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ホークスの災い転じて、祭りと握手(2023.7.30 Sun H6x-5M)

「あんだこのタコ」
 隣の客は、くちが悪い。
 ホークスの打者が凡退するたびに悪罵が出る。
 三振でチェンジだと、席を立ちしな「バカ、コンにゃろ」…
 刈り込んだ髪、浅黒い顔が某芸人に似ている。


 7月30日、PayPayドームのレフトスタンド、対マリーンズ戦。
 隣席の観客の良し悪しは、スポーツ観戦の心象を大きく左右する部分だが、芸人氏はなかなかに悪いほうへ属する。
 特にリチャードが打席に立つと、悪罵が増える。
「あいつ、071(ゼロナナイチ)だってよ。もう応援しても仕方ねえよ」
「リチャードの応援歌、あったんだ。知らねえし」
 071とは打率.071のこと、今季まだ1安打。
 前日に栗原陵矢内野手が負傷して左ひざ炎症で登録抹消、代わりにリチャードが二軍から上がってきたが、3打席無安打である。ホークスの救世主にはなれそうにない。

 この日はイベントデー「鷹の祭典2023」の最終日、観客にはエメラルドグリーンのレプリカユニフォームが配られる。
 毎年、「鷹の祭典」でのホークスの成績は悪いが、今年もひどいもので8戦全敗。口さがない野球好きは「祭」を「災」(わざわい)にして「鷹の災典」と命名、僕もTwitterにそう書いた。企画した方々には悪いけど、あまりにも勝てないのなら、イベントをやめてしまえばいいのにと思う。
 栗原負傷退場のせいで、ホークス打線にはスカスカ感がある。
 アストゥディーヨ、打率1割台の五番打者で大丈夫なのか? 丸々とした体形は、29年前、1994年夏に福岡ドームで見た「トラックスラー」選手を思い出させる(知ってますか?)。
 さらにリチャードの打率は低く、0割台。
 それでもホークスファンは、エメラルドグリーンの8戦全敗「必敗ユニ」をみんなで着て、けなげに応援していた。
「鷹の祭典2023」は本日最終日。せめて今日は勝ちたい、と思うのが人情だろう。

令和のトラックスラー? アストゥディーヨ


 ホークス先発・和田毅は5回3失点だが自責点1、差分の2失点は三塁悪送球、これは投げた柳田悠岐も悪いが、サードのリチャードが後ろへそらすのもどうか? というエラーが原因だった。自責点のタイムリーヒットにしても、レフト近藤健介の追い方が良くなかった。
 和田は自分の投球をしていたように見えた、ゆえに観客としては、なぜこうなる? という悔しさが残る。
「これが鷹の災典か…」初体験の僕にもわかる苦しみだ。
 5回に8番今宮健太の強い当たりがレフト(ちょうど僕の目の前だ)ホームランテラスに飛び込んだが、6回に津森宥紀(走者は田浦文丸が出した)、7回に甲斐野央が続けて打たれ、さらに近藤が足を負傷して周東佑京に交代した。
 これぞ「災」典。栗原に近藤まで抜けたら、ホークスはどうなるのだ?

 3回あたりから、横の芸人氏がマリーンズの応援歌を歌い始めた。
「駆け抜けろホームまで 荻野貴司~!」
 僕と反対側に座る、友人らしきマリーンズファンに合わせて歌っている。どうにも「鷹の災典」で勝てない、12連敗してしまう「らしくない」ホークスへの恨みつらみが爆発したか。
 僕も大量点差でベイスターズが負けていると逆切れして、例えば「宮島さんの神主は~」と歌ってしまう悪癖があるけど、芸人氏も僕と同類なのだろうか。
 つい、つられて荻野の応援歌を口ずさむ。名曲だからね。

 ホークスは7回に9番甲斐拓也がレフトへホームラン、これで2点差。
 そして8回、途中交代の2番増田珠・3番周東連続ヒットのあと、4番柳田に適時二塁打が出て1点差。無死二、三塁となり、「令和のトラックスラー」5番アストゥディーヨの犠飛で5対5の同点まできた。
 エメラルドグリーンの観衆、喜びが爆発する。
 さらに6番中村晃四球、7番リチャードの代打(仕方なし)柳町達のヒットで一死満塁としたが、今宮が打ったレフトフライが浅く、三塁走者・柳田がタッチアップできない。

