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弟の妻(エーディンの話)

明確なカップル表現はありませんが、国の継承具合からある程度は前提カップルが限定されますことご了承ください。本創作では
・パティがユングヴィ継承
・レスターもユングヴィにいる
・パティは遠くに恋人がいる
となっております。トラナナ要素を含みます。

ーーーここより二次創作ーーー

 姪が継いだ懐かしい故郷ユングヴィに戻る。遠く城を認めた時から目の奥がじんと痺れた。若きあの日に突然破られた平穏、踏み躙られた住みなれた城、次女の悲鳴、騎士の死体、聖なる弓を抱えたまま攫われた以来戻ることのなかったあの城である。
 すっかり逞しくなった息子に近郊の街まで出迎えられ、ともに城に戻る。初めて出会う姪は太陽のような明るさで、姉を思い出させた。
 おにいちゃんとはこの戦いが終わったらお母さんを探しに行くって約束してると姪のパティは明るく笑う。でも闘いが終わるっていつだろう? おにいちゃんは国を留守にできないだろうなと言うパティにレスターが「おまえもここを離れられないだろ」と言うが「ここはレスターに任せるよ」と笑って返していた。
 姉は生きているのか。若かったあの時は父が必ず姉は生きていると言い続けてくれたのは心強かった。ウルの血がそう知らせてくれるのだと父は言っていたが、同じく直系の甥にもやはり分かるのだろうか? 姪に聞くと、おにいちゃんにはそういうのはないと思うと言っていた。やはり父と娘では違うのか、それとも、何かがその感覚を遮ってしまっているのか、本当に姉は生きているのかどうか……またこの城で自分は姉との再会を祈るのだろう。この城の思い出といえば姉の無事を祈ってばかりだったが、これからもそうだろうか? いや、違う。今の自分にはもっとやることがある。
 ーーーかつての自分にも、他にできることがあったはずだが。

 息子や姪とさまざまな話をする。パティは母親を探しに行くかはともかくとして、国が落ち着いたらユングヴィをレスターに任せて共に暮らしたい人の元に行くという計画を立てていた。レスターは肩をすくめるが、パティは言う。
 「あたしがイチイバルが使えるならまだしも、レスターの人気がすごいの。エーディン様の息子だからって。ここの人たちエーディン様がだいすきなんですよ。だからみんなその方が喜ぶんじゃないかな」
 確かにブリギッドがユングヴィで過ごした時間はあまりにも少ない。その姿を覚えている領民などほとんどいないのだろう。エーディンのことはみなまだ覚えている。知らないブリギッドの娘より知っているエーディンの娘がよいということだろうか。
 「そんなことより」とレスターが会話を遮る。「お会いになりますか? 前城主と」
 「……」
 手紙で知らされてはいたのだが、パティやレスターが入城するまでこの城の主は、エーディンの義妹であった。つまりアンドレイの妻であり、スコピオの母である。
 思い返すさまざまな思い出の向こう、いつか会わないわけにはいかぬ人だが、自分と相手が過ごしてきた時間を思うと、頭の奥が重く痺れる。
 今かの人は少し離れた離宮に今は住んでいるとのことで、日を改めて会うこととした。
 
 パティとレスターにスコピオのことを尋ねた。エーディンの知っているスコピをはふわふわとした赤子であった。パティは自分は見ていないといい、レスターは苦い顔をして、叔父上の恨みをはらすと言っていたと言う。凄まじい速さで必殺の弓を射かける騎士であったとのことだった。
 スコピオが生まれた時のことを思い返す。父と弟の嘆きは凄まじかった。ウルの印が全く出なかったのである。直系でなくても薄い印は出るものなのだが、それがなかった。城全体が静まり返り、葬式のようであった。そのスコピオもひたすらに修練を積み優れたウルの騎士となったのだろうか。あまりにも多くの血が流れた長い戦い。何か違っていたら、レスターとパティともいとことして笑い合う日があったかもしれない。

 旅の疲れを癒し、懐かしい城を歩き、息子と語り合い、遠くにいる娘や、方々に散ったティルナノグのこどもたちに手紙を書いたりしているうちに時間は過ぎた。昼下がりに来客を告げられ聞くと前城主が来たという。
 「お会いになりますか」
 「もちろんです」
 支度をするまで少し待たせてしまったが、随分と時を隔てて再会した義妹は随分と痩せてみえた。
 「お久しぶりでございます。エーディン様におかれましては相変わらずお美しゅう」
 「あなたも、変わりなく……」
 「……今日は突然のご訪問失礼いたしました。昨日まではくるつもりがなかったのですが、やはり今日はどうしても参りたく」
 毎年この日は城付きの小さな聖堂で祈っていたのだと彼女は言った。その聖堂は若き日のエーディンが祈り暮らしていた場所だから、よく知っている。しかし、毎年今日には? 頭の中の暦を繰りエーディンは考える。
 「今日は息子の誕生日です」
 エーディンはその日を忘れていた。その日の城の暗い思い出はあるが、その日付は忘れてしまっていた。そういえば、今日と同じように青い花が咲いていたような。
 
 聖堂までは共に歩いた。彼女は、嫁いで来た時にエーディンにこの聖堂を案内してもらったと言った。確かにそうしたように思う。パティ様とレスター様にもご配慮いただきここに参りたい時に参って良いと言われている、とのことであった。勝手知ったる様子で城を歩く彼女、ここで過ごした時間はエーディンと大差ないのだ。しかも彼女は、夫を失ってから息子がひとり立ちするまではユングヴィ家当主の名代としてこの城の主人であった。よほどこの城に馴染んだ人であろう。
 ここは彼女の城である。その領内運営は破綻を見せず穏やかなものであったらしいとレスターから聞いている。文官にも武官にも汚職は少なく規律の取れたものであったらしい。
 二人で聖堂の前まで歩いた。共に中に入るのは気が引け、「わたしはここで。離宮に戻られる前にぜひお茶でも」と言った。
 「私はここでずっとアンドレイ様の幸せを祈っておりました」
 エーディンの誘いには答えず彼女は言う。暗い淵のような深い悲しみが見えた。
 「エーディン様はまたここで祈ってらっしゃる?」
 「はい」
 「姉上様との再会を?」
 「はい、それも」
 「それも……」
 そう言った彼女は少し考えて、パティ様は日を向く大輪の菊のようなかたですから、きっとブリギッド様もそんな方なのでしょうと言った。お会いできると良いですねと言う。その時はあなたを紹介しなくてはとエーディンは言った。
 彼女は結局、聖堂で祈り終えてからすぐに離宮に戻ってしまい、エーディンはその日それ以上彼女と話すこともなかった。その後も時に聖堂で会う、そのような仲であった。

 聖戦の勝利から七年後、記憶を取り戻したブリギッドがユングヴィに戻ったその物語は吟遊詩人がリュートにのせて語る美しい物語だ。美しい妹との再会もまたその叙事詩の名場面である。そんな物語には、簒奪者アンドレイやその息子は名前も出てきはしない。美しい姉と妹にいた義理の妹などさらに出る幕はないのだけれども、物語に語られない事など山ほどある。
 時には三人で、聖堂で亡き人たちを思い祈ることもあったかもしれない。