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トーマス・ロックリーは「日本は黒人奴隷発祥の地」と本に書いたのか?

トーマス・ロックリー氏の批判をする前に一読していただきたい。

「日本は黒人奴隷発祥の地」というデマ

「日本は黒人奴隷発祥の地」これはどう考えてもデマなのだが、
トーマス・ロックリーが「日本は黒人奴隷発祥の地」と主張した(ロックリーがデマの発生源)という情報が巷に溢れている。
以下は、ニッポンジャーナル(場外)というYouTubeチャンネルの中での井上和彦氏の発言。(2024/07/20に公開された動画)

(トーマス・ロックリー著『信長と弥助』の中に)
黒人奴隷と言うのは日本で始まってそれが世界に拡散したんだ、というような、そう取られかねない趣旨をしてるんです。

https://youtu.be/Df-LNjF-eT0?si=SrDhOlzV6pQiGOPl

このほかにも産経新聞のウェブ記事にこんなことが書いてある。

弥助を巡っては、2019年に日本大学准教授のトーマス・ロックリー氏が著書で、戦国時代の日本について「アフリカ人奴隷を使うという流行が始まったようだ」と記述しており、「偽史」の拡散を懸念する声も相次いだ。

https://www.sankei.com/article/20240724-WTXDURJJXJAK7DGLOI6HQMTIIY/

果たしてこれは本当なのだろうか。

検証に使う本

今回検証に使用するのは、2017年に日本で出版された「信長と弥助-本能寺を生き延びた黒人侍-」と2019年にアメリカで出版された「YASUKE」の2冊。
ロックリー氏の弥助に関する英語論文は未確認。
また、2021年にアメリカで出版された「African Samurai」という著書があるが、こちらに関しては友人を通して概要は確認済みで、上述の「YASUKE」の増補改訂版のような本であると思われる。内容に大きな差異は無いと見ていいだろう。
もし、これから私が書く記事の内容に反するような記述が、論文や「African  Samurai」に見られた場合は、当該箇所を引用の上ご指摘いただけるとありがたい。

信長と弥助-本能寺を生き延びた黒人侍-

2017年に日本で出版されたトーマス・ロックリーの著書。
訳者は不二淑子。
この本にはいくつか問題を複雑化される要素があるので先にあげておく

  • ノンフィクション歴史物語として発売されている

  • しかしほとんどフィクションのような風体で物語パートを記述している

  • あとがきではこの本は小説ではなく、学術論文の延長と筆者が述べる

ようは『正史三国志演義』みたいなもので、史実なのかフィクションなのかよくわからない作品なのである。
ひとまずここでは、史実に基づいた歴史物語(フィクションとも読めるし、人によっては史実と信じてしまう人もいる司馬遼太郎作品に近い)という認識で話を進める。

「YASUKE - The True Story of the Legendary African Samurai 」

2019年にアメリカで出版されたトーマス・ロックリーの著書。
共著にジェフリー・ジラード。
「信長と弥助」に比べ、より創作性が高い内容である。
少なくとも、「信長と弥助」を英語に直訳したというものではない
例えば、この二つの本には矛盾する記述がある。
本能寺の変を生き延びた弥助のその後について、
「YASUKE」では冲田畷の戦いで有馬晴信の陣に参加し、龍造寺隆信と戦ったという創作が描かれる一方、「信長と弥助」では冲田畷の戦いに黒人がいたことは事実だが、弥助ではないと否定している。
なぜ2017年に否定した説を、2019年では採用しているのかわからないが、ともかく、この2冊は別物と考えていいだろう。

検証に用いないもの

Wikipediaなどのオンライン百科事典、ロックリー氏のインタビューが掲載されたウェブ記事、YouTube動画、音声コンテンツ。

Wikipediaなどのオンライン百科事典は、基本的にいつでも編集可能なものであるため、検証に用いるのが難しいため。
ロックリー氏がオンライン百科事典の弥助に関する記事を、自分に都合よく改変していた問題が指摘されるが、オンライン百科事典の記事にどのような記述をして改変したか、までは検証することができないため、取り扱わない。
その点、著書は出版したあとは書き替えることができないため、検証することができると考える。

インタビュー記事、YouTube動画、音声コンテンツについては、一次情報ではあるものの、重要視はできない。
なぜなら、トークというのは、何度も推敲を重ねることができる文章と違って、言い間違えや言葉の選び間違えが起きやすいものだからである。
これはYouTuberとして発信している人間として、身をもって実感している。心にもないことをポロっと言ってしまったり、リップサービスが含まれていて真意ではない可能性もあるため、議論するのが難しいからだ。
ただし検証の中で部分的に言及する場合もある。

検証1:「信長と弥助」の問題となった記述

上述のニッポンジャーナル(場外)では
「信長と弥助」には、
イエズス会士は清貧の誓いを立てて奴隷制に反対しており、通常はアフリカ人を伴うことはなかったからだ。(中略)地元の名士のあいだでは、キリスト教徒だろうとなかろうと、権威の象徴としてアフリカ人奴隷を使うという流行が始まったようだ。”
と書いてあると言及する。そして実際、この文面を切り抜いてSNSなどで拡散するものが多数見受けられた。
たしかに、この文章だけを読むと
「イエズス会は奴隷制反対」+「日本でアフリカ人奴隷を使うという流行が始まった」=「黒人奴隷は日本発祥」
と捉えられてもしかたがない気がする。
しかし、中略を挟まず本文を読めば、これが誤解であることがわかる

イエズス会士は清貧の誓いを立てて奴隷制に反対しており、通常はアフリカ人を伴うことはなかったからだ。ポルトガルやアジアのほかの地域から来た貿易商たち──宣教師とは異なる行動原理を持つ外国人たち──がアフリカ人を伴うことはあったが、この当時は貿易商が九州沿岸にある港から離れることは滅多になかった。したがって弥助は内陸部に赴くたびに、大騒ぎを引き起こした。地元の名士のあいだでは、キリスト教徒だろうとなかろうと、権威の象徴としてアフリカ人奴隷を使うという流行が始まったようだ。弥助は流行の発信者であり、その草分けでもあった。

ロックリー・トーマス; 不二 淑子. 信長と弥助 本能寺を生き延びた黒人侍 (pp.13-14). 株式会社太田出版. Kindle 版.

