菊三株、そして(ティルテュとブルーム)

可憐で素朴な菊の花がフリージの庭には咲いていた。元々は母が植えた三株だったと言われているが、随分と増えてこんもりと茂っていた記憶がある。皆はその花を西の菊と呼んでいた。本当はなんという花なのかティルテュは知らない。西の菊だというのだから、アグストリアに咲く花かもしれないと思っていた。
彼女は久しぶりにその花を見た。兄が持ってきたからだ。兄はおもむろに包みを取り出して、その中から一株、萎れかけた菊が出てきた。根がついていて、土が兄の足下にこぼれ落ちた。花弁は欠け、全体的に萎れて正気がない土にまみれた一株だ。
「これをこの離宮に植える」
そんなことを言う。ティルテュには兄の意図が掴めない。
「そういえば、嫁いだ時にエスニャにも持たせた。アルスターにも根付いているかな」
「エスニャがそれを植えたと思う?」
「分からん」
なんで母の菊をこの檻のような離宮に植えようとしているのかティルテュには分からない。兄の顔は窓から差し込む夕日に赤く照らされている。その影は深い。何を考えているかは分からない。
ティルテュは目を伏せた。兄の顔は見たくなかった。兄の来訪は良い結果を生まない。そのあとヒルダに責められるからだ。ティルテュは何もしていないのに。なのに兄はなぜ来るのか。菊などどうでもいいのだ、そんなことは。
「植えないで。見つかったら殴られる」
「……そうだな」
兄は言った。ティルテュは右の掌を握りしめた。ヒルダに壊された小指は変形して拳には収まらない。
兄がその拳をじっと見つめている。
「ではこの株は捨てるか」
母の思い出を人質に取られたような物言いだとティルテュは思った。
「ここではないどこかに捨てて」
ティルテュはそう言った。
どうして兄がそんなものを持ってきたのか、彼女はそれを訝しんだ。

ブルームは妹に言われた通り、その萎れた一株を捨てた。正確には捨てるようにと部下に渡した。そういえばそれを捨てない部下だとわかっていたからである。
「ここではないどこかに捨てろ」
そう命じた。だからその株はその離宮から遠く離れた民家の片隅に植えられて、その後株を増やしたらしい。
フリージの庭の株はというと、なんの癇に障ったのか、なんてみすばらしい菊なの、と言ってヒルダが踏み荒らしてしまったのだ。なんとか一株救い出して、ブルームはそれを持ってきたのだが、その身勝手な感傷は、妹の言う通り、たしかに確実に彼女を害するのだ。