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クシシュトフ・ザヌーシ『結晶の構造』(1969)

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 人里離れた田舎町(?)、一面雪景色の中で夫婦が来訪者を待っている。「寒いわね…いま何時?」「三時だ…そろそろだろう」などと二人言っていると、車が一台やってきて、男が一人降りてくる。どうやら男は夫の旧友で、休暇で夫婦宅に滞在することになっているらしい…。

 そんな冒頭場面で幕を開ける、ポーランドの映画作家クシシュトフ・ザヌーシの長編デビュー作『結晶の構造』(1969)はとんでもない傑作である。ザヌーシは非常に多作且つ、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞歴もあるベテランだが、日本での紹介はあまりに遅れている。現状日本語字幕付きで比較的容易に見ることができるのはDVD化されている『巨人と青年』のみ(VHSまで範囲を広げればもう数作ある)。私は今回の『結晶の構造』のほかにも、今まで『保護色』『コンスタンス』『巨人と青年』の三作品を見たのだが、『巨人と青年』以外は全部ネット上で英語字幕で見たものだ。故に作品理解は相当あやしいものがある…
 とはいえ、「良いものは良い」ので忘れないうちに感想を残しておきたい(去年見た『保護色』『コンスタンス』も素晴らしい映画だったので、いずれ見直したい)。

 本作はひとりの男マレックが、学生時代の友人ヤンとその妻アンナの家に滞在する期間を描くものである。彼らは特に何をするでもなく、飯を食い、はしゃぎ、時折真面目な会話をする。旧知の男ふたりは共に科学者であり、かたやマレックは都市部でバリバリ活躍し、アメリカにも行く予定がある一方で、かたやヤンは天候の研究をしながら妻と田舎に篭ってのんびり暮らしている。学生時代を共にした二人は今や正反対の方向へ歩み始めているのだ。仕事人間のマレックは、田舎に籠るヤンをどこか馬鹿にしているように見え、事あるごとに「オマエ、今後の人生そんなんで良いわけ?」などと言っている。しかしその一方、美人妻と共に仲睦まじい暮らしをしていることをどこか羨んでいるようでもある。

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だからといって彼らの間に建設的な議論があったり、大きな心境の変化が起こったりはしない。終盤、マレックが「ヤンを田舎生活から抜け出させる」という特命を受けており、真の滞在の目的は説得とリクルートだったことがわかるが、それでもヤンの意思は変わらない…「今度は特別な”目的”抜きで夏にでも釣りに来いよな」。一方どこかヤンの夫婦生活を羨み、影で妻のアンナにスキンシップまで試みていた仕事人間マレックも「じゃあ俺も田舎に住もうかな…」なんてことにはならず、最終的にはこの地を後にすることになる。

 まだ数作しかザヌーシ監督作を見れていないが、主人公が研究職であり、物語の肝が愛憎入り混じる二人の男のホモソーシャルな関係にあるという点においては『保護色』(教員)とも通ずるし、「雪山の登山」が重要な役割を担う点は『コンスタンス』と共通している。そして何よりどの物語も、いうなれば地味でありふれた人生の一端を切り取ったものでありながら、感動的な”運動”のシーンが見せ場である。 

 とりわけ『結晶の構造』はそのオンパレードで、ヒマさえあれば良い年した大人たちが雪の中をはしゃぎ、戯れ続ける。かけっこし、石投げし、腕相撲し、懸垂し、ソリで滑走する。このみずみずしい即興性、躍動感がとにかく素晴らしい。そしてこれらのシーンののびのびとした自由さが、対する室内シーンの静寂、関係性の微細な変化、視線と視線の交わりの緊迫を強調してもいる。

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 本作はあくまで長くないマレックの滞在期間にのみ焦点が当てられている。ラスト、冒頭にやって来たのと同様に、マレックが車で雪の中を走り去るとき物語は終わる。時に衝突こそしたものの、別にあと腐れなくふたりは別れ、各々の生活に戻って行く。人生の中で意味をなさない、つかのまの三人の生活。しかし無為な時間こそが不思議とひときわ輝かしく、見る者にも感動を与える。あまりの出来栄えで、本当に恐ろしいデビュー作である。

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 因みに、ザヌーシの監督作の多くはYouTubeで見ることができる。ただし日本語字幕はない……。ポーランド映画祭などで数作上映されたこともあるようだが、本格的な特集上映が待たれる。

※本頁は、2019年2月に書いたブログ記事「『結晶の構造』(1969) クシシュトフ・ザヌーシ、恐るべきデビュー長編」の転載(加筆ゼロ)。まだブログ自体も生きてますが、使ってないのでnote内でまとまってた方が良いかなとも思い。

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