”宣教師とは異なる行動原理を持つ外国人たちがアフリカ人を伴うことはあった”という記述からわかる通り、西洋でも貿易商による奴隷制度があったことは示唆されている
イエズス会士に関しても、”通常は”と前置きされており、他の箇所ではイエズス会士も奴隷を使役していた事実に言及している。

弥助の雇用主だったアレッサンドロ・ヴァリニャーノをはじめとして、アジア地域のカトリック宣教師たちは、公式には奴隷貿易に反対の立場を取っていた。一方、アジア(とりわけゴア)のポルトガル植民地、ひいてはキリスト教布教拠点が、アフリカ人、ポルトガル人、現地民の奴隷や契約労働者の労働力なしには成り立たないことも理解していた。そこで彼らは良心の呵責を和らげるため、奴隷の待遇の良さを強調し、奴隷の魂が救済される──自由な身分の異教徒よりも、魂が救済された奴隷のほうが幸いである──という宗教的解釈で奴隷制度を正当化した。

ロックリー・トーマス; 不二 淑子. 信長と弥助 本能寺を生き延びた黒人侍 (p.111). 株式会社太田出版. Kindle 版.

このようにしっかりと本文を読めば、「日本は黒人奴隷発祥地」だという結論は導きだせない。一部分だけを切り取った曲解なのである。
悪質な切り抜きと言わざるを得ない。こんなことがまかり通ってしまえば、誰も本など書けなくなる。

この点に関しては後日、ニッポンジャーナルにおいても、発言者の井上和彦氏が調査が浅かったことによる誤解だったとして、ロックリー氏に謝罪している。

また、「日本で奴隷が流行した」という記述が問題だと言う人もいるが、それもこの本のどこにも書いていない
”地元の名士のあいだでは、キリスト教徒だろうとなかろうと、権威の象徴としてアフリカ人奴隷を使うという流行が始まったようだ”
この”地元”というのは九州の一部地域を指す。戦国時代の九州地方はかなり特殊な地域であり、特殊な地域でのローカルなムーブメントを描いているのだ。
「歌舞伎町でドラッグが流行」と書いた文章があって、それを「日本はドラッグが流行している国」と解釈するのはやや大げさだろう。
この記述の元となった史料がなんなのかまではわからないが、リチャード・コックスのイギリス商館長日記などを元にした描写なのであれば、少なくとも歴史捏造の意図があったとまでは言えない。(史料を誤読、拡大解釈している可能性は否めないが)

九州の特殊性については私の動画でも言及しているので、詳しく知りたい方はそちらをご覧いただきたい。

検証2:2019年出版「YASUKE」に同様の記述があるのか。

改めて産経新聞の記事を引用する。

弥助を巡っては、2019年に日本大学准教授のトーマス・ロックリー氏が著書で、戦国時代の日本について「アフリカ人奴隷を使うという流行が始まったようだ」と記述しており、「偽史」の拡散を懸念する声も相次いだ。

https://www.sankei.com/article/20240724-WTXDURJJXJAK7DGLOI6HQMTIIY/

この著書が「YASUKE」とは明記されていないが、2019年に出版されているのはこの「YASUKE」のみなので、この本のことを指すと思われる。

しかし、本文中のどこにもそのようなことは書いていない。
「信長と弥助」にあった、「地元の名士の間で黒人奴隷が流行」という話も見当たらない。
それらしい記述があるとすれば、この部分になろうか

He was a trendsetter and pioneer who allowed other foreigners to be employed in Japan in droves for decades after until Japan entered a new age of maritime restrictions in the 1630s.

Lockley, Thomas; Girard, Geoffrey. Yasuke: The true story of the legendary African Samurai (English Edition) (p.360). Little, Brown Book Group. Kindle 版.  

弥助がtrendsetter(流行の先駆け)であると明記する。
しかし、本文を見てわかる通り、この流行とは、「foreigners to be employed in Japan」(日本で雇用される外国人)を指す。
すなわちウィリアム・アダムス(三浦按針)などの日本で雇われた外国人たちのことだ。この文面からは「日本で黒人奴隷が流行した」とまでは読み取れない。

このことから、産経新聞web記事の記述は誤りと思われる。

結論

この2冊の本を読んだ限りでは
「トーマス・ロックリーが『日本は黒人奴隷発祥の地』と主張した」という事実は無い。
そもそも、そういったデマを世界に発信する意図があれば、日本語版にはあえて書かず、英語の著書にだけ書けば良い。
もし、この本以外の場所で、上記のデマをロックリー氏が発信しているものがあるなら、証拠を提示してコメントしていただけると助かる。

事実無根な誹謗中傷は、名誉毀損となる。こういったデマを声高に発信する相手にたいして、ロックリー氏が訴え、損害賠償にまで発展する可能性も否定できない。
二次情報、三次情報を鵜呑みにして、他人を批判することがいかに危険か、お判りいただけただろうか。

この件には、他にも様々な問題を孕んでいるが、私一人で全てを網羅することはできないため、取り上げない。

本記事は、「トーマス・ロックリーが『日本は黒人奴隷発祥の地』と主張した」というデマが本当かどうかを検証したのみである。


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