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監督デヴィッド・フィンチャーによる『ゾディアック』音声解説から知ることができる62の事柄

 ぼくは映像ソフトの特典では「コメンタリー/音声解説」が一番好きだ。まず何と言っても、他のあらゆる特典映像と比較しても尺が格段に長い。そして実際の本編を再見しつつ、同時に特典=情報もインプットできるという意味で、効率も良い。実際に映像が映っている方が、やはりメイキングやインタビューでのシーンへの言及よりも、より具体的で細かなポイントがわかりやすいというのもある。見慣れた映画ならば、ラジオ感覚で流すこともできる。兎にも角にも、音声解説は一度見た作品を最初から最後までもう一度見る…という”再見”行為に有益な情報で新鮮な歓びを付加してくれるところが素晴らしい。

 しかし、コメンタリーの最大の欠点は、尺が長いために何度も何度も見返すには時間の確保が必要ということ。そして、久々に特定の発言を聴き直そうとしても、どこにあったか明確に覚えていない場合にアタマから見返さなくてはならないことだ。貴重な情報が多いにもかかわらず、それらが参照可能な形で──ネット上や書物において──文字として記録されていることは稀である。
 というわけで、ひとりの"コメンタリー好き"として、コメンタリーで語られる、貴重で愉快な関係者の発言が"読める"形でまとめられていたら、情報へのアクセスの利便性という側面で大いに助けになるのではないかと考えて、このような「読むコメンタリー」の記事をnoteで地道に書いていくことにした(かつてのブログで『きみの鳥はうたえる』Blu-rayの音声解説について、同じ試みをした。近くnoteに転載予定)。関係者としてはあんまり嬉しい試みではないかもしれないが、すべてベタ起こしするわけではないし、あくまで「聞いてみてぼくが特におもしろいと思ったポイント」だということで。前にコメンタリーを見て、情報を思い返したい方だけでなく、ソフトが手元にない方も記事を読むことで「手に入れて聞きたい」と思っていただけたら嬉しい。

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 前置きが長くなったが、今回取り上げるのはデヴィッド・フィンチャー『ゾディアック』(2007)である。躊躇いなくフィンチャーの最高傑作だと断言できる…ほど、個人的に好きな作品──2000年代の全ての映画の中でもトップクラスに好きだ──というのもあるが、先日、配信に先駆けて公開された同監督の最新作『Mank マンク』(2020)が、フィンチャーにとって”個人的企画”であったということが、同じく”個人的企画”である本作のひさびさの再見のきっかけとなり、記事を書くことにした。話し手は、ほかでもないフィンチャー本人である。さて、コメンタリーをはじめよう。

1. ワーナーとパラマウントのロゴは当時のもの。スクリーンショット 2020-11-21 15.34.56

2. 冒頭の横移動場面の撮影では、カメラを載せた車を台車に積み、それを押して撮影した。当初はスタビライザーを積み込んだ車から撮影したが、画面の揺れをゼロにするのは不可能だったため、135メートルの台車を作ったとのこと。スクリーンショット 2020-11-21 15.38.23

3. ダイナー「ミスター・エドズ」が一瞬映る場面は、フィンチャーにとって「思い入れのあるシーン」だという。「サン・ラファエル4番街のファーストフード店に、子供の頃アイスフロートを飲みに通った。当時の記憶が残っていて、ミスター・エドズはその店に似てる」。

4. 冒頭部で印象的な、スリー・ドッグ・ナイトの「イージー・トゥ・ビー・ハード」選曲について。「ここで私が使おうと思った音楽は、「オール・イズ・ロンリネス」だった。この場面にぴったりの美しい曲だ。だが、音楽監督のジョージ・ドラクリアスは別の考えがあって私に言った…”違う感じの曲を試してみよう”。サンフランシスコらしいサイケな曲を探して、スリー・ドッグ・ナイトの曲にした。小学2〜3年のことだったが、鮮明に覚えている記憶がある。バレーホからソノマに向かう途中で、ブラック・ポイントを通った。私は両親の65年製のインパラの後部座席に座っていた。季節は初夏で、開けた窓からユーカリが香り、ラジオでこの曲が流れた…この曲を聴いた途端、その時の記憶がよみがえった。1967年の極めて個人的な思い出だ。結局のところ映画制作も、個人的なものなんだろう。」

