雨(ラナの話)
大粒の雨があっという間にひとと大地を濡らした。ラナはあっという間にずぶ濡れになった。体の熱が奪われていく。体が震え出だし、歯が鳴った。しかしこれとて重い鎧を身につけてぬかるんだ道を行くものに比べたら苦しみのうちに入らないが。
しばらくして行軍の中止が発せられた。
解放軍は天候を読み違えたのである。城門をくぐれば今回出陣のなかったものたちが火を焚き出迎える。ラナはあっという間に乾いた服に着替えさせられ、温かい飲み物を与えられたが、多くのものは濡れたままだ。
「ラナ、無事なのね。よかった」
ラクチェが言った。ラクチェもラナとは違うところでずぶ濡れになったはずである
「大丈夫。ラクチェは?」
「見ての通り大丈夫。けど……」
ラクチェは窓から外を見た。これからのことが気がかりである。
解放軍は、この地に入ってからこの地方の空を読むに長けたものを訪ねて回ったが、そういうものは全て帝国軍に連れていかれるか、それをよしとしないものは首を刎ねられていた。気まぐれな天候で有名な狭隘な地で、案内人もおらず、それでも進軍を続けなければならない。先が思いやられるのだ。
しばらくして城は騒がしくなった。騎馬隊が戻らず、様子を見に行ったフィーによると、道が崩れて戻れないということだった。
ラナがその知らせを聞いた時、近くで雷が近く落ちる音がした。
騎馬隊が迂回して戻るには敵に近づきすぎて危険である。この雨の中、無闇に動けば体力を奪われるばかりだ。指揮官だけならレスキューの杖で呼び戻せばいいが兵士を置き去りにはできない。何度も使えば術者が倒れ、杖は砕ける。せめて雨が止むことを祈るが、雨が止んだところで道は開けず、冷え切った彼らが敵前に取り残されてしまう。取り残された騎馬兵にラナにできることはなく、激しい雨の中飛び立つフィーを見送るしかできない。
ラナにできることは城に戻った兵士たちが過ごしやすいようにすることだ。体は冷え切っているが、彼らに怪我はない。杖は役に立たないのだから、体を動かす。もう少し休んだらいいというラクチェの言を取り下げて、ラナは動きまわる。これがラナの戦いなのだから、休んでいられるわけがない。乾いた布が行き渡ることはないけれども、できるだけのことは。温かい飲み物はいくらあっても足りないけれど。途中に一度、転移魔法が使われる気配がしたが、それは兄のためではなかろうと思われた。
兄は雨の中どうしているだろう。考えても何にもならない。祈る。ひたすらに温かい汁物を運びながら。
雨の中、別の騎馬隊が出た。アルテナ達の竜がそれとともに飛び立っていった。必死に動き回るラナにはそれがなんのためかはわからないが、兄たちを助けにいったものであろうと思われた。そして実際、しばしの時を経てレスターの騎馬隊は戻った。レスターはずぶ濡れだったが、「トラキアの竜はすごかったよ」と言って歯を震わせながら言った。その、おそらくは笑顔を見て、ラナはようやく安心し、その場に倒れた。