「走れよ、この××!」芸人氏が柳田に向かって叫ぶ。
「いや、あれは無理ですよ」
 つい、ギータを擁護してしまった。
「あ、そうっすよね」
 芸人氏、意外に素直な男だ。
 さきほどから芸人氏のことを横で感じていて思ったのは、どんなに悪罵をつぶやいていても、ロッテの応援に浮気しても、ホークス愛は隠しようもないということ。ホークスの攻撃の時は粘り強く手をたたき、歌を歌っている。
 そして、悪罵はサッと言うだけにとどめ、後をひかないようにしている。まあ悪口は言うよりも言わないほうが良いわけだが……
 リチャードの悪口を言いながら、いちばん熱心に応援していたのはリチャードだった。柳町が代打に出てきたときの反応、「そうだよな代打だよな…」と言いながら口ごもるので分かった。

 芸人氏もなにかを隣の僕に感じたらしく、話しかけてきた。

「ホークス、どう思いますか?」

「エラーが出ているから本調子で無いだろうけど、本当の力はこんなものじゃないよね」と僕。

「そうですよね。ただ、災いの祭典って言ってるけど、単にホークスが自信を失っていて、相手より下を向いているだけだと思うんですよ。本当の実力を出せば、災いなんて無いんですよ」

 思ったより冷静で、現状を分かっている様子だ。
 その後も芸人氏の話を聞く。

「ついこの間まで日本一だったのに、どこでつまずいたんだろう?」

 そう言って黙った。

コロナ後では初めて、ジェット風船を見た


 きょうホークスをレフトスタンドから見ていて、ベイスターズに似ているな、と思った。
 貯金の数も順位も似ているけれど、優勝目指しているのに身体が思うように動かないようなもどかしさ、実力者がいるのに結果をだせない悔しさ……
 報われない好投、失点に直結するエラー、もたつく守備走塁、見えぬ覇気。

 僕はこれまで「判官びいき」を野球観戦の根本に据えてきた。日本最強のソフトバンクホークスを応援したことは無かった。
 だけど、「災い」とか「イベント9戦全敗」とか、そんなことが許されていいわけがないと思いはじめた。イベントに関わる人々が全く報われないのはどうよ?
 僕も芸人氏も「偽悪」のそぶりをしているが、ひいきチームの不調を正面から受け止めているのは同じだ。
 この災いを払いのけるために、今日だけは芸人氏とともに、ホークスを応援してやろうと決めた。

 延長11回、7番の途中出場・川瀬が四球を選ぶ。今宮送りバント、代走野村勇(いさみ)。甲斐が凡退も1番牧原大成が敬遠、増田がレフト前ヒットで二死満塁となった。
 打席には、近藤に代わりセンターに入っていた周東、既にヒットを放っている。
 芸人氏は周東が打席に入ると「ホームランホームラン周東!」と言う。
 打率1割台、今季1本塁打の周東が?
「周東は長打力ありますから」芸人氏が断言する。

 僕は僕で悩んでいた。そろそろ、福岡から東京へ帰る時間が迫っていた。18時59分の最終「のぞみ」に乗るためには、ドーム周辺の混雑を考えると17時すぎには出たいと計算していた。
 いま、17時をとうに過ぎた。ヤバい。延長12回はもっとヤバい。

 ……周東佑京くん。
   あなた、群馬の子だよね? 東農大二だよね? 関東だよね? 
   最終の「のぞみ」に間に合わないと、オレが帰れないの、分かるよね?
   すぐに試合を決めるヒット、ここで打つよね?
   分かるよね?

 こういう自分勝手なお願いを、まことに失礼ながら周東選手に念じていた。

試合を決めたのは周東佑京!


 いやー、打ったよ周東サヨナラヒット。スマホごしに見たウォーターシャワー。
 「鷹の祭典2023」は、災いじゃなくて、祭りだ。ここに開幕&終幕。

 心から感動しているときは声が出ないものだ。
 そこへ芸人氏が右手をサッと出した。握手。

「あなたのおかげですよ。ありがとうございました」

 何もしていない。話を聞いただけだけど、そう言ってくれると嬉しいねえ。

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