5. 実際には、車中の2人は通り過ぎる車を怪しいと感じて冗談で「撃たれて死ぬのは嫌だ」と言っていたらしい。「いいセリフになる言葉だが、そのまま使えるかは疑問だった。”撃たれて死ぬのは嫌だ”と言った人間が、本当に突然撃たれてしまうからだ」。スクリーンショット 2020-11-21 19.24.48

6. 犯人がサイレンサーを使うか否かで迷ったが、調書に書かれていたため採用された。同時に「手作りであっただろう」という推測から、あまり機能していない描写になった。

7. 一度撃たれたあと、満身創痍の青年がなんとか危険を逃れようと後部座席に倒れ込む…という描写について「マイク(被害者青年)の話では後部座席に倒れ込んだのが、撃たれた時かどうかはっきりしなかった。犯人が銃を手に戻ってきた時かもしれなかった。映像としていい演出にするために、犯人が戻ってきた時にした。戻ってきて再び銃を撃つ。それでマイクは後部座席に逃げ込むんだ。映画では客観的な事実を基本に置きつつ、効果的に思える行動にしなければならない。それが映画の"演出"だ」(写真はメイキングより)。スクリーンショット 2020-11-21 20.27.30

8. マット・ワールド・デジタル社が本作のCG処理をした。「フレームの角と上を絶妙に処理している」と語るフィンチャー…しかし正直、素人目にはまったくわからない…。これに限らず本作のコメンタリーでは、細かなCG処理の説明が多数ある。スクリーンショット 2020-11-21 15.50.40

9. クロニクル社のロビーとエレベーターはセットでの撮影。外側は実物を撮ったが、内部はフィンチャーの父親が勤めていたタイムライフ社の記憶を元にした。

10. 当初脚本では、手紙が社内を回る様子がもっと詳しく書かれていた。「撮るのに3週間半かかりそうだった…2、3日で撮る必要があった(笑)」ために現行の描写に変更した。スクリーンショット 2020-11-21 16.24.32

11. フィンチャーは幼い頃、漫画家に憧れていたという。「ボブ・バスティアンという時事漫画家の番組が好きだった。彼は地方局の「ニューズルーム」というニュース番組に出ていたが自殺してしまった。彼の遺体が発見されたというニュースが番組で流れていたことを覚えている。8〜9歳の時に大好きだった人だから裏切られたような気がした。ジャーナリストの横に並んで話を聞き、番組の最後には自分の漫画を紹介していた。父も何枚か持っていたと思うが、ペンと木炭で描かれた漫画は実にきれいだった」。スクリーンショット 2020-11-21 19.45.58

12. 編集部の面々が手紙を読む場面は2度撮影された。1度目は上から(俯瞰という意味?)。しかし納得できずにカットされ再撮影となった。

13. ロバートダウニーJr.演じる編集者ポール・エイヴリーは編集会議に出る立場ではなかった可能性が高いが、事件とかかわらせるための改変として毎回出席。

14. デイヴ・トースキー刑事(劇中ではマーク・ラファロが演じる)や原作者ロバート・グレイスミス(劇中ではジェイク・ギレンホールが演じる)などの関係者に話を聞いたが…「エイヴリーは謎に包まれた人物」で一致したらしい(メイキングでも「主要人物の中で唯一、制作時すでに亡くなっているがゆえに話を聞けないからフェアな描き方に努めた」という発言アリ)。

15. 「初めて脚本を読んだ時、連続殺人鬼ではなく新聞社の物語だと思った。それが映画の核心になったよ。”正義にとりつかれること”、”正義とは何か”、”どこにあるのか”、”どこまでやれば満足できるのか”、”どこで満足して前に進むか”…それを問う物語だ。」

16. フィンチャーは グレイスミスが子供を学校に送るシーンを入れたがったが、物語の時期は8月=夏休みだった…しかし潔く無視した。

17. エイヴリーとグレイスミスが挨拶する場面。エイヴリーがグレイスミスと親しくなるのは、実際はもっと後だった。場面でグレイスミスを演ずるギレンホールが残念そうな顔をしているのは、以前とっくに自己紹介が済んでいる…という設定だから。スクリーンショット 2020-11-21 16.26.08

