雨2(アルテナの話)

「雨(ラナの話)」の関連話
https://note.com/mponens/n/ncac518d45e20

雨の中、ずぶ濡れで城に戻ったアルテナを待ち構えていたのは鎧に身を固めたアレスだった。今回の行軍は天候の読み違えで惨たるものだったが、アレスの部隊は城の守りについていたはずである。だからアレスは一つも濡れていない。そのアレスがアルテナに言う。
「お前の部下を杖で戻した」
「エダを? どうして…」
やはり物見に出ているはずの彼女を杖で戻すとはよほど急なことだったと思うが、アルテナには理由が思い当たらない。
「レスターの部隊が戻れなくなっている。山が崩れたというが、フィーによると倒木がひどいとのことだ。竜を使って道を作る。セリスの許可はとっている。お前の部下はできると言っている。二頭いればなんとかなるだろう。お前はやったことがないだろうから、やり方は部下に聞け。俺も出る」
「アルテナ様」
アレスの後ろからエダが現れた。
「不慣れなことと思いますが、アルテナ様なら難なくできましょう。ただ、泥にはまみれることになります」
エダはそう言った。

「トラキアの竜は巨人の手だ」と誰が言ったか。その歯で、爪で、尾で、おおよそ人の手のできることがなんでもできるのだ。例えば木を支え、へし折り、つまみ、引きずり、ねじりあげることができる。土を掘り、穴を埋め、踏み固めることができる。もちろんそれは熟練した竜騎士の操竜術と、良く訓練された竜あってのことだが。しかしそれは姫の仕事ではないから、アルテナはその手の訓練をしたことがなかった。
「アレス王子はトラキアの傭兵がこういう仕事をしたのを見たことがあったそうです。それで、なんとかなるだろうと」
のちにエダにそのような説明を受けだが、とにかくその時のアルテナは初めての任務をこなすことで頭がいっぱいだった。エダがいうにはフィーの報告では土砂が道を覆っているというよりは多量の倒木が塞いでいる状態とのことだったが、それは確かに間違っていないようだった。土砂や岩石が大量であるよりもやりやすいとエダは言う。
「アレス王子の部隊は危険ですから下がってください」
倒木の向こうのレスターの部隊にはエダが同じことを伝えて、彼らが離れたところで二人と二頭の作業が始まった。

アルテナの長い髪はひどく泥まみれになって、重たく冷たく肌と鎧に張り付いていた。しかしその時のアルテナは本当に美しかったとその場にいた誰もが言った。アレスは同意を求められると「ああいう時は誰でもそう見えるものだ」と言ったが、否定はしなかった。あまり人の外見を褒めないアレスのことだからそんな言葉も珍しがられたが、その言葉で彼が褒めたものがあるなら、それは彼女らの実力であったろう。多くの兵を救った竜と竜騎士への敬意であろう。