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『きみの鳥はうたえる』音声解説から知ることができる35の事柄

※ 以下の記事は、2019年6月に書いた旧ブログ記事の転載です。前置きを少し短くしたほか加筆はしていません。先日、久しぶりに『きみの鳥はうたえる』を数回見直したので、あわせて蔵出しすることにした次第。

*   *   *

   ぼくは映像ソフトの特典では「オーディオコメンタリー=音声解説」が一番好きだ。まず何と言っても、他のあらゆる特典映像と比較しても尺が格段に長い。そして実際の本編を再見しつつ、同時に特典=情報もインプットできるという意味で、効率も良い。実際に本編が映っている方が、メイキングやインタビューにおけるシーンへの言及よりも、具体的で細かなポイントが判りやすいというのもある。兎にも角にも、音声解説は一度見た作品を最初から最後までもう一度見るという”再見”行為に有益な情報で新鮮な歓びを改めて付加してくれるところが素晴らしい。

 しかし、コメンタリーの最大の欠点は、尺が長いために何度も何度も見返すには時間の確保が必要ということ。そして、あとから久々に特定の発言を聴き直そうとしても、どこに位置していたかを明確に覚えていない場合には最初から映画をいまいちど見返さなくてはならないことだ。貴重な情報が多いにもかかわらず、それらが参照可能な形で──ネット上や書物において──文字として記録されていることは稀である。

 というわけで、ひとりの"コメンタリー好き"として、コメンタリーで語られる、貴重で愉快な関係者の発言が"読める"形でまとめられていたら、利便性の面で大いに助けになるのではないかと考えて、このような「読むコメンタリー」記事を地道に書いていくことにした。ソフト関係者としてはあんまり嬉しい試みではないかもしれないが、すべてベタ起こしするわけではないし、あくまで「聞いてみてぼくが特におもしろいと思ったポイント」だということで。前にコメンタリーを見て、情報を思い返したい方だけでなく、ソフトが手元にない方も記事を読むことで「手に入れて聞きたい」と思っていただけたら嬉しい。

   前置きが長くなったが、今回取り上げるのは三宅唱監督作品『きみの鳥はうたえる』(2018)である。音声解説には監督である三宅唱のほかに、主演の柄本佑とプロデューサーの松井宏が参加しており鼎談形式となっている。では、さっそく始めよう。

1. 冒頭の”僕”と”静雄”のシーン。映画館から出てくる二人の姿が捉えられているが、元々はその前段として映画館に遅れて入ってくる”僕”、既に映画を見ている”静雄”という場面があるはずだった。(確か原作にもあったはず)


2
. タイトルの文字は、原作者 佐藤泰志の直筆文字。函館の文学資料館にある生原稿から使ったのだという。本作だけでなく、これまでの<函館三部作>も生原稿から佐藤の直筆文字をタイトル文字を使っていて、それを踏襲したとのこと。


3
. “僕”が”佐知子”に肘をタッチされ、数を数えながら待つシーン。暗い書店の中のカメラが、歩道に立つ店外の柄本佑を捉える……ショットの最初にレールの先っぽが映り込んでいる(編集で消すこともできたが、消さなかったという)。


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. “僕”が”佐知子”にライターを借りて、使用後胸ポケに入れ私物化するシーンで、ベルリンの観客は爆笑したらしい。

5. 暗い室内で本を読む”静雄”は右足で左足の甲を擦る仕草をする。編集時、この足元が「イイな」と思った監督の三宅唱は、編集で明るくして見えるようにしたらしい。


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. 因みに↑5の場面で染谷将太が読んでいるのは『パワーズ オブ テン―宇宙・人間・素粒子をめぐる大きさの旅』。

7. 夜の港で”僕”と”静雄”が酒を飲み、足で缶を潰す場面。柄本佑が顔のパーツを中心に寄せて鼻をすする仕草は、監督の三宅唱の癖からのいただき(監督は無自覚)。

8. 三宅唱「(本作では)朝日は朝日で撮りたかったし、夕日は夕日で撮る……っていうのを大事にしてて」

9. 喫茶店で”僕”と”佐知子”が横並びで食事する場面は撮影初日に撮られた。撮影前日と前々日はこのシーンのリハーサルに充てられ、横並び以外にも正面で向かい合う、そもそも”僕”が”佐知子”の近くに移動しない……などのパターンが試みられたという。何度もテイクを重ねたために柄本は何度もパンを食べる羽目になり、初日の弁当が食べられなかったらしい。

10. 書店勤務中の”僕”と”佐知子”の携帯メッセージのやり取り。液晶の割れた携帯電話は監督のもので、柄本の発案で使用された。ちなみに画面には映らないが、シナリオにおいてはやり取りされるメッセージも明確に書かれている(脚本は月刊誌『シナリオ』18年09月号に掲載)。

11. 書店における石橋静河の横顔のショット、後ろに縛られた髪の背後で時折光る差し込んだ太陽の光は、現場で”作られた”もの。


12
. 性行為の後、トマトを食べる”佐知子”の場面で流れる音楽はHi-Specが映画のために作った曲。

13. “静雄”が帰宅し、三人が部屋の中で初めてやり取りをする場面。本編では、会話する”静雄”と”佐知子”を”僕”が観察する……という展開になっているが、これは編集で作られたもの。元々は二人の会話中、”僕”は風呂に入っている設定だった。

