよなぁ。あ、この子とだったら友達になれると思って、”友達になろう”って声をかけたんだ」

保育園では泣き虫で通っていたひばりが、ゆかに見初められるっていうのも面白いなぁと思った。
でも男らしいゆかと一緒にいるおかげで、ひばりは自分も強くなったような気分でいられて、ゆかの真似をして男の子たちに言い返したりできるようになったのだから、親としてはゆかには感謝しているのだ。

負けず嫌いのゆかは最後まで「さびしい」とは言わなかった。
「今度は泊まりにおいで」私が言うとゆかはうれしそうに笑った。

ゆかのお母さんは昨年末に産まれた赤ちゃんをおんぶしてあらわれた。
「うわー、赤ちゃんも連れて来たの?大変だったねー」と声をかけると「ううん、大丈夫大丈夫」と笑い、ゆかと一緒に帰って行った。

あのクールなおかあさんがわざわざゆかをここまで連れてきてくれた気持ち。
ひばりが電話をしたら飛んで来たゆかの気持ち。
そしてそんなゆかを見送るひばりの気持ち。
なんだか胸が詰まった。

「あーあ。会ったら余計に寂しくなっちゃうね」私は言った。
ひばりは涙ぐむ私の顔を見て「私だって寂しいけど我慢してんだぞ」と言った。

いつのまにか泣くことを我慢するようになったんだね、ひばり。
「ゆかちゃんだって寂しいと思うよ」と言うと、「でも友達ができたって聞いて安心したよ」と言うひばりの顔がちょっとだけおとなびて見えた。


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