18. ジェイク・ギレンホールの手は「きれいすぎる」ためにCGで修正された。挿入ショットで絵を描く代役の手が毛深くゴツかったため。

19. 第三の事件の舞台であるバリエッサ湖畔の場面。実際とは異なるが、男女の関係性を”付き合いの浅いカップル”に改変した。スクリーンショット 2020-11-21 16.27.07

20. 同場面の撮影では、ロケなので三時間しか使える時間がなかった。昼食を採った直後に、太陽の様子を見てすぐさま二台のカメラを回して撮り始めた…ら食後すぎて男優のゲップが出た。リアルなので採用した。

21. 犯人を前にしての「彼、社会学専攻なの」「法学部だ…実は」のやりとりはアドリブ。女優は学部を正しい記述にする前の稿の台本しか持っていなかったので、修正前の"社会学"で台詞を覚えていた。それを修正反映されていた最新稿を持っていた男優がすかさずカバーした。

22. 殺人や暴力についての描写は「目撃者から話を聞き、ありのまま描く」という一貫した姿勢がとられている。ゆえに、目撃者がいないゾディアック第一の事件は劇中で描かれない(冒頭の場面は既に第二の事件)。スクリーンショット 2020-11-21 16.04.19

23. 走るタクシーを俯瞰で捉えたショットについて、「ここでは2人が孤立したことを表現したいと思った。それで、見下ろす視点からタクシーを追った…もはや誰にも止められない」。スクリーンショット 2020-11-21 16.05.27

24. 本作の流血はふんだんだが、たいていCG。「撮影時に服を汚すと時間がかかる。いちいち着替えさせるなんて!」と憤るフィンチャー。

25. 運転シーンの多くがデジタル修正されている。理由は「牽引の撮影に限界があった」から。

26. タクシー殺害の捜査場面。元々は5つの固定カメラを用いて、画から画へ歩くふたりの刑事をパンで撮影していく予定だった。しかし、本作中で刑事が現場を捜査する場面はここだけであるという事情から、ハンディに切り替えた(フィンチャーが手持ち撮影を好まず、ごく稀に例外的使用をするに留めていることは広く知られている。本作ではこの一度のみ。初期の『セブン』が5回で最多、以後は例えば『ソーシャル・ネットワーク』が1度のみ、『ドラゴンタトゥーの女』も2度)。スクリーンショット 2020-11-21 16.14.26

27.「過去の事件を撮る面白さは、ニュース映像を作ることにある。当時のニュース映像を調べていると、驚きのあまり見入ってしまうことがある…放送技術の進歩を目の当たりにするからだ。たとえば、1960年台後半の映像を見てみる。レポーターの後ろにはスライド映写機があり、スクリーンと黒電話が数台置かれている。最新ニュースを電話で受け、急いでそれを放送する。今では考えられない。観客は再現された当時の様子を見ることで、ここ35〜40年の技術の進歩を実感できる。過去の映像を調べることは興味深かったよ」。スクリーンショット 2020-11-21 16.17.27

28. 「アームストロング(トースキーと共に事件を捜査した刑事。劇中ではアンソニー・エドワーズが演じる)本人に会いに行き、どんな映画を作るか説明した。彼はリー・アレンを逃してしまう。そして途中から捜査から離れる。彼の話は参考になった。本人に会うまで配役にアンソニー・エドワーズは考えていなかった。会ってみるとアームストロングはとても上品で、非常に礼儀正しく思慮深い人物だ。彼は自分の失敗や成功を的確に分析したうえで、科学捜査の技術がなかったと説明してくれた。当時の関係者に会うと、何だか不思議だった。このような事件をを描いた映画を作る場合は、多少事実を書き換えるのが普通だろう。だが私は一度も書き換えようとは思わなかった。グレイスミスやブライアン、トースキーやアームストロングと会ったが、彼らの望みは当時の事実や考えを描くことだった…間違いもそのままに。物語を映画用に修正することではなかった。彼らは、時間と資金があれば捜査を続けたいと思っているようだった。だから、その思いに応えるために事実を描こうと思った。彼らに同情の必要はなかったし、気の毒だとも思わなかった。公平に評価することが大事だと思った。なぜなら彼らは今も犯人を確信しているからだ。そこで、外見で配役するのはやめた。外見より性格や雰囲気が似ている俳優を探すことにした」…と、フィンチャー。

