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【コラム】羅針盤が示す先は

試合の振り返りはしません。仙台の戦術藩の方々が読み応えのあるレビューを書いているのでそちらを確認しましょう。

ここでは仙台に"惨敗"を喫した我がクラブを前にして感じたことを、備忘録というか整理する意味合いで残してます。かなり主観ですが、たかが個人ブログのコラムだから良いよね?

①人気のあった高木監督、批判の的になった手倉森監督

そもそも高木琢也はサポーターからの人気が非常に高い監督だった。実直で落ち着いた語り口から溢れる"長崎のおっちゃん"感は親近感を抱かせつつ、経営危機に際しては現場と選手を全面的に守る強い姿勢を見せてくれた。J2に昇格してから高木監督と続けてきた航海は2017年のJ1昇格で最高潮を迎えたが、降格の責任を取らされる形で契約満了となり、5年続いた高木政権は終焉を迎えた。

新たに親会社となったジャパネットが後任に選んだのは手倉森誠。仙台をJ1に定着させ、日本代表スタッフとして第一線で活躍してきた実績十分の指揮官だった。ボール非保持を極めて昇格した高木長崎が一本槍で残留を果たすにはJ1の壁はあまりに厚く、最下位で降格したクラブは手倉森監督の元でボール保持路線に大きく舵を切る。しかしそのような大転換がいきなり上手くいくわけはなく、また古今東西長期政権の後は難しいという事例に漏れず、2019年の手倉森長崎は「1年でのJ1復帰」を至上命題に掲げながらJ2・12位という不本意なシーズンを過ごした。硬派な高木監督とは対照的に駄洒落がちで口が軽く、シニカルな発言も多かった手倉森監督を受け入れられないサポーターは成績の低迷に比例して増えていった。

2020年には原崎ヘッドコーチと吉田コーチを招聘、カイオセザールと秋野を中心とする可変システムを軸に序盤は順調な滑り出しを見せた。ボール保持に固執するあまり推進力に欠けて勝てない時期もあったが、続出した怪我人を何とか誤魔化しながら最後まで昇格争いを演じた。就任当初から標榜していた「柔軟性と割り切り」を体現できる所までチームを成熟させたものの結果は勝点80の3位、4位とは15ポイントの差を付けたが昇格まであと4ポイント足りず、昇格プレーオフが開催されないレギュレーションがあまりに悔やまれる幕切れだった。裏でコソコソと後任人事に動いていたフロントに「もっと一体感が欲しかった」と恨み節を残した手倉森監督は、契約期間を1年残しての解任となった。

ただでさえオフシーズンの短かった(次シーズンへの準備期間の短かった)2020年末に、若手を伸ばしながら勝点を80まで積み上げた監督をクビするとは思ってもみなかったが、SNS上では「これだけの戦力を有して昇格に失敗したのだから解任やむなし」という声の方が多かったように思う。相変わらずの軽口で物議を醸した点も心証を悪くし、手倉森監督は最後まで長崎サポータの心をガッチリ掴むことが出来なかった。結局手倉森長崎は「個人が目立つだけで戦術がない」「展開が地味でつまらない」という評価で語られる事になった。

②仙台との因縁があんねん

手倉森監督が古巣の仙台から声を掛けられたのは、長崎を追われてから直ぐの事だったようだ。ほどなく仙台復帰が決まった手倉森監督は原崎ヘッドコーチ、貝崎分析コーチ、そして氣田亮真を手土産に携えて帰還した。後に出た地元紙の総括によれば長崎フロントとしてはここまで引き抜かれるのは想定外だったようだが、そりゃ(監督を解任したんだから)そう(ある程度引き抜かれる)だろとしか言いようがない。

長崎は声を掛けていた外国人監督にも振られたらしく、慌てて吉田コーチを監督に据えるもスタートダッシュに失敗。継投した松田浩監督は2位京都以上のペースで勝点を積んだが、結局2年連続あと一歩のところで昇格を逃す結果となった。結果は出なかったもののボール保持を軸にしたスタイルから、ボール非保持志向(あくまで志向)へ再び舵を切り直す事でチームは確実に良い方向に進んでいるように見えた。

一方で手倉森仙台も大いに苦しみ、結局は降格の憂き目にあった。初めてJ2で対峙することになった仙台との対戦を心待ちにする長崎サポーターの声は多く、元長崎の選手が3人でSNSに載れば神経質に反応するくらいには過敏だった。氣田に続き(松田体制で出番が限定されていたが)富樫と名倉まで仙台に移籍して、角田誠コーチとロドリゴ通訳もいて、ピッチ上で表現されているのは2020年の手倉森長崎を感じるサッカー。原崎監督にバトンタッチしてるとはいえまさに「絶対に負けられない戦いがそこにはある」というやつで、あの日決別した手倉森長崎を松田長崎が打ち破り、長崎を離れた選手やスタッフが歯軋りして悔しがる光景を多くの長崎サポーターが期待した。

③待っていたのは最低の週末

だからこそ、よりによって富樫と氣田に恩返し弾を喰らった0-2の敗戦は心から堪えた。ありていに言えば自尊心を大きく傷つけられた、と言っても過言ではない。試合の半分以上を長崎が支配したもののファイナルサードの崩しは単調で決定機すら作れず、頼みのブラジルトリオは試合の中でほとんど優位になれない。対する仙台は相当苦しいながらも一瞬の隙を見逃さず2点を取って勝ち切る、その姿はまさに手倉森監督が標榜していた「柔軟性と割り切り」に他ならなかった。あの日見切りをつけた手倉森長崎にまんまとやられた試合を目の前にして、長崎のフロント陣は何を思っただろう。

長崎と仙台の間にある差は大きい。そこにはもちろん積み重ねてきた歴史の差という埋めがたいものもあるが、それ以上にクラブとしての機能性の差が出ているように思う。それはプレーモデルとか、クラブの哲学とか、指針という言葉で表される。長崎というクラブが何処へ向かおうとしているのか、その羅針盤は正しく目的地を向いているだろうか。「3度目の正直」で今年こその昇格を目指している長崎だが、今のところは「2度ある事は3度ある」コースに乗っている。相対的で運の要素も大いに絡むサッカーに絶対はないが、勝てる可能性をクラブとして正しく見積もって、的確な修正していく必要がある。右往左往しながら辿ってきた道のりを今一度振り返る契機となれば、長崎にとってこの歴史的な"惨敗"も価値あるものに出来るかもしれない。

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