転移魔法

 その日の戦場は過酷であった。雨が降っていた。雨の中ラナは杖を振り続け、しまいには杖に封じられた癒しの力が尽きた。何も答えなくなった杖をラナは見る。薄く濁った水晶に雨の雫が流れていた。その水晶が、うっすら光った。いや、違う。光ったのはラナの周りの地面で、水晶はその光を鈍く返したに過ぎない。転移魔法である。
 ラナは転移魔法で拠点に戻されたのだった。たしかに、あれ以上戦場にいてもラナは役には立たなかったろうが……。

 「ラナ、大丈夫?」
 休んでいるとラクチェがラナの様子を見に来た。
 「平気よ」
 「平気ではないでしょ、すごく顔色が悪い」
 心配そうに顔を覗き込んで、「せめて悪酔いがなければね……」と付け足し嘆息する。悪酔とは転移魔法の後の体調不良を指す。ラクチェは全く平気なのだというが、転移魔法が合わない人間はいる。ラナはいつも転移魔法の後は眩暈と吐き気に悩まされるのだ。戦場での疲労困憊に加えて転移魔法の付加でラナは倒れた。
 早く、直してもらわなくちゃ。
 ラナは言った。癒しの杖がもう使えないので、早く修理屋に持って行きたかった。
 まずは休んでとラクチェは言った。まだみんなは雨の中だわ、戦っているのに、とラナは返した。
 「そうね。でも休むのも戦いのうち」
 じゃ、行くねとラクチェは去った。後詰の彼女に出陣の命は下るかどうか。そしてラクチェがいう通り、ラナは今は休んで早くまた戦場で杖を振るわねばならない。まずは休んで、杖を修理に出して……。
 しばらくするとユリアがやってきた。転移魔法を使ったのは彼女だが、彼女は自分がもっと上手く杖を使えたらきっとラナは辛くなかったという。そんなことはないと思うのだが。
 でも、腕のいい御者の馬車では酔いません。杖も同じだと思います。
 そうユリアは言う。ラナは、そんなに馬車に乗ったことがないからわからない。ユリアはあるのだろうか? そしてそんなことを言うユリアも転移魔法を苦手としているようにラナは感じていた。いつも転移魔法の後は頭に手を当てて、眉根を寄せて……。
 「でもユリアも苦手でしょう? わたしの杖が下手だからかしら」
 「それは違います。ラナはとても上手。全く気分は悪くなりません」
 「でもいつもユリアは……」
 「違うのです。あれは、何か……」
 転移魔法を受けるたびに、なにか思い出さなければならないことがあるような気がするのだと言う。それが思い出せなくて、頭の奥が疼くのだという。過去が失われているという感覚がラナにはわからなく、なんと声をかけていいものかわからない。
 「とにかくユリアの杖が原因ではないから気にしないでね。それに、もうだいぶ気分のいいの。そうだわユリア、一緒に修理屋さんに行きましょう」
 気分がだいぶいいのは本当だった。ラナとユリアは連れ立って修理屋に行き、ラナは枯れた杖を、ユリアはラナを運んだ杖を預けた。そして二人で、救護所に行き、兵士の介護のためにできる限りのことをした。