29. ポール・エイヴリーは、あっという間に草稿を書いては「いい原稿だ」と言いながら自分でページを編集する…そんな編集者だったらしい。

30. ギレンホールとラファロの配役は、ジェニファー・アニストンがフィンチャーに勧めた”共演して良かった役者”のから選ばれた。

31. 「ジェイクは子供がいないのに、子供の扱いがすごくうまい」

32. ギレンホールとダウニーJr.が飲むカクテルの名前は、最初は「ブルー・ドラグーン」で決まりかけていた。最終的には「アクア・ヴァルヴァ」(フィンチャーの父が使っていたアフターシェーブローションの名)になった。スクリーンショット 2020-11-21 16.58.29

33. ラファロの自宅の場面。編集中に一度カットしたが、最後の最後で戻した。「トースキーが自宅にいる場面がどうしても必要だった。刑事としての姿は描いたが、先のシーンのためにも家庭を描く必要があった」。

34. フィンチャーは、キャサリン・ジョーンズの事件について、襲ったのがゾディアックなのかどうか確信が持てないという。「幸いなことに、製作のブラッドリーと共にポートランドへ行く機会があった。マイケル・ケラハーと話をするためだ。彼はゾディアック事件に精通している、”ゾディアック”学の専門家といえる人物なんだ…キャサリンの件についても説明してくれた。彼女はゾディアック事件の最後の殺害対象であり、この事件が新展開だったかもしれないと。ケラハーはゾディアックについて心理分析した本も書いている。犯人が事件が事件に触れていないのは失敗したからだろうか。失敗した理由は何だろうか。(中略)判断が難しいところなので結論を出さずに事実だけを追った」スクリーンショット 2020-11-21 17.14.53

35. ジョーンズが発見される場面。暗すぎて右手にあるトラックは撮影後にCGで合成したもの。現場では照明が足りずに映らなかった。ポスプロ時、撮影監督のサヴィテスは合成した映像だと気づかず、編集助手のピーター・ウォーレンに「このショットを覚えてるよ、大変な撮影だった」と言ったらしい。スクリーンショット 2020-11-21 17.18.03

36. 目まぐるしい紙面/現実のモンタージュは、編集のアンガス・ウォールが独自に仕上げたもの。フィンチャー曰く「これほど精巧な映像は期待してなかった。(中略)すばらしい出来だと思って自分の手柄にしようと思ったが、実は関与していない」。スクリーンショット 2020-11-21 17.24.16

37. 土砂降りの中をデートにやってくるギレンホールが新聞紙を雨除けにしているのはアドリブ。

38. レストランでクロエ・セヴィニーが注文するペンネヴォッカのクリームソースは、80年台後半に考案されたイタリア料理なので、本当はこの時代にはない。

39. ギレンホールとセヴィニーが会話する切り返しについて。「アップが続くカットは好きじゃないが、背中越しに相手を撮る映像がしっくりこなかった。視線をマッチさせるのが難しかった」。スクリーンショット 2020-11-21 17.32.11

40. ダウニーJr.演じるエイヴリーが情報提供者に会う場面はもっと長くなる予定だった。しかし「そもそもすでに長すぎる映画になるのだから」と切ることになった。

41. 画面手前に向けて歩いてきたエイヴリーが最終的にクローズアップで「聞いたら倒れるぞ」と台詞を言うショットを、ダウニーJr.は嫌がっていた。「自然な言葉というより、作られた言葉の感じがしたんだろう」…とフィンチャー。スクリーンショット 2020-11-21 17.40.13

42. アンソニー・エドワーズは1ヶ月半以上受話器に耳を当てていた。電話のシーンが本当に多かったため。 スクリーンショット 2020-11-21 17.50.49

43. 「『ゾディアック』の準備は今までとは違って、絵コンテを使う必要は感じなかった。」

44. トランスアメリカビルの高速建設模様で月日経過を示す場面は「脚本によると、もっと目を引く映像になるはずだった。でも映画の一部としてバランスをとろうと考えた。そこでサンフランシスコの光景を、時の経過と共に映すことにした」のだという。元々はマーヴィン・ゲイの音楽が流れるのではなく、リック・マーシャルについて話をする人々の声などが重層的に被せられる予定だった。スクリーンショット 2020-11-21 17.48.51

45. 劇中で上映される『ダーティ・ハリー』ついて。「私がこの映画を初めて見たのは12歳の時だった。ゾディアック事件では犯人像が注目されていた。人々は無意識のうちに一定のイメージを共有し、長年のあいだおびえ続けてきたんだ。ゾディアックがモデルで、私は少し嫌悪を感じた。私がトースキーにそう話すと、彼はこう言った。”映画では簡単に解決するからうんざりする”。映画を見た人にはこう言われたそうだ。”ハリーの捜査は見事だったな”。このエピソードはぜひ取り入れたかった。”映画では捕まってる”とトースキーは我々に言った。もはや事件の解決は望まれていないと『ダーティハリー』を見て感じたそうだ。この映画の結末によって、実際の事件を解決する必要性がなくなってしまった。このエピソードを取り入れたら面白いだろうと思ったんだ。映画のクライマックスでハリーが犯人を追い詰めると、観客は少しだけ落胆する。12歳の時、この映画を見て私はがっかりしたんだ。”これで終わり?”ってね。現実ではそうはいかない。」スクリーンショット 2020-11-21 20.41.27

46. ”4年後”パートに突入する入り口になる「音楽のモンタージュ」は、大衆文化の変化を表現するために採用された。「さまざまな楽曲でシンプルなモンタージュを作り、それをモノラルからステレオに切り替えた。6トラック・ステレオの採用は『スター・ウォーズ』の頃だ。だからサラウンド方式のステレオ効果によって、1976〜77年頃への年月の変化を表現したんだ。この時点でも物語はまだ中盤なので、映画がまだ続くことを観客に知らせる意味もある」。

47. 4年後のクロニクル社オフィスの内装は、原色が流行した時代を反映させてカラフルになった。メタリックなオフィス機器が一掃されて、IBM製の青いタイプライターや草花が置かれ、蛍光灯設備も一新、壁はレンガ色に塗られた。

48. 「もう終わりだよ。異動願いを出したんだ…これ以上は続けられない」と吐露するエドワーズとラファロが最後に別れる場面。フィンチャーが唯一演者に伝えた指示は「感情的な演技はするな」。感傷的になりそうな予感から、この場面の撮影を憂鬱に感じていたフィンチャーだったが、いざ撮影したら「2人の演技は感動的で、観客になった気分で見てた」という…よかったね…。スクリーンショット 2020-11-21 18.25.06

49. グレイスミスがエイヴリーに会いに行き、ゾディアックへの関心を再度呼び起こそうとする場面。「グレイスミスはここで初めて自分と世間の間にあるズレに気付く。かつて正義や公正のために立ち上がった人はもういない。だが、ポール・エイヴリーもプロの報道記者に変わりはない。もちろん正義感は残っている。だが、プロの記者にとってゾディアック事件はもはや過去のことなんだ。掘り返しても仕方がない。この場面で思い出すのは、昔に会った記者だ。彼らは父の友人だったが、記者特有の性質があった。追っているネタに対して相応の成果を期待するが、取材期間が長引いてしまうと次第に熱意を失い、冷めてしまう時がある。ニュースとしての価値がなくなるからね。」

50. ラファロとギレンホールが食事をしながら会話する場面では数多くのテイクが重ねられ、ラファロは74個のバーガーを4口ずつ嚙ることになった…が、最終的に最初のテイクが使われた。

51. 橋の俯瞰ショットは映画の完成直前に付け加えられたもの。「ポスターを利用して、マット・ワールド・デジタル社が合成した」。スクリーンショット 2020-11-21 18.42.50

52.「タバコは(本当は「要るか?」という意)?」「(誤解して)実は高校時代に一度だけ吸ってしまったことが…」という ”本作で最も面白い台詞(フィンチャー選)”はギレンホールの発案。「ジェイクが撮り直しをしたいと言ってきた。自分の考えた台詞を聞いてほしいとね」。

53. 本作の全挿入ショットは、視覚効果スタッフのフラッフィーによって2日間寝ずに撮影された。

54. ラファロとギレンホールが夜の建物外で話す場面。撮影時、ギレンホールは39度近い熱があった。だがフィンチャーは「”今夜しかない”と説得した」。

55. 「ただ、流れに任せてカメラを回し続ける人もいる。カフェでのおしゃべりなどは、そのような手法でも構わないだろう…だが、複数のショットが効果的な場合もある。映画の大部分の場面は情報を過不足なく伝達するためにある。観客を誤った結論に導いてはいけない。それに、正しい結論に急がせてもいけないんだ。あるいは、結論が遅すぎても困る。伝達する情報を正しく解析することは難しい」。 

56. 「ジャングルならフィルム撮影がいい。だが、会話の多い映画を撮影する場合はバイパーカメラのデジタル撮影が最適だ」…とフィンチャー。

57. 情報提供者宅の怪しげな地下室の場面の撮影でのエピソード「サヴィテスは露出計を出していなかった。通常は露出計の測定値を基にモニターで明るさを確認する。彼は私にこう言った…皮肉や冗談のつもりではなかったと思う。”私がこの場にいるのは、ただの撮影としてではなく、私のセンスを発揮するためなんだ”」。スクリーンショット 2020-11-21 19.07.08

58. 本作の脚本を見せた時の、原作者グレイスミスの唯一の感想は「離婚された理由がわかったよ」。

59. 本作は”執着”についての映画だが、フィンチャーの父ジャックも執着的な人間だったという。「父は手品のタネ明かしに夢中だった。仕掛けが気になって仕方がなくて家の中をウロウロする」。

60. 雨の中をトースキーの家にやってきたグレイスミスによって扉に叩きつけられる濡れた紙は、『エイリアン3』の出演者ブライアン・グローバーの経験に着想を得た描写。「ブライアン・グローバーの離婚の時のエピソードが関連している。彼がプロレスラーだった時、妻に離婚届を突きつけられたんだ。だが、彼はそれをはぐらかそうとしていた。ある試合終了後、汗だくで降りてくると、1人の男が彼に近づいてきた…そして、離婚届を彼の背中に貼り付けたんだ」。スクリーンショット 2020-11-21 19.13.00

61. ギレンホールとラファロが深夜のダイナーで会話する場面の撮影時、1テイク目はうまくいかなかったというが…「ジェイクの演技は、どこか執念深い人間を理解していないように見えた。背景が伝わらなかったんだ。それで撮り直した。そこに彼のお父さんが撮影を見学に来た。お父さんが見守るなかで、ジェイクは自信を得たんだろう…その後は完璧だった」。画像24

62. 「物語に”結論がない”という観客は、この映画を別の視点から見ているんだろう」

…ということで以上である。
62の後、ラストのラストにまだ明かされる情報があったりもしたのだが、それはあえて省いた。もちろんコメンタリー中には、ここに書いたこと以外にも無数に面白い発言がある。気になる方は是非ご自身でアタマから見てみてほしい。

本作のBlu-rayは特典が満載で、音声解説に限ってもフィンチャーによるもの以外に「ジェイク・ギレンホール、ロバート・ダウニーJr.、その他による音声解説」が収録(”その他”の参加者には、あのジェームズ・エルロイが含まれる!)されているし、1時間弱のメイキングや、1時間30分以上もあるゾディアック事件に焦点を当てたもう一つのメイキング──もはや独立したドキュメンタリー映画も見ることが可能で、まさに必携の一枚と言える。

コメンタリーは本当に素晴らしい。

埋め込み機能の不具合があるので、一時的にリンクを貼っておく。
ロバート・グレイスミスによる原作本『ゾディアック』はこちら
・『ゾディアック』Blu-rayはこちら


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