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【不定期連載】経済法入門(第4回中編)

 「共同して」の要件については、前回説明しました。今回は応用的な部分について踏み込んでいきたいと思います。もっとも、初学者の場合には飛ばしても大丈夫です。
※短くなりました…。

1.応用(軽く)

1.1.当事者の認識
 意思連絡については、前回でだいぶ分かってもらえたと思います。
 もっとも、認識や予見はどの範囲についてまで必要になってくるのでしょうか。すなわち、合意の内容や参加者の範囲について完全に認識・予見している必要があるのかという問題です(刑法の共謀内容の認識と似たような話です)。
 ここで、不当な取引制限がなぜよくないのかということ(趣旨)に遡って考えていきたいと思います。不当な取引制限は、他の人と協力して競争をしなくなってしまうことがよくないということでした。競争をしなくなってしまうと、より品質が良く、より安い商品が市場に出回らなくなってしまい、一般市民の人が困ってしまいます。趣旨はそれを防止する点にあります。
 そうであるなら、合意の内容や参加者の範囲について完全な認識をしている場合に限る必要はあるでしょうか。概括的な認識であっても、誰かと協力プレイをしていることに変わりはありませんし(片面的ではない)、そのような反競争効果を生じさせるものであることには変わりがないことからすれば、完全な認識まで要求するのでは狭すぎます。特に、人が多くなったり、順次に意思連絡がなされるような場合に完全に把握しているということは困難です。しかし、そういったものについてもしっかりと制限すべきなはずです。そのため、概括的認識があれば足りると考えられます。
 この点について、菅久修一ほか「独占禁止法〔第4版〕」22頁(商事法務、2020年)では、

「意思の連絡は、一定の取引分野における競争に影響を与える内容のものであれば十分であるから、合意の詳細な内容や合意の参加者の範囲について、合意に参加するすべての当事者の認識が完全に一致している必要はない」

としています。
 また、

「事業者は、合意の内容や参加者の範囲について厳密に確認しなくても合意に参加することのメリットがあると考えれば合意に参加するであろうから、意思の連絡の内容についての当事者の認識の完全な一致は要求されていない」(同23頁)

としています。
 さらに、東京高判平成20年4月4日・平成18年(行ケ)第18号審決集55巻791頁〔判例2〕では、

「意思の連絡があるというためには,複数事業者間において,相互に,討議研究会で決定した基準価格に基づいて価格表価格及び販売価格を設定することを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思があれば足りるのであり,」「このような意思を有する事業者の範囲を具体的かつ明確に認識することまでは要しないものと解するのが相当である。」

としており、概括的認識をもって足りると考えています。
 色々書きましたが、イメージとしては、その認識の範囲でもアウトなんじゃないかといえるかだと思います。その認識の範囲でも、結局反競争的効果を生み出すのであれば、それは禁止した方がいいですね。

1.2.意思連絡の方法
 次に、意思連絡の方法ですが、全員で直接やり取りをする必要はありません。誰かが連絡役になって、事業者の間を取り持つというやり方でも意思連絡は成立します。刑法の共同正犯の場合にも、順次共謀の場合には直接の意思連絡がない者が生じることとなりますが、それと同様の考え方です。

1.3.決定権限の有無
 最後は、意思連絡をする主体って誰でもいいのかということです。すなわち、会社にはいろいろな役職の人がいると思いますが、その中で意思決定権限を有していない者によってなされた場合にも「共同して」といえるのかという問題です。具体的に言えば、意思決定権限がある人によってなされれば、会社の行為として協調的行為がなされるので、実効性があります(反競争効果が生じます)が、末端の人間のような意思決定権限のない人が勝手に約束(合意)をしてきても、それは会社の意思決定に反映されないため、反競争効果は生じえないのではないのかということです。

【図】
①意思決定権限のある人⇒会社の意思決定⇒協調的行為⇒反競争効果
②意思決定権限のない人⇒『?』⇒会社の意思決定⇒協調的行為⇒反競争効果

 不当な取引制限の趣旨が反競争的効果が生じることを防止することからすれば、そのような効果が生じない者が勝手に合意したにすぎない場合については無視してしまっても問題ないはずです。
 しかしながら、意思決定権限のある人が直接合意をせずとも、「意思決定権限のない人を手足として用いているような場合」や「結果として意思決定権限のある人に伝達されて決定される場合」も存在します。そして、そのような場合には最終的に会社の意思決定となるわけですが、かかる場合を除外することは趣旨を没却することになりかねず妥当ではありません。すなわち、意思決定権限のある者が表にさえ出てこなければ(直接意思連絡をしなければ)不当な取引制限が成立しないことになってしまい、適用範囲が狭くなりすぎてしまいます。そうだとすれば、そのような場合にも反競争効果を生じさせるものとして意思連絡を認めるべきです。
 この点について、ポリプロピレンカルテル事件(東京高裁判決平成21年9月25日)は、

「部長会のメンバーに値上げの実質的権限がないという点については、前記のような『意思連絡』の趣旨からすれば、会合に出席した者が、値上げについて自ら決定する権限を有している者でなければならないとはいえず、そのような会合に出席して、値上げについての情報交換をして共通認識を形成し、その結果を持ち帰ることを任されているならば、その者を通じて『意思連絡』は行われ得るということができる。」(菅久 同24頁)

としています。

【図】
②意思決定権限のない人⇒『意思決定権限のある人』⇒会社の意思決定⇒協調的行為⇒反競争効果

 ざっくりとしたイメージとしては、決定権限のある人が直接意思連絡をしていなくても、その会合等での合意の結果が決定権限のある人に伝わって、決定がなされていれば意思連絡を認めていいと思います。

※入札談合については、入札談合の回で説明します。

2.まとめ

 短くなりましたが、「共同して」の要件は今回で終わりです。少し難しい話なので、前回の話を理解してもらえれば大丈夫です。

3.判例

〔判例2〕元詰種子カルテル事件(百選25)

・判旨
原告の主張
 32社の間には相互拘束性があるというために必要な相互認識がなく,不当な取引制限にいう相互拘束性の要件を欠いている。
 不当な取引制限にいう「他の事業者と共同して」とは「事業者間の事前の意思の連絡」を要するところ,相互に事業活動を拘束することの前提として「個別認識(意思の連絡をしているのは誰か)」と共に「相互認識」を要するものというべきである。本件審決は,32社に「本件合意の主体であるという概括的認識」があったとしており,これをもって相互認識として足りるとするもののようであるが,概括的認識では相互認識は有り得ないから,本件審決の認定は違法である。
被告の反論
 意思の連絡における相互的認識・認容の相手方は,常に個々具体的に特定されている必要はなく,多数の合意参加者のうち一部に離脱者や途中参加者があったとしてもそれを逐一把握している必要はない。要は,各参加者に大体どの範囲のものという程度の共通認識があれば意思の連絡としては十分であり,これをもって各社が共通の認識を持つことは可能であるから,概括的認識で足りるとする本件審決に誤りはない。
裁判所の判断
 意思の連絡があるというためには,複数事業者間において,相互に,討議研究会で決定した基準価格に基づいて価格表価格及び販売価格を設定することを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思があれば足りるのであり,代表者等の供述によると,32社は,元詰部会の構成員である事業者が,取引先が国外の事業者であるなど特殊な事業者である場合を除き,概ね討議研究会において決定した基準価格に連動した価格表価格を設定するものと相互に認識していたこと及び現に4種類の元詰種子について9割を超えるシェアを有する32社が基準価格に基づいた価格表価格の設定を行っていたことが認められるところ,多数の事業者が存在する市場においては,上記の程度の概括的認識をもって意思の連絡があるものと解すべきであり,このような意思を有する事業者の範囲を具体的かつ明確に認識することまでは要しないものと解するのが相当である。

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