14. コンビニでの長回し。店内がガラス/鏡だらけでスタッフとかが反射するのでガチガチに決めて撮った、とのこと。また、会計時の「足りないかも」は石橋のアドリブ。
三宅「俺、コンビニに友達と行くのすげえ好きでさ。なんかな…独りで行くコンビニもあるけどさ、友達んち行って「ちょっとコンビニ行かない?」とか言ってさ、なんかそいつがさ、自分では絶対買わないシュークリームとか買いだしてさ。なんか毎日行ってるコンビニなのに知らない商品あるんだ、とかさ。なんかいいんだよね」。

15. コンビニから帰った三人が遊ぶ奇妙な楽器は「口琴=ジューズハープ」の一種、ムックリというもの。柄本は実際は出来る……らしいが、劇中は「ガチでやろうとして失敗してる」とのこと。

16. 松井宏「あんな青春なかったよね」
三宅・柄本「なかったよ!」
三宅「ありそうでねえよ」
柄本「ホントだよ……嘘ばっかりだ!」

17. 終電の”佐知子”。”静雄”のシャツを着ていて、匂いを嗅ぐ。
松井「ここでもう”僕”は浮気されてる」
柄本「もうここで”静雄”のこと好きじゃん!なんだよ”僕”とさっきまでキスしてたのに!」


18
. 佐藤泰志の書いた原作の「匂い立つような描写」をなんとか映像化しようとして、前述17の場面は生まれたという。その後のシーン転換による花のショットも”匂い”繋がり。

19. 染谷将太の「だらしなボディ」を三人がコメンタリー中に何度も絶賛。三宅「結局色気って、俳優を撮る…とか言うけど、肉を撮れるか!みたいなところあるよね」

20. 遊技場での”僕”と”静雄”の卓球場面は、演者二人が元卓球部だったために生まれた。球を打ち返す際の、両手を振り上げる染谷の仕草は、キネ旬で三浦哲哉に「盆踊りしてるみたい」と言及され、のちに三宅がそれを伝えると、染谷は「癖なんですよ」と返したとか。

21. クラブシーン。柄本佑と石橋静河はクラブ初体験だった。

22. SEX後と思われる、”僕”と”佐知子”が服を着る場面。横たわる柄本の上に石橋が重なるように寝転ぶ行為は三宅の実体験に依るものらしい。
三宅「昔の彼女が……。いいじゃないですか、この相手の体重を感じるカンジ」。


23
. 井上昭(当時90歳)は本作を観て「ぼくの若い頃を思い出しました」と言ったらしい。

24. “静雄”が何やらミシン仕事をする初老男性の仕事場にいるシーン。ここは赤帽子屋という100年以上続いている店で、男性は店主の村上さん。三宅「静雄には、仕事はしてないけど、そういう歳の違う友達がいたりとかさ。なんか町のことを知ってるんだよね……静雄って男は」。


25
. 三人で飲み、解散後、”佐知子”は”店長”と話に行き……その最中の部屋の”静雄”と”僕”の場面は、男ふたりきりの最後の場面。三宅「佐知子と出会ってなければ、二人はずっとこういう風にして暮らしていたんだろうな…っていう。良いよね二人して本読んだりしてさ」。


26
. その後の書店場面。”僕”は初めてちゃんと白シャツを着ている。対する”店長”はまるでスイッチしたように色付きシャツ。

27. 書店は加藤栄好堂という場所。しかし今はもうなくなってしまった。

28. カラオケのシーン。「オリビアを聴きながら」の選曲は石橋によるもの。


29
. 三人での朝食場面。”僕”の口元に食べカスがついているが、”佐知子”は指摘しない。喫茶店でふたりが初めて横並びで食事する場面と対照的なシーン。


30
. 部屋の室内の電気スイッチ上にある「消せ!」のステッカー。監督の三宅はグッズとして作って劇場で売りたかったらしい。

31. “僕”が携帯をいじりながら、路上で野良猫に呼びかける場面は、たまたまそこに猫がいて、光が綺麗だった……という理由から急遽撮られた。


32
. 男ふたりの部屋の選定は、”昭和”・”雰囲気のある”を避けるという目的に適う場所ということで選ばれた。80年代に書かれた原作を、いま映画にする……というからには、ということらしい。

33. 二度目の卓球シーン。撮影は1回目とは別日。ラリーが続かない。

34. 終盤、”静雄”の病院場面。ナレーションは原作にない、監督の三宅の手によるもの。原作からの「殺らない」改変だけでなく、「いや、(映画では)こうするのだ」という言明として……ということらしい。雨が降る原作に反して、病院のシーンは晴れやかな空模様。

35. ラスト、”僕”と”佐知子”が並んで歩く時に、鳥が鳴くのは偶然。

……ということで以上である。

35の後、ラストのラストにまだ明かされる情報があったりもしたのだが、それはあえて省いた。もちろんコメンタリー中には、ここに書いたこと以外にも無数に面白い発言がある。気になる方は是非ご自身でアタマから見てみてほしい。

コメンタリーは本当に素晴らしい。


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