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アレックス・ロス・ペリー『The Color Wheel』(2011)

 映画の情報をチョロチョロ調べていれば、アレックス・ロス・ペリーという名前には覚えがあるはずだ。第一作『Impolex』(2009)でピンチョン『重力の虹』の非公式映画化を果敢に試みて以降、小規模な映画作りを貫いているインディーズ映画作家である。2018年現在、既に長編は5作ある。しかし作品は一本も日本語環境で観ることはできない[*1]。
 今回見たのは、長編2作目『The Color Wheel』(2011)。上に書いた通り日本語字幕はなく、英語字幕すらない。故に(私と面識のある方は、良くご存知だろうが私は外国語が全くできない)、理解は一割に満たないということを最初に御断りしておく。しかしそれを差し置いても、充分過ぎるほど心に突き刺さる痛切な傑作だったから、敢えて紹介してみることにした。
 本作は、良い歳して夢見がちな姉と、陰気な弟の小旅行を描いたロードムービー。姉のJRはニュースキャスターを夢見ていて、「高校生か!」という未来予想図を持ち歩いてるオトナコドモ。彼女が、元彼(彼女の教授?らしい)の家から自分の荷物を運び出すために、弟の家に押しかけるシーンから物語は始まる。
 本作はコメディである。目的地までの道中で、モーテルに泊まる際に新婚さんのフリをするシーンがとにかく居たたまれなくて面白い。(名字が同じだから)IDを証拠として提示すると、モーテルの主人は「全てのカップルにはキスを見せてもらうルールだ」と言い出し、姉弟はキスせざるを得なくなる…。しかも、こんな思いをして借りた部屋では、隣のSEXが丸聞こえ。「クリシェだね」という台詞がある。たしかに…。
 弟も姉のためにわざわざ小旅行に同行するのだから、もちろん根っから仲が悪いわけではないのだが、姉弟は常に喧嘩し通し。モーテルに泊まれば口喧嘩、道を歩いては口喧嘩、車の中でも口喧嘩、食事をしても口喧嘩。しかしこの映画は、喧嘩ばかりの姉弟が、いかに「自分たちには、自分たちしかいない」のか自覚する映画なのだ。
 映画の終盤、訪れた街で姉のJRは学生時代の仲間と再会し、同窓会(?的な顔なじみだらけのパーティ)に参加することになる。勿論、弟は道連れだ。わざわざ冴えない格好の弟のコーディネートまでしてやり、新しい服を買い、気合いを入れる姉。どうやら関係者がいるらしく、見初められればニュースキャスターになるためのコネも作れそうなのである。
しかしながら、結果は散々に終わる。堅実に生きる元学友たちは、姉のJRをコテンパンに笑い者にする。同行した弟は、ジョックス感溢れる参加者たちにからかわれ、虐められる。「あぁ、もう最悪…」とパーティ会場を後にするふたり。その後の展開が強烈で、ソファで寝る前に本を読む姉と、気まぐれにやってきた弟が、つらい気分をお互い慰めながら話をする。笑う。泣く。そして最後はキスをして、最後は半ば近親相姦的シーンにもつれ込んでしまう…。
 本来ならば、近親相姦シーンには拒否感を感じるものだ。勿論、血の繋がらない家族の中の男女の恋愛話はあるけれど、こちらはモロの姉弟なのだから。気持ち悪いはずなのだ。しかし実際感じるものは、哀しみの滲む安心感、涙ぐましいほどの切実さである。我々は散々、姉弟が社会から拒絶される様を1時間以上見せられる。そんな結果、口喧嘩ばかりの唯一の理解者と結びつくのは、倫理に反していたって喜ばずにいられるだろうか。彼らには、彼らしかいない。
 最後のシーン。旅は終わり、弟は家に帰っていく。弟には同棲している彼女がいるのである。別れの挨拶を済ませ、車の中に戻った姉は独り泣く。「わたしたちには、わたしたちしかいない」と実感した次の朝、相手と別れたのだから当然だ。次のカット。閉じられていたドアが開く。映画は終わる。
 言うまでもなく、このドアは弟の家のもの。弟は一度家に帰り、しっかりドアを閉じて恋人と抱擁するシーンがある。しかしドアが再び開くと言うことは…非常に希望を持たせる上品なラスト。エンドロールのバックには車が走る画。彼らの人生の旅は続くのだろう。今後は姉弟ふたり、しっかり手を携えて。

 ストーリーばかり説明していたのは、台詞のほとんどわからない映画を自ら再確認する必要があったから。結構長くなってしまった。
 本作は16mmフィルムで撮られた白黒映画で、監督のロス・ペリーは脚本も務めるほか、弟役で主演もしている。調べてみると元々役者出身のようで、こんな冴えない人物の映画を撮っていながら、結構男前(かつ、勿論才能もあるのだから)なのが少々腹立たしい。嘘です。脚本は姉JR役のカレン・アルトマンとの共同執筆なのだから、本作は主演ふたりの正に共同作業の結実した映画といえる。
 撮監は『Good Time』(2017)が素晴らしかったショーン・プライス・ウィリアムズ。彼は本作の後のロス・ペリー作品にも参加しているほか、本作出演のケイト・リン・シェル主演作『ケイト・プレイズ・クリスティーン』(2016)でも撮影監督を務めているので、ロス・ペリー組は幸福な付き合いが続いているのかも。
 とにかく台詞が膨大で、しかも早いので、字幕なしではとてもじゃないが詳細は追いきれない。しかし気がめげそうになった時は、ラングロワの名言を思い返して、是非物怖じせずに見てみて欲しい。ほんとうに素晴らしい姉弟映画なので。
 ロス・ペリー作品の日本公開を祈りつつ。

※本稿は、2018年4月に書いたブログ記事「『THE COLOR WHEEL』(2011)、わたしたちには、わたしたちしかいない。」の転載(加筆ゼロ/無駄に長い前置きのみ割愛)。まだブログ自体も生きてますが、使ってないのでnote内でまとまってた方が良いかなとも思い。
*1 ちなみにこの後、監督第五作が『彼女のいた日々』 として配信スルーとなり、日本でも──たった一作ではあるが──作品を見ることが可